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異形戦記  作者: 四次元
6/13

第5話 仕上げ

―寒くないかい?


うん、大丈夫だよ。


―お腹はすいてる?


ちょっと…でも私がまんするよ。


―いい子だね。もう少しであったかいご飯が食べられるからね。


うん。


―もう、あなたも8歳になるんだね。友達だって欲しいだろうに。ごめんね。


私は平気だよ。お母さんと一緒なら。


―ありがとう、……カ…


お母さん?


…あれ? お母さん、お母さんどこ?


どこに行ったの? 嫌だよ、ひとりぼっちにしないで。


さ、寒いよ。お母さん。お腹すいたよ。…怖いよ。


私、いい子にしてるから。だから… だから戻って来てよ、お母さん…


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「あづっ!?」


 舌を噛んだ痛みでウェルチは目を覚ます。頭はまだぼんやりしているが、痛覚は無駄に刺激されている。半開きの目には、冷たく乾燥した風と、流れるように木々が通り過ぎる光景が入ってくる。周囲は真っ暗になっていた。


(夜…? あ、そうか。あたし、ウマに乗ってて…)


 口の中の少し鉄っぽい唾液を味わいながら、徐々に今の状況を思い出す。…というか妙に腹のあたりが息苦しい。何かに締め付けられたような感覚がする。何とかその息苦しさから逃れようと、体を揺すって上半身を倒してみるが、ちょうど倒した顔の先にウマのたてがみが靡いていて、それが絶妙なまでに彼女の鼻をくすぐる。

 とうとう耐えきれなくなり、大きなくしゃみをしたところで彼女の意識は戻った。


「お? やっとお目覚めかウェルチ。ウマに乗りながらだってのに器用に寝てたなぁ」


 後方の頭上、しかも妙に近いところから声が聞こえてくる。


「あ、ガラム… さん? ごめんなさい。でもところで、何で私はお腹のところを縛られてるんですか?」


 ウェルチの腹部の周りには麻で出来たロープが巻かれており、ガラムの体にくくりつけてあった。ちょうどお互いが並んで密着している状態である。


「そりゃお前、落馬でもしたらどうすんだ」

「そ、そうですね…」

「あんまり動くなよ、手足とかばたつかせないでくれ。落ちる時は俺も一緒だからよ」


 ウェルチは状況を理解し、両手を馬の首筋まで覆う鞍をしっかり握る。背中には鍛え上げられた戦う男の肉体の固い感触。もうただただ硬い。ツナギと防寒用のローブが重なっているだけのはずなのに、鎧でも着てるんじゃないかってくらいに堅い。


(エディオ様の体もこんな感じなのかなぁ…)


 ウェルチはエディオと自分が抱き合う姿を想像し、顔を赤らめながら複雑な気分に浸っていた。


(くっそ~ この密着した体がエドナだったら! いや、もう少し成長した体だったなら! 確かにウェルチは他の女に比べても顔は抜群に可愛い! だけど幼すぎて色気が全然足りねぇ! 俺たちは出会うのが早すぎたんだ! くそっ!)


 後ろのガラムも男の煩悩全開でウマの手綱を握っていた。


 満天の星空の下、そのままウマで駆けること数十分。


 夜目にも慣れ、ウェルチの前方にぼんやりと民家の小さい姿が見えてきたところで、先頭を走っていたエディオが右手を上げて一行を制止させる。


「よし、ウマはこの辺りに休ませておこう。ガラム、お前はここに残って周囲の警戒を頼む」

「うっす。って、何で俺だけ?」

「ウェルチ、目はもう覚めたか?」


 ガラムの問いかけに答える間も無く、エディオはウェルチの顔を見て尋ねる。ウェルチは一切のことを聞かされていないが、話の流れからこれからまた何かしらの作業があり、自分もそれを手伝うことになるという事は何となく予想がついた。


