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異形戦記  作者: 四次元
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第7話 この時より

過去編開始です。

―新郎殿。あなたはその者を、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを我らが女神、ソラリティ=ミースンの御前で誓いますか?


―誓います。


―新婦殿。


―…誓います。


―よろしい。では二人とも契りを…



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あ〜あ〜 しっかし、フリオの奴に先越されるなんてな〜」

「同感。絶対あいつは30過ぎまで女無しって思ってたぜ」


 冬の訪れを感じさせる眩しくもどこか冷たい木漏れ日が差し込む中で、屈強な男達が温泉に浸かりながら若者の嗜みというべきなのか、仲間内の結婚話について話していた。もちろんその大半は妬みと嫉み混じりの物であったが。


 ファーリーン東部の町、コイセナはつい十数年前に湯脈が見つかったこの国の中でも比較的新しい温泉街である。昔から国の東部にはあちこち温泉が沸き出しており、その多くは民間、つまりはその地方の領主らで管理・経営されている。

 しかし、ここコイセナの町の温泉はこの戦時中と御時世ということもあってか、兵や官僚の慰安を目的として国が主立って運営をしている。元が片田舎の農村だったので、土地を買い取るのにもさして苦労は無かった。もちろん一般客にも開放されているが、やはり他国からの来賓を招いた時の接待には国営の物が色々と都合が効くので使い易い。もっぱら東の同盟国バーツライトからの客に重宝がられていた。



 さて、物語は遡り大陸歴876年。


 ここコイセナ近辺地方を古くから治めていた領主が老衰で死亡。

 その2ヶ月後、土地の相続や管理の手続きもままならぬ状態で、夫の後を追うように彼の妻もこの世を去った。二人には子供はおらず、また養子なども取っていなかったので、この土地一帯の管理責任が宙ぶらりんの状態になった。

 それがちょうど国としてはちょうど良かった訳で。


 その領主老夫婦の資産を丸ごと国が接収し、近辺の土地一帯は国直轄の統治となった。個人資産を国が全て接収するのはどうなのかという声も官僚らの中でちらほら出て来たが、だからと言って誰が損をするという訳でもない。税金も大して変わらず、インフラはいつもよりこまめに整備してくれる。その土地の市民から特に反対の声が上がる要素はなかった。


 で、最後に余った領主の屋敷であるが、割と立派な造りなのでこのまま利用したい。新たに国から派遣された領主を住まわせてもいいが、この時は単なる一農村に過ぎなかったコイセナが加速度的に発展している最中だったので、出来るだけ中心街(温泉が湧いた場所)からは出来るだけ目を離したくはない。しかし宿などに改装するにしても、中心街まで歩いて行くには微妙に遠いし、そんなに数が泊まれる訳でもない…


 VIPの接待専用の宿にでもしようかと考えていたところへ、当時の旋風の騎士団の隊長がぜひ我々に使わせてくれと申し出たのであった。反対意見も多少なりとも出たが、その隊長の強い希望と押しによって、そこは旋風の騎士団の駐屯場所となった。首都タラトからは少し遠いが、元々潜入工作が主たる仕事で部隊の人数も少ない事から、国防云々に関しては何ら問題はない。


 隊員達も始めは地方の都市に飛ばされるのを少し不満がっていたが、仕事に関しては特に影響がない事、いつでも温泉入り放題だと言う事、しかも温泉街として発展している最中なので他の地方の都市から可愛い娘も多く来るだろう、彼女らを普通に口説くもよし、裸を除く(以下略)、ということで隊長が転居の話をしている最中に兵士達は嬉々として荷造りを始めていた。


 女を漁るなら首都タラトの方が数も質もいいものが揃っているものの、その分強敵(とも)も多く、城下町の水面下では兵士達の熾烈な戦いが勃発しているのである。女共は女共で、いかに地位の高い男を射止めるか骨肉の争いを繰り広げている。


