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異形戦記  作者: 四次元
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第11話 集いし者②

文章のレイアウトを少し変えてみました。


「あの…どなたでしょうか?」


 留守を任せられているノーマは困惑した表情で客人を出迎えていた。この屋敷は比較的人口の多いコイセナからさして距離はないものの、少なくとも立ち寄った人が特に興味を示さないような農村の中に建っているのである。そんなところにわざわざ年端もゆかぬ少女が目を輝かせて来るとは一体どういう了見なのだろうか。


「コイセナの町から来ましたサティと言う者です。こちらに青い髪をした若い騎士様がいらしてると聞きまして…」


 少女は妙に甘高い声で、手を組みながら尋ねる。騎士なんてこの屋敷には一人しかいない。またか、と思いつつもノーマは最低限の礼を持って事情を知らない振りを努めつつ応対する。


「はい、まぁ…彼に何か?」

「お礼をしたくて…」

「お礼?」


 簡潔に説明しよう。

 コイセナの町の子供たちは宿の経営の手伝いをさせられることが多い。寧ろそれが当たり前。農家の子供が畑仕事手伝わされるのと同じ感覚。このサティという少女もその一人。


 そして経緯は思いっきり割愛させてもらうが、彼女がタチの悪い観光客に絡まれた時に、たまたま近くにいたエディオが割って入り悪漢達の仲裁に入った。しかし彼の真摯な説得もむなしく、遂には暴力的手段に打って出る悪漢達、その数5名。


 サティが凄惨な光景から目を背けようとして、顔を手で覆うこと約10秒。悪漢達はその間にエディオによってボコされ、全員頭を下げさせられていた。その活躍ぶりを見て上目使いに瞳を輝かせる少女の身を案じた後、特に名乗ることも無く、颯爽と去って行く若い男の後ろ姿。


 ええ、このくらいの年頃の女の子が恋に落ちる理由なんてそんなのもので十分です。


(ああ…あの方は大変なものを盗んで行きました… それは…)


「もしもーし」

「うぇっ……っとぉ、すみません! 何でしょう!?」


 ノーマは目の前の少女のような恋多き青春時代は送ってこそいないが、仮にも結婚経験があるのだ。少女が何を考えているかくらいは大方予想が付く。


(確かに彼はいい顔してるからね…わかるけど… でもこの子で13人目よ?)


 些か見境なくたぶらかし過ぎではないだろうか。

 天然の可能性も否定できないが。


「彼なら今出かけているけど…」

「いつ帰ってこられるんですか!?」

「夕飯までには帰って来るって…」

「待ちます! ええ、ここで待たせて頂きます! あの方に恩返ししなければ…!」


 恩返しするのは勝手ですが、そんな所に居座られると留守を預かるこっちとしても…

とは言いだせなかった。いつの間にやら門番の老兵と打ち解けているし。


(ま、お爺さんの相手でもさせておきましょ)


 門番なんて仕事は基本的に退屈との戦いだ。そこを通る者やそれこそ怪しい奴がいないと全く仕事にならないのである。


 ましてやこんな僻地の屋敷の門番など募っても人が来るはずもない。老兵が頼りになるかと言えばそうでもないのだが、いないよりマシ。その存在が重要。エディオが来るまでは何だかんだでいい話相手だったし。あの老兵も自分の残りの命尽きるまでここを護り続けますぞ、と意気込んでいる。


(…流石に命が危なくなったら息子夫婦の家に送り返しますけど)


 死ぬまで生き甲斐があると言うのは良いことだ。どんな形であれ。



――――――――――――――――――――



 日の入りを告げる鳥の鳴き声が響いてくる。

 夕飯の支度も大体終わった。主が帰ってきたらすぐにでも用意できる状態にある。


「うわ…あの子本当にまだいるのね… って何か増えてる!?」


 何となく様子が気になって居間の窓から屋敷の門を覗いてみると、先程のサティに加え7名の少女が門の前で談笑を行っている。その光景を見て、ノーマはやはり帰しておくべきだったかと吐息と共に後悔した。

 もうそろそろ日も落ちる。複数とはいえ少女達にあんな人通りの少ない夜道を歩かせるわけにはいかない。


 ノーマは浮かない顔をしながら、庭に出て門に向かう。門番の老兵は使命を忘れハーレム気分の真っ最中であった。少女達は外堀から攻めんと言わんばかりに、老兵の昔話に耳を傾け、その一つ一つの話に一喜一憂していた。


「…あなた達、そろそろ家に戻らないと親御さんが心配するんじゃないの?」

「大丈夫です! 両親にはちゃんと言ってきましたから」

「寝袋も持参です! エディオ様に会うまでは帰りません!」


 何と逞しい少女たちであろうか。もう少し他の事にその力を注げないものか。というより何でエディオの名を知っているのだ。仮にも魔剣士でもあるのだから、あまり公に名前を出したくないと言っていたのに。…まぁこの門番しかいないのだろうが。