「は、はい。もう大丈夫です」

「よし、今からもう一仕事手伝って貰うぞ」

「いや、何で俺だけ留守番なんだ?」


 不満そうな顔でガラムが抗議すると、横からツォンがいつものように軽く口を歪ませながらおどけた感じでフォローを入れた。


「そりゃあ、なんたって君の体は目立ち過ぎますから」

「ウェルチくらいの背丈の子供はいくらでもいるけど、あんたのそのぶっとい図体はそうそういないってことだよ、そんな体に生まれたことを恨みな」


 更に横から割り込んだエドナを見て、ガラムは大きいことはそんなにいけないことなのか? と割と真剣にショックを受けていた。


「ま、どちらにしても見張りは必要だ。そんなに気に病むな。…じゃあこいつをみんなに配るぞ」


 問題児ぞろいの生徒を上手くまとめる先生のように、エディオがその場を収める。年はそんなに離れてはいないのだが。エディオはガラムへの慰めも程々に何やら重そうな物がぎっしりと入った袋を取り出した。口を縛っている紐をほどき、皆に見せるようにして袋の口を大きく開ける。その中身を見てウェルチは思わず感嘆の声が漏れてしまった。


「凄い…! こんなものどうしたんですか!?」


 袋一杯に入っていたのは様々な大きさの宝石やそれを誂えた装飾品の数々であった。ちょうど夜中なので明確な色が分からないのが、彼女にとっては残念でたまらなかったのだが、それでも星の明りで僅かに照らされた宝石たちの艶絶かつ神秘的な輝きに思わず一行はしばらく見惚れてしまった。


「これは炭鉱の町の領主が買い漁っていた装飾品だ。屋敷に置いてあった小さめの物は粗方拝借してきた」

「随分溜めこんでたんだな、あのじーさん」

「う~ん、暗がりなのが勿体ないね。もう少し明るいところで拝みたかったよ」


 ウェルチも無造作に詰め込まれた宝石の一つを手にとって眺めていた。騎士団の館の近くの温泉街に時折来る貴族がこんなものを身につけていた記憶があるが、それを実際に自分が手にできるとは思ってもみなかった。騎士団の館にはこんな贅沢なものは一切置いていないし、そこに住む者も一切身につけてはいない。どちらにせよ、自分には縁のないものだとばかり思っていたのである。


「えっと、もしかしてエディオ様の目的って…」

「ああ、炭鉱の管理責任者の利益の横領の摘発、そして…」


 エディオは軽く悪戯っぽい笑みを浮かべながら勿体ぶって一拍おいて高らかに言う。


「これらの金品を貧しい人々に恵んでやることだ」

「………え?」


 ウェルチの脳内が混乱の渦に沈む。


 現在、自分達はまだ敵国内に潜入している状態であり、家に帰るまでが任務なわけで。そもそも炭鉱を爆破したのは、相手方の経済活動にダメージを与えるためであって。いやいや、実際炭田なんて他にいくつもある。ただ一つ使えないようにするくらいで、相手国にどれだけの被害があるのだろうか?これだけ手の込んだ潜入任務を行うだけのリターンはあるのか? そう、だからこそ(エディオ)は他に考えがあったわけで。で、その考えと言うのが悪徳管理者の摘発、というか殺害、天誅。なんでわざわざ敵国のお偉いさんの横領を摘発せにゃならんのか。そして、その懐に入っていた悪どい金を貧しい人たちに恵む…?


 ウェルチの頭の中はこんがらがったままほどけない。


「あの、その高そうな宝石を恵むのは、私達の(ファーリーン)の人々じゃなくて、ここ(リムソーン)の人たちに、ですか?」


 ウェルチは念を押して確認する。


「そうだよ」


 何の迷いもない瞳でエディオは答える。


「いよっ! 隊長の偽善者!」

「今時、こんな義賊じみたことが出来る人なんて、この世界にどれだけいるのやら」


 周りは本当の意図を知ってはいるんだろうけど変に騒ぎ立てるし。ウェルチは事情がさっぱり呑み込めない。エディオはウマに取り付けている別の道具袋から適当な大きさの布を取り出し、それを無言でウェルチの口元に巻き付ける。ちょうど彼女の鼻から下が全部隠れた状態だ。さらにフードを被せると、もう外からは彼女の顔は目しか見えない。ウェルチの世にも珍しい真紅の瞳が星々の光で一際目立って照らされていたが、顔を下げれば暗がりの中ではまず瞳の色なんて解からない。