 その分地方の娘達は非常に平和的で自分たちが騎士、しかも精鋭中の精鋭だとでも言えば品定めもせずに簡単に靡いてくれるので、男達にとってはまさにどこぞやの低価格エロゲの如く、余裕のハーレム状態…



 というのも始めの一ヶ月程度。

 旋風の騎士団はその性質上、自分たちの本当の任務を表立って言うことは出来ず、表面上はこの地方の警備が主な仕事と宣わなければならなかった。


『ねぇねぇ、あの人たちってほんとに精鋭なの?』

『口先だけじゃない? こんな地方に飛ばされてくるくらいだし。本物のエリートならやっぱり首都勤めになるわよねぇ』


 こんな噂が次第に広がり始め、女達は騎士たちの相手をしてくれるものの、その先には中々辿りつくことは出来ない…

 男達にとってはかなりもどかしい状態が続いていた。


 そういった環境の中、旋風の騎士団の隊員の一人とこの地方で育った女性との結婚が決まったのである。他の隊員の嫉みようといったらもう。




「お前ら… いつまで引っ張ってんだ…」


 まだ昼下がりの浴場の下、本人にわざと聞こえるように言っている嫉妬交じりの台詞を仲間たちから大いに浴び、フリオは布たわしで体を洗う手を止めた。


「ん~? フリオ君。何かいつもより念入りに体を洗っていますね~」

「もしかして今夜やっちゃうのか? こ・づ・く・り!」

「やるかぁ~っ!!」


 風呂の外にも聞こえそうな怒号が飛び交い、平和な温泉日和が一転。ある意味人生の勝利者 対 それを妬む男達の血で血を洗う修羅場と化していた。飛び交うお湯、洗面器、赤すり棒、風呂場の岩…

 命の危険を感じた他の一般客はすぐさま退避する。凄まじい罵声や物の衝突音や加えて軽い地響きも起こり、店の周りにはいつのまにか人だかりが出来ていた。

 その15分後、町の本来の駐屯軍が駆け付けて(実力行使で)騒動は収まり、男達はタコ殴りにされ、厳重注意を受けた上に、店からの締め出しを喰らった。




◇ ◇ ◇



 旋風騎士団の館は温泉街コイセナから西に徒歩30~40分行った所に位置する。しかし、その道のりには未だに古くからの田園風景が続いている。辺りに生い茂るクミの木(※)の匂いに誘われながら歩くと、時折漂ってくる堆肥の刺激臭に一気に現実に引きずり戻される、なんともロマンの無い道。


 もし屋敷が宿や別荘などとして使われていたら、この道ももう少し整備されるのであろうが… 領主が亡くなってからはこの付近の管理をしていた使用人も引退と言う形で土地を離れてしまい、屋敷までの道路は人や獣に踏まれない部分から下草がぼうぼうと栄えていた。

 こんな土地に外から人が来るはずもなく、温泉街から少し離れるとすぐに人気の少ないド田舎と化す。そんな光景を横目に歩き、辿りついた先がそれまでの景色のせいで一際目を引いてしまう重厚な門。そしてその奥の屋敷とその庭。



「…はい、これで終わり」


 その屋敷の中の一室で、黒髪の若い女性が文字通り戦場から帰還した男達を渋々ながら手当てをしていた。


「ノーマちゃん。なんか眩暈がするよう…少し膝の上で横になっていい?」

「ノーマちゃ~ん…風呂場でフリオの奴に蹴られた金玉の痛みがまだ取れないんだー 慰めてくれないかい?」


 現代世界であったらならば、即セクハラで訴訟余裕でしたレベルの台詞を華麗にスルーしながら、ノーマは無表情で救急箱を片づける。


「お前ら…マジでこれ以上彼女に手を出したら…!」


 隣で頭に包帯を巻いたフリオがわなわなと震えながら剣の柄に手を掛けて、今にも引き抜かんとしていた。


「あなたも! いちいち彼らの言うことを真に受けないの!」


 ノーマの発破にその場にいた男達3人は、母親に叱られる子供たちの如くしゅんとしてしまった。


「まったく、みんな子供なんだから…」


 一応彼女がこの中では一番年下なのだが、男達は返す言葉も無い。ノーマがフリオと結婚し、この屋敷の使用人として勤め始めてからまだ半年。だが彼女はまさにこれが理想の主婦だ! とも言える手腕を発揮し、屋敷内の家事は全て彼女に依存する形となってしまった。そのついでにほどなくして屋敷内の権力も掌握。