「…いい? 彼は今、国のとっても重要な任務を預かっているの。きっと今日もとても疲れて返って来る筈だわ。そんな時にあなた達大勢から一斉にお礼を言われてもかえって彼が大変でしょう?」


 それは御尤もだと静まるのと、いや逆に疲れて来た時こそ私達が癒してあげたいと声高々に食い下がるのが半々。ちなみにサティは後者。次の手を考えるノーマに助け船を出したのは意外な人物であった。


「お嬢さん方、『恋は焦らず』じゃよ。仕事の最中に告白されるより、休みの日に告白された方が余裕持って答えられるじゃろう? ここの兄さんを癒すなら、明日、明るいうちにまたここに来るとええ」


 ここでまさかの老兵である。説得力があるようでないような、如何ともしがたい意見であった。少しの間をおいて少女の一人が口を開く。それはノーマ達にではなく他の少女達に向けて言うかのように。


「抜け駆けは…無しだからね」


 険しい顔で宣戦布告をした後、その少女はノーマと老兵に一礼して帰り出す。他の少女たちも彼女らに釣られてとぼとぼと帰路についた。これで一安心と思ってノーマは一息つくが、唯一残ったサティという少女の姿を見て、今度は別の溜息が出る。

 サティは納得のいかない表情をしながらノーマに尋ねた。


「お姉さんは…この屋敷ではどういう立ち位置で?」

「ただの使用人です」

「まさかエディオ様と~な関係じゃ!?」

「…夫なら他にいます」


 正しくはいました、だが。

 そんなノーマの事情を知る由も無く少女は露骨に安堵した表情を見せる。


「よかった~ みんなが『あの人は年増だけどなんか怪しい』とか言ってたんで。私はそんなことはないよってちゃんと意見したんですけどね!」


 年増…まだ20代半ばの女性に使うには随分ときつい言葉ではないだろうか。ノーマのこめかみと口元の辺りがわずかにひくひくと動いているのだが、サティはそれに気づくことも無い。


「そうだ! この屋敷は他に使用人とか募集してないですか?」

「今は私一人で間に合ってますけど」

「一人より二人のほうが心強いでしょ!?」


 そういう問題では無い気がするが。

 サティの動機は純真なのか、不純と呼ぶべきかわからないが、その真摯さ、強引さ、そして抜け駆けは無しだと言われた矢先にこんなことを聞く図太さが備わっており、少なくとも今この場での説得は困難だと判断された。


「帰ったら彼に尋ねておくわ… とにかく今日はもう帰りなさい」

「絶対ですからね! あ、夜の相手はエディオ様限定でよろしくお願いします!」


 こんなはしたない台詞も今どきの女の子なのだからだろうか。

「明日もまた来ますからー」と、手を振って帰って行くサティの姿が見えなくなると、今度こそ一息つけると老兵は再び門の前でなおる。


「彼の名前を簡単に出さないでください…」

「いやー あれだけの若い 女子(オナゴ)と話したのは久しぶりだったのでつい。とはいっても、ここの兄さんは向こうじゃちょっとした有名人だそうだしの。時間の問題じゃて」


 老兵はにこやかながらも、やや嫉妬の交じった物言いだった。ノーマも自重すべきは彼の方かもしれないと思うようになってしまっていた。



 そして当の主が帰って来たのはもうすっかり日の暮れた2時間後。


 玄関を開けて出迎えるノーマにまず入って来たのは鼻にツンとくる不快感。


「おかえりなさい。随分遅かったわね。温泉に入っていた… というわけでもなさそうだし…」

「はは、今からでも入りに行きたい気分ですよ」


 帰り着いたエディオはいつもの彼からは考えられないような異臭を放っていた。


「そ、そんなに臭いますか…」

「ええ。糞尿と生ごみと野生動物の死骸の臭いが混じった感じというか…」

「参ったなぁ。風呂に入りたいのは山々だけど、とりあえずは先に食事をお願いします」

「それはいいんだけど…」


 そう言って何故か再び外に出るエディオをノーマは引き止める。


「エディオ… ちょっといいかしら?」

「な、何ですか? そんな怖い顔をして…」

「あまり見境なく女の子に手をつけるのはどうかと思うわ…」

「え? 見境なくってわけじゃないですけど何で解かったんですか?」


 不思議そうな彼の表情を目にしてノーマの口から軽く諦めの溜息が洩れる。


「あなたのファンを名乗る女の子たちが20人ほどここに来たのよ… 中にはここで働きたいって言う子も…」


 自分が思っていたこととは全く別の内容が返って来たので、エディオはぽかんとした表情で視線だけ上に向けたまま「あー」とだけ言い、やがて少し安堵したような顔つきになる。


