表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異形戦記  作者: 四次元
11/13

第9話 風を継ぐ者

 主を失った屋敷。


 それまでは男達がこぞって奪い合って取っていた庭先の木の果実も熟れすぎて地面に落ち、小鳥や虫たちの食料と化していた。


 住んでいるのは若い未亡人と、年老いた門番が一人。


 ただ、何をするでもなくいたずらに乾いた日々を過ごしていた。




「二人しか住んでいないと聞いていたが… 変わってないな、ここも」



 門が開く金擦り音がして、庭先に見慣れない鎧を着た若い男の姿が見えたので、洗い物をしていたノーマは慌てて玄関先で出迎える。

 青い長髪に、この辺りでは数少ない緑色の瞳。とっくに成長期は過ぎているので背丈は全然変わらないはずなのに、二年前と比べて初々しさが抜け、一回り大きくなった感じがする。


「ノーマさん。お久しぶりです」


「あなたは… エディオくん? しばらく見ないうちに随分立派になって…」


 エディオは左手に振り向き、軽く一礼する。

 庭の隅にひっそりと佇む、小さな石の墓標。そして石の上に小さく輝く騎士の証。


 遺体は回収不可能と判断された。

 墓に添えられているのは隊員たちが生前に授与された騎士の勲章であるゼロド(ファーリーンの国鳥)を象った首飾りのみ。騎士の誇りともいえる勲章を、あの日も戦場に持って行く物はいなかった。


「ゴートン隊長やフリオ先輩のことは… お悔やみ申し上げます」

「…戦争だから、仕方ないわよ。あの人も」


 戦争だから。

 だから仕方ない。

 本当にそれだけで割り切っていい問題なのか。


 …どれだけ考えてみたところで世の中が変わるわけではない。戦争で夫を失った妻などこの世には沢山いる。自分もその内の一人になっただけ。戦争そのものを憎んで声高らかに叫んだところで、世の流れは止まらない。より一層自分の無力さを思い知らされるだけである。未来への希望すら残すこと無く散った夫をぼんやりと思い返す日々。


「あの、今日はどういった御用で? 墓参り…だけではなさそうですし」


 ノーマはエディオが連れて来たウマに乗せられた荷物に目が行っていた。言伝をしに来ただけとは思えない量。エディオも改まって直立の姿勢になり、ノーマに向き直る。


「昨日づけで旋風の騎士団の新隊長として任命されました。本日よりこの屋敷に厄介になりますので、よろしくお願いします」


 彼は畏まった姿勢ではあるが、かつての様に深く頭を下げることはない。


 そしてノーマも別段驚くようなことは無かった。寧ろついに、やっとこの日が来たかと待ち望んでいた節もあったくらいだ。


「まさかその若さで騎士団を一つ任されるなんて… やっぱりゴートン隊長の目に狂いは無かったわけね」

「騎士団と言っても他のところの分隊程度の規模ですけどね。それに生前のゴートン隊長が僕に気を利かせてくれて、上の方に色々働きかけてくれたみたいです」


 二年前のあの夜。

 彼と二人で話したいと言っていたのは、もしもの時を想定していたのだろうか。


「この二年間、旋風の騎士団が再編成されなかったのも、もしも自分に何かあった場合に全てを僕に託すためだったようです。あと、こいつも…」


 そう言うとエディオは腰に掛けてある剣を抜いた。


「それ、は…?」


 刀身は青白い輝きを放っており、一般兵の持つような無骨で鈍い色の剣とは明らかに性質が異なっていることが一目でわかる。どんな大業物なのだろうか、という考えすら及ばない。素人目に見ても解かるその魔力的な刀身の光。


「…まさか、その剣は?」

「はい、『魔剣』です。ファーリーンでただ一つの」



 魔剣。


 その名前と存在くらいはノーマでも知っている。一般人でも知っているレベルの代物だ。下手をすれば識字率より高いかもしれない。

 だが、知られているのはその存在のみ。実物を見た者、どんな代物かを詳しく知っている者は極端に少ない。


 持ち主に凄まじい力を与える剣。

 それを手にすれば一騎当千の力を得ることが出来るという。

 ファーリーンに存在するのは一本のみだとも聞いている。


 ただそれだけ。本当に魔剣の存在を知る人間の大半の知識はそれだけ。



「僕がここに配属されるまでに二年の歳月を有したのは、この剣を手に入れるためです。これもゴートン隊長の根回しがあったんこそなんですけどね」

「そう、だったの…」


 魔剣を見た瞬間からノーマの脳裏には様々な興味、疑問が湧いていた。


 魔剣はどこから来るのか。

 どれだけの力を持っているのか。

 なぜ誰も見たことがないのか。

 

 エディオの前にも魔剣使いは当然いたはずだが、どうしてそれを引き継ぐのに二年もの歳月がかかってしまったのか。


 魔剣の起源に関する話は諸説ある。


 大昔、この大陸が神々によって治められていた時に、悪魔たちの襲撃を受けた。その時に神の一人、戦いの女神ソラリティ=ミースンが共に戦う人間達に与えた力を起源としているという説が最も一般的。