 この時点で屋敷に住む者は皆、新しく来たこの若い花嫁に逆らえなくなっていた。


「で? 隊長さんには何て報告するの? 駐屯軍まで駆り出したんでしょ?」

「う…」

「痛い所を…」

「で、でもまぁ、あの隊長なら笑って済ませてくれるさ! …多分」


 こんな時にも楽観的な考えを絶やさない男達に呆れかえり、ノーマは大きく溜め息をつく。間の悪い空気が流れ、フリオの脇腹を隣の男が肘で軽くつつく。フリオが空気を察して何か言葉を出そうとした瞬間、ノーマが手を追いやるように振る。


「はいはい、治療はもう済んだから用がない人は出て行って」


 男達は「はーい」とか「ちぇー」とか言いつつ部屋の外へと出て行く。フリオを除いて。

もしかしたら他の奴らが気にかけてくれたのかもしれない。ノーマも同じような事を考えていたらしく、一瞬視線が合うともう一つ椅子を用意し向かい合うように並べた。そして互いに何も言わずに向き直って椅子に腰を下ろす。


「いつもは大人しいくせに、私の事になるとすぐにカッとなるんだから…」

「…悪かったよ」


 フリオはこの部隊の中でも一番性格が穏やかな… というか常に皆に気を使って一歩引いた立場にいる男であった。仲間が目をギラツつかせながら町で女漁りをしているときも、いつも後からその女性達に謝って回るような存在。そんな性分のためか女性に対しても奥手がちだったので、仲間内からもお見合いでもしない限り結婚なんて出来ないと思われていたのだが… はぁー、とフリオが肩を落としながら大きく溜め息をつく。


「どうしたの?」

「何で俺なんかと結婚したのかなって」

「直接聞くのは野暮っていうものよ」

「そうかね…」


 窓がかたかたと鳴り響く。

 ノーマがちらりとそちらの方へ振り向くが窓はちゃんと閉まっているようだ。


「まぁ…私としても分かっているわ。みんなが不安な事くらい…詳しい日時はまだ知らないけど、もうそろそろなんでしょ?」

「ん? ああ… あとは隊長の命令が出次第ってとこかな。あいつらも建国記念日の祭りに出れないってもんで、少しいらついてんのかもな」

「あなたも?」

「いや、別に俺は、そこまで。お前がいるしな。…俺の事は気にせずに楽しんで来ていいんだぞ? 祭り」

「行かないわよ。お祝いはあなたが無事に帰って来てからにしましょう?」



 フリオはつくづく出来のいい嫁さんだと、心の中で苦笑いする。


 敵国への潜入任務はもう慣れっこだが、今回の任務はいつもと勝手が違う。何せ目的地はリムソーン大公国首都ウーツハイン。

 そして任務は大公の暗殺。


 そう、この長きに渡る両国間の戦争の早期決着のため。このままじわじわ戦争を続けていても、いずれは共倒れになるのがオチだ。


 戦争の長期化には2つ理由がある。


 一つは国境がそのまま険しい山脈になっているので、互いに大軍を送って攻め入るのが難しい事。逆にそれさえ越えられれば流れが変わるのだが、それは両国とも承知の上なのでお互いに一歩も譲らない状況なのである。


 もう一つの理由は両国とも大国がその後ろについている事。

 リムソーンには大陸一の国土と圧倒的な技術体系を持つ神聖アラスティア皇国。

 ファーリーンにはアラスティアに続く国土と強大な軍事力を持つバーツライト王国。


 これら2つの大国がそれぞれに適度に手を貸す事で、今の所の戦力は拮抗している。しかし、そのバランスが崩れたら同盟国と言えどいつ見捨てられるか分からない。最悪の事態を考えるとジリ貧や共倒れだけは最も避けたいところである。

