勇者パーティーから聖女の私が追放されたら、パーティーは勇者一人になりました
「聖女エリアナ。お前は今日で勇者パーティーを抜けてもらう」
魔王城へ続く黒森の入口で、勇者レオンは高らかにそう言った。
私は少しだけ考えてから、持っていた治癒杖を下ろした。
「承知しました」
「……え?」
勇者様が、なぜか驚いた顔をした。
追放すると言ったのは、そちらなのに。
「いや、待て。もっと取り乱すところだろう。泣いて許しを請うとか、考え直してくださいと言うとか」
「必要ありませんので」
「必要ない?」
「はい。追放されるのでしたら、私はパーティーを離脱いたします」
私は荷物袋から自分の水筒と薬草包みを取り出した。聖印のついた予備の外套も畳む。勇者パーティー共有の物資と、私物はきっちり分けてある。
三年も旅をしていれば、こういう整理は早くなる。
勇者様は口を開けたまま、私を見ていた。
隣に立つ新入りの癒し手、ミレーユ様が小さく笑う。
「エリアナ様、強がらなくてもいいんですよ。回復しかできない聖女なんて、勇者様にはもう必要ないんですから」
「そうですね。では、あとはお願いいたします」
「えっ」
なぜそこで驚くのか。
私は魔法使いのルシアへ向き直った。
「ルシア様。いままでありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ」
ルシアは涼しい顔で杖を抱え直した。
「では、私も抜けます」
勇者様が振り向いた。
「は?」
「聖女様がいない黒森に入るほど、私は命知らずではありません」
「おい、ルシア。お前は宮廷魔導士だろう。毒霧くらい魔法でどうにかできるはずだ」
「できますよ。一回だけなら」
ルシアは淡々と言った。
「ただし二回目で魔力が尽きます。これまで連戦できていたのは、エリアナ様が私の魔力循環を整えてくださっていたからです」
「そんなもの、聞いていないぞ」
「勇者様が聞かなかっただけです」
戦士ガルドが大剣を肩に担いだ。
「じゃあ、俺も抜ける」
「ガルド!」
「俺の呪傷を押さえていたのも聖女様だ。あんた、知らなかったのか?」
勇者様は私を見る。
私は微笑んだ。
「ご説明はいたしました。三回ほど」
「聞いていない!」
「三回とも、勇者様は『細かい話はいい』とおっしゃいました」
斥候のニコが、腰の短剣を外した。
「僕も抜けます」
「お前まで!」
「黒森の罠は、半分以上が瘴気式です。聖女様の浄化なしで先行偵察なんて、死ねと言われているようなものですから」
荷運び兼料理番のトマも、背負子を下ろした。
「俺も帰ります」
「トマ、お前は戦闘員ですらないだろう!」
「だからこそ帰るんですよ。聖女様の保存祈祷なしで、この食料は三日で腐ります。あと、勇者様は野草と毒草の見分けがつきません」
勇者様の顔が、だんだん青くなっていった。
私は自分の荷物をまとめ終え、最後に勇者様へ頭を下げた。
「では、レオン様。どうぞご武運を」
「待て、待て待て待て!」
勇者様は両手を広げた。
「おかしいだろう! なぜ全員抜ける!」
ルシアが首を傾げた。
「聖女様を追放するからでは?」
「エリアナは回復しかできないんだぞ!」
「その回復がないと、勇者様は昨日の狼の爪傷で発熱しています」
ガルドが言った。
「あと、聖剣の光が弱くなってるぞ」
勇者様は慌てて腰の聖剣を抜いた。
昨日までまばゆく輝いていた白銀の剣は、今はなんとも地味な鉄色をしていた。
「な、なぜだ」
「毎朝、私が祝福しておりましたので」
私は答えた。
「勇者様は『朝からぶつぶつ祈るな、気が滅入る』とおっしゃっていましたが」
勇者様は絶句した。
ミレーユ様が慌てて一歩前へ出る。
「で、でも! 私だって癒しの魔法は使えます!」
「はい。お任せいたします」
「え、あ、でも、聖剣の祝福とか、瘴気浄化とか、魔力循環とかは……」
「聖女認定を受けていない癒し手には、難しいかと」
「そんなの聞いてません!」
「私も今、追放を聞いたところです」
ニコが小さく吹き出した。
勇者様はミレーユ様を見て、私を見て、抜けていく仲間たちを見た。
「勇者パーティーはどうなるんだ」
誰も答えなかった。
仕方なく、私が答えた。
「勇者様がお一人で続ければよろしいのではないでしょうか」
「そんなことができるわけないだろう!」
「では、追放を撤回されますか?」
勇者様の顔に、ほんの少し希望が戻った。
「そ、そうだ。撤回してやる。エリアナ、お前は今まで通り俺のために――」
「お断りします」
私はきっぱり言った。
「なぜだ!」
「一度追放された者が、なぜそのまま戻ると思われたのですか?」
勇者様は言葉を失った。
私は治癒杖を抱え直す。
もう黒森へ入る必要はない。魔王城へ続く道も、勇者様の背中も、私が祈りで支える必要はない。
不思議なほど、肩が軽かった。
ルシアが私の隣に並ぶ。
ガルドも、ニコも、トマも続いた。
ミレーユ様は少し迷ってから、勇者様の隣に残った。けれど、その顔はすでに泣きそうだった。
「エリアナ!」
背中に、勇者様の声が飛んでくる。
「俺は勇者だぞ!」
私は振り返らなかった。
勇者であることと、人を雑に扱っていいことは、少しも同じではない。
黒森の風が、私の白い外套を揺らす。
勇者パーティーから聖女の私が追放された日。
その日、勇者パーティーは勇者様一人になった。
そして私たちは、初めてまともな相談ができる仲間だけで、新しい旅を始めることにした。