 が、所詮はお伽話。


 仮に本当にそうであったとしても、その名残のせいでこの大陸は未だに戦乱に包まれている。かつては悪魔に立ち向かう力だった魔剣も、今や戦争の兵器として使われている始末。もし女神が今の時代を見ているのなら、どんな心持ちであろうか。


「エディオくん… いや、もうエディオ様と呼ぶべきかしら。あなたがそれを持っていると言うことは、先代の方は…」

「僕のことは呼び捨てで構いませんよ。先代の魔剣士は… 二年前に戦死されました。そう、ちょうど先代の旋風の騎士団の方達の任務と同時期に行われていたサーイヤ平原の戦いの時に。最後はリムソーンの魔剣士との一騎打ちで、見事な相討ちだったと聞いています」


 本来なら魔剣士の存在はどの国でも最重要の機密事項である。いつ使い手が変わったとか、戦死したとかそういうのは一切人に知らされない。そのことで味方や敵の士気が上下することを防ぐためだ。


「ですがゴートン隊長は魔剣士をそのように使うべきではない、とおっしゃっていました。戦場の花形として多くの兵士を相手にさせて、最終的に相手からも魔剣士をぶつけられて相討ち… なんて、もう見せかけの運用はこれで最後にしたいと」

「私には戦いの話は良く分からないんだけど… それはどういう意味なの?」


 旋風騎士団は何度も言うが潜入工作と隠密戦闘。これまでにそこへ魔剣士が配備されたことは少なくともファーリーンの歴史では未だにない。


「魔剣士は一騎当千の力を発揮する… とまで言われているようですが、正直実際に持ってみて解かりました。一度に百人近くの兵を相手にすることなんてとてもできません。ましてや最近は戦術や武器の改良に伴い、魔剣士対策も練られていると聞きます。野戦に魔剣士を持ちこむのは得策ではない。あくまでも単独、少人数の運用でこそその力が生きるはずだ。二年前にゴートン隊長に力説されました」


 ノーマは再び二年前のことを思い出していた。彼が部屋から出て来た時に少し汗ばんでいたのにはそういう意味があったのだろうか。当時の彼には荷が重すぎたのであろう。

 そしてゴートン隊長も、もしもの事態に備えていたと言うより、もう解かっていたのかもしれない。いずれこうなることを。


 今となっては全てが憶測であるが。


「少し時間がかかってしまいましたが… 彼らの無念を晴らす時が来ました。ここをもう一度、騎士団の屋敷として使わせてもらいます」


 エディオの目は強い意志とノーマへの気遣いに満ちている。ノーマは何も言わず軽く顔を振る。


「ここは旋風の騎士団の館です。昔も今でも… どうぞ好きに使って。それから私も…」

「当然ですよ。ノーマさんの料理をずっと楽しみにしていましたから」


 エディオは笑って答える。気が付くと門番の老兵もこちらを見て鼻を啜っていた。


「よし、そうとくればまずは人集めですね。昔のようにここを賑やかにしたいですね」

「あら、そう言えば他に人はいないの?」

「…今のところ自分とロドンさんだけです」


 エディオは苦笑いしながらやや答え難そうに言った。


 ロドンという人物は先代の騎士団の唯一の生き残りである。戦場の古傷が元であまり動きまわることが出来ず、兵卒を引退して武器開発部門に回っていたところを先代のゴートン隊長が引き抜いたのであった。


 先代の騎士団が全滅した折にも、彼だけは本隊とは離れた所にいたため何とか生き延びることが出来たのである。元々部屋に籠りっきりで口数も少なく、突然姿を消したり現れたりと、今ひとつ掴みどころのない人物で、以前のノーマもあまり会話したことが無かった。


「ロドンさんは今どのように?」

「タラトで療養中です。もう少ししたらこちらに戻ってきますよ」

「そう、また部屋の掃除が大変になるわね」


 会話こそほとんどなかったが、ノーマにとってロドンはいつも部屋を散らかす人としか認識されていなかった。ガラクタを部屋に持ちこんでは何やら中でいじりまわしているのである。しかもどこぞやらのゴミ捨て場からも色々持って来るので、部屋の匂いも酷いといったらありゃしない。だが今のノーマはそれくらいのほうが張り合いがあっていいと思った。


「人数はどのくらい取って来るつもり?」

「今はちょっと解かりません。ちょうどリムソーンへ遠征に向かっている隊がこちらに引き上げてきている最中らしいので、そいつらの中から骨のありそうな連中を見つけてきますよ」

「じゃあ私は何人来てもいいように部屋の準備をしておくわね」

「お願いします!」


 こうして新たな旋風の騎士団の結成が始まる。


 多大な重圧を背負った青年と夫を失った悲しみを乗り越るべく動く女性。


 そう、始まりはこれからであった。


 僅かな希望を信じて、いずれ来るであろう悲劇のことなど考えてもいなかった。



 この時は、誰も。


ようやく話が明るくなってきたような、なってないような。


魔剣の設定をどこまで明かすかについてはお悩み中。


話を書く側としてならともかく、設定を知らない読む側としてはこれほど読み難い物はないのかも。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