「もが… ふぉ、ふぉれは?」

「顔を見られないようにな。宝石これを配る姿は見られても構わないが、絶対に捕まらないこと」

「ふぁい…」


 気が付くとエドナとツォンも似たような格好になり、各々が子袋に宝石を詰めていた。エディオも同様に口元を布で覆ってフードを被る。寒い地域の服装というより寧ろ、砂漠に住む人々の格好とも言った方がいいかもしれない。傍から見る分にかなり怪しい集団だ。夜中でなければ逆に目立って仕方ない。エディオは宝石の詰まった子袋をウェルチに手渡す。


「これはお前の分だ。適当な数をつまんで民家の玄関先に置いて来てくれ。全て配り終わったら、もう一度この場所に集合だ。出来るだけ早くな。俺とウェルチはこの道から向かって右側の集落をやる。ツォンとエドナは左側を頼む」


 三人は黙って頷く。


「よし、行動開始だ。ウェルチ、俺は向かって奥の家から配って回る。お前は手前の方から頼む」


 ウェルチが了承すると、エディオはウマなんて必要ないんじゃないかと思うくらいの物凄い速さで、その上ほとんど音を立てずに姿が見えなくなる距離まで走って行ってしまった。ツォンも後ろから同じように付いて行っているし。


(どうやったらあんな風に走れるんだろう…)


 ぽかんとした表情で見ていたら、エドナもそそくさとその場を離れたので、ウェルチも慌てて一番近場の家へと向かう。家までの小道はまともな整備などされておらず、細い歩道の脇から雑草がぼうぼうと生い茂っていた。


 音をあまり立てないようにするには、出来るだけ人の踏みならした部分に足を乗せていくべきだが、真夜中なのでそれも中々難しい。ウェルチは拙い足取りで忍び足をしながらそっと民家の方に近づいていく。まるで泥棒でもしている気分。実際にやることはその真逆なのだが。

 エディオは宝石を配りまわる姿は別に見られても構わないと言っていたが、真夜中にこんな怪しい恰好で各家庭を回っている時点で、住民にばれた瞬間に大声出されて捕まるのは目に見えている。だから極力変な物音は立てずに事を済ませたい。


 まずは一軒目の前に到着。農村なので一軒一軒の距離が地味に遠いようである。この村は農作物もほとんど収穫済であるようで身を隠すような所はあまりない。


 民家の造りは外から見ても一目で粗末なものであると分かるようなものであった。木造の茅葺屋根というスタイルは辺境の農村ではそこまで珍しくないが、この家の木の柱はもう何年建っているのかも分からないほどにボロボロになっており、土塗りの壁も所々補修した跡が見受けられる。大きさも外から見た分だとせいぜい8畳もあるかどうか。畑の面積を限界まで広げているのか、周りの道も細く、家も小さめの造りなのだろう。流石に冬の寒さが厳しいので密封性はある程度確保されていた。 …隙間を泥で埋めることにより。もう少し外からの見栄えとか気にしないものかとウェルチは思っていた。


 つまりは、誰がどう見てもTHE・貧しい農家のお住まいである、ということだ。義賊が恵みを与えるにはまさにうってつけというべきか。

 ウェルチはそう思うと不思議と自分の頭の中から緊張感が薄れていくのを感じた。敵国の人々ではあるが、一般市民の貧しい生活を助けるということなら別段それに躊躇いは感じない。少なくとも敵兵士と戦うよりは随分心が楽である。

 玄関先にそっと忍び寄り、宝石を適当に5粒ほど掴んで扉の脇に置いておく。翌朝、この家の住人がこれを見つけたらどんな反応をするだろうか。ウェルチはその時の住人の顔を想像してしまい、思わず顔が緩んだ。

 が、彼女は口を押さえながら呑気にそんなことを考えていた数秒前の自分を猛省する。ガラッといやに勢いよく開けられた玄関の扉から、のっそりと人が外に出て来たのである。


(ば、ばれ…た!?)