 むしろ2つの大国からしたらファーリーンとリムソーンの戦争は彼らにとっての代理戦争なのかもしれないが…


 しかし互いの国は一般市民レベルにまで相手国への憎悪の念を抱いている。何とかして相手の戦意を削ぐためには、そう、彼らの心の支えを潰す事だ。その事で逆に相手を奮起させる事があるかもしれないが、一般人の心にまで動揺を与える事が出来れば、必ずどこかで動きに精細さを欠くはずだ。


 だからと言っていきなり敵の総大将の殺害なんて夢物語のような計画である。


 一応成功する見込みがあるからこそ実行に移せるのだが。



 フリオは隊長から『このような任務を近々行う。建国記念祭には出れないと思うのからそのつもりで』とだけ伝えられている。

 詳細は直前になってからというのは、いつものことである。


 ノーマには何も言っていない。

 もちろん彼女もそれに対して特に問いつめるような事も無く、最近の隊員の言動から近々危険な任務があるということを感づいているのみであった。


「はは、結婚したばっかりだってのにこんな仕事が入るなんてなぁ…」

「あなたが笑ってどうするのよ」

「そーだな。…ああ、あと子供は仕事終わってからな? 子持ちの未亡人なんて不幸の代名詞みたいじゃないか」

「だから縁起でもないこと言わないで!」

「…ごめん」


 普段は気丈に振舞っているが、意外と涙もろい一面がある。女を護る男としてこれ以上惹かれる要素は無いと言っても過言ではない。

 フリオは俯くノーマを軽く抱いてやった。顔を見ないようにしながら。


 そうしていると窓の外から、屋敷の門が開閉される時の金切り音が聞こえてきた。ノーマもその音に気づき慌ててフリオの胸から離れる。


「隊長さんが帰って来たのかしら?」

「いや、違うみたいだな。うちんとこの兵士みたいだが、あの年でウマに乗れるってことは駐屯軍ってわけでもなさそうだな」


 門から入ってきたのは、青い髪の若い兵士であった。

 コイセナの駐屯基地から屋敷までは多少遠いが、この程度の距離ならば若い兵士は鍛練のためだとか言われて走らされる。

 それがわざわざウマを使って来たということは、それなりに遠くから来たと言うこと。


 すぐに玄関の扉がノックされる音が聞こえる。


「自分は本国からの使いでやって来ました! ゴートン隊長殿はいらっしゃいますか!」


 フリオが中から扉を開け応対する。


「おう、タラトからはるばる御苦労さん」

「お疲れ様です!」

「悪いが隊長はまだ帰ってきてないんだ。晩飯までには戻るって言ってたけど。言伝なら聞いとくぜ」

「い、いえ。将軍からこの書状を直接ゴートン隊長殿に渡して欲しいと言われまして…」


 そういって若い兵士は腰の袋から書簡を取りだす。

 フリオはおそらく今度の任務に関係するものだとある程度予測できた。


「そうか。じゃあ隊長が帰ってくるまでしばらく中でゆっくりしていけや」

「いえ、そんな…」

「気にすんなよ。せっかく立派な屋敷と美味い茶を入れる女がいるんだからよ。こんな田舎まで来てもったいないぜ?」

「はぁ…で、では失礼します…」


 若い兵士はどこか落ち着かない動きで屋敷の中に招き入れる。居間に向かう途中で、台所の方から食器の音が聞こえてくるのを確認すると、フリオは満足そうに頷いた。


※クミの木…ヒノキに似た常緑樹で、その香りと耐久性から、

この世界では家具や建築材として重宝されている


…必要なのだろうかこの設定。

もっと説明しないといけないことが沢山あるんじゃ(笑)


はい。ということで今回はフラグ回でした。

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