「ちょうどよかった。その中から何人か適当な子を雇ってくれませんか? 裁量はお任せしますので」

「…どういうこと?」

「少し人手がいりそうなので。生きのいい奴が二人入って来ますからね。それと、ノーマさんは子供の扱いは得意ですか?」


 子供、と聞いてノーマには少し思う所があった。今となってはあり得ないことだが、自分が今ここで幼い赤ん坊を抱いている可能性もあったのだ。


「わからないわよ。子供の年頃にもよるし。どうしてそんな事を」

「この子の… 事なんですが…!」


 エディオは自分がウマの上に乗っかっている黒い大きな物体を両手で抱えるようにして下す。それが近づいて来るにつれて臭いが酷くなって来ることから、悪臭の原因はこれだとノーマは鼻を押さえながら悟った。全身が黒っぽいぼろぼろの布に覆われていたが、その端々から骨の形が浮き出た手足の様なものが見える。


「それ… もしかして人間!? まだ生きているの!?」

「なんとか。脈はまだあります。とりあえずは飯を食わせて休ませないと」

「病気とか持っていないかしら…?」

「単に餓死寸前なだけですよ」


 エディオはフードの様に覆いかぶさっている布をどける。中から表れたのは頬が痩せこけた少女の顔。目は僅かに開いているかのようにも見える。誰がどう見ても死に目寸前なのは明らかであった。


「とりあえずは居間に座らせときますね。こんな状態でも食べられそうなものをお願いします」

「わかったわ。濡れタオルも準備しておくから」


 ノーマは消化にいい押しムギと野菜のお粥を仕込む最中に、お湯で温かい手ぬぐいを作りエディオに手渡した。今日は随分とはた迷惑な来客が多い日だと思いつつも、かつての騎士団の忙しい日々を少し懐かしむかのように思い出していた。


「出来たわよ、って」


 ノーマが粥を運んでくる頃には少女は服を丸々剥がされて、素っ裸の状態にベッドシーツだけを羽織らされている状態であった。手ぬぐいを頭にバンダナの様に巻きつけており彼女の顔の全貌も見える。目は半開きまだ虚ろな感じであった。


「すみません。この年頃の子にはあまり心得が無くて。とりあえず元々来ていた服は外に置いておきましたけど」

「…確かに私が世話した方がよさそうね」

「お手数掛けます」


 まともな服を着せるのは体を全部拭いてから、との配慮だろう。シーツを羽織っているといっても前が見え易くなっているのでエディオも少女に気を使って後方に立っていた。

 ノーマが木製のスプーンで一口取り、息を軽く吹きかけて粗熱をとって少女の口へ運ぶと、ゆっくりとだが咀嚼し飲み込む動きが見える。エディオの言うとおり単に空腹なだけであるとわかると、ノーマもほっとして再び同じように粥を彼女の口へ運ぶ。


「この調子だと大丈夫そうね。一応明日にでもお医者様に見て貰った方がいいかもしれないけど」

「そうですか! よかった。こいつを餓死寸前にしたのは自分の責任でもあったんで…」

「いきなりこんな女の子を拾ってくるから何事かと思ったけど色々事情がありそうね」


 少女の瞳はまだ焦点が定まっていないようだが、咀嚼の速度が僅かに速くなっていく。少女は相変わらず一言も言葉を発さないが、とりあえず物を食べることが出来るということだけで二人を安心させる。特にノーマは我が子に食事を与えてるような何とも言えない満足感を感じていた。


「………え?」


 気を良くして食事を与え続けるノーマの手が止まる。少女も表情を変えることなく「もっと欲しい」と言わんばかりにゆっくりとノーマの方へ顔を向けるのだが。


「何なの、この子の目…」


 少女の瞳は真っ赤に染まっており、光が当たるとまるで宝石の様に煌いていた。粥を食べて少し元気が出たのか、その目も少しづつ押し開かれてくる。そしてその輝きは更に増す。


「変わってるでしょう? 自分も見たのは初めてです。極々稀にこう言った瞳の色の動物が生まれるらしいですが、その全てが肌や毛まで全身真っ白だと聞いています。けど…」


 少女は痩せこけているだけで、肌の色そのものは病的なものでは無い。髪や眉だって真っ黒だ。


「なんだか… 忙しくなりそうね…」


 ノーマは複雑そうな顔をしながらも再び彼女の口に粥を運んであげた。


もう何話ぶりかの主人公登場(笑)。


アルビノの人って実際は結構な確率で生まれてくるんですね(ネット調べ)。

ということで、この世界は実際の世界よりもアルビノの出生確率が更に低いということにします(爆)。言う必要も無いと思いますがウェルチはアルビノではありません。


それと全く関係ない話ですが、アルビノの登場人物を出して差別云々で訴えられた事例もあるそうな…

現実問題に関わることを話に絡める際には事前にきちんとした下調べが必要です。

皆さんも気をつけましょう(戒め)


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