 自分が出す物音ばかりに気を取られていて、周囲の物音には気を使っていなかったのだ。ウェルチは物陰に身を隠す暇もなくその場に伏せる。

 …出て来たのはウェルチと同じくらいの年頃の少年であった。幸い彼は寝ぼけているようで、彼女の姿にも気づいていないらしく、大きな欠伸をしながらぽりぽりと尻を掻きつつ道端の方へ歩く。彼の足音に合わせてウェルチも匍匐前進し、家の壁の死角にそうっと向かう。やがて水音が聞こえて来たので、単に用を足しに起きて来たのだと頭の中で確信し、そのまま家の壁の後ろに身を隠す。少年は用を足し終えると再び大きな欠伸をしながら、家の中へ戻ろうとしたが…


「あいたっ!?」


急に大きな悲鳴を上げたのでそれに合わせてウェルチの体も飛び上がる。

…どうやら玄関の脇に置いてあった宝石を踏んづけてしまったようだ。


 少年は不機嫌な声を出しながら、足の裏に刺さった物を放り投げる。どうやら宝石だとも気づいていないらしい。そして彼が家の中に入り扉が閉まると、ウェルチは先程の教訓と言わんばかりに壁に耳を当て家の中の物音を確かめる。そして家の中から新しい寝息が聞こえてくるのを確認すると、ほっと胸をなでおろすのであった。


(こんなことしてる場合じゃない。早く次の家に配って回らなきゃ)


 ウェルチは先程少年が放り投げた宝石を拾って、そっと元の位置に戻す。とりあえず今はこれを無事に配ることに集中しようとその場を後にした。


◇ ◇ ◇


「遅いぞ、ウェルチ」


 案の定、全員(本人も含め)の予想通り、最後に戻ってきたのはウェルチであった。一体どのくらいの時間が経過したのかよく分からないが、彼女にとってはまともな呼吸が出来ない時が何時間も続いていたのだ。

 口に巻かれた布を外し、ウェルチは大きく深呼吸をする。


「だが、どうやら誰にも気づかれなかったようだな。上出来だ」


 エディオはそう言ってウェルチの頭を軽く撫でる。自分がちゃんと役に立てたのだと分かり、ウェルチはこの上ない満面の笑みを彼に向って浮かべる。空の色はこの村に着いた時に比べて僅かに明るくなっている気がする。


「よし、引き上げよう」

「ふぁああぁ… 朝早くからずっと起きてるから流石に眠くなってきたよ」

「もう少しの辛抱だ。鉱山の連中がいつ事に気づくか分からないからな… 日が上がらないうちにこの先の村まで行くぞ」


 エドナは大きな欠伸をした後、軽く首の骨を鳴らす。一行は再度ウマに乗り、次の村へと向かう。流石にウマもかなり疲れているらしく、その足取りは重くなっていた。


「そういえばエディオ様、結局これって何の意味があるんですか?」

「ん? ああ…」


 ウェルチの問いに答えようとしたが、エディオは少し考える素振りを見せ、まるでごまかすかのように軽く笑う。


「いや、国に帰ったら教えよう。それまで自分で考えてみることだ」


 やけに清々しい顔をしながらエディオはウマに鞭を入れて速度を速める。早朝の風に揺られる青い髪が、彼をどこか遠い存在に感じさせた。

 

 そこから先は特に障害も無く一行は歩みを進めることが出来た。国境付近まで来るとウェルチとエドナは一旦別れ、行きと同じく中立国ヴィルクン経由でファーリーンに戻ることになった。


 エディオ達は国境の山の抜け道をこっそり越えて帰還。その後、首都タラトの城へ作戦の首尾を伝えて騎士団の館へと戻った。



 こうして、少女ウェルチの初めての騎士団のお手伝いは終りを告げた。




◇ ◇ ◇




「うう…」


 やつれた顔でウェルチは使用人長の部屋を後にする。リムソーンから帰って来た後の彼女に待ち受けていたのは、ノーマの凄まじいまでの説教。使用人の仕事をほったらかして無断でエディオ達に付いて行ったのだから当然である。


「あ、出てきた」

「やったぁ! 私の勝ちぃ!」

「くっそー またサティちゃんの勝ちかよ!」

「正直その博才が羨ましいです…」


 廊下の奥の方で、ウェルチが何時間説教を喰らうか賭けていた者たちの歓声が上がる。ちなみに説教の時間は2時間37分。これまでの最高である1時間41分という記録を大きく離し見事新記録を更新した。


「ううー みんなぁ…」


 ウェルチは涙目で、というか既に軽く腫れている目を擦りながら、仲間達の方に慰めて貰いに行くのだった。さらに彼女を待ち受けていたのは通常の2.4倍コースの仕事。

 この後一週間、彼女の目の腫れは治まることはなかった…


プロローグ(序章)が、オワラナイ。

一話あたりの文字数は6000字前後とします。


次こそ序章のラスト!

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