第9話 「その窓口は今ファントムさんが利用中だぞ」
夕方、町へ戻ったエリカはハンター・ギルドを訪れた。 今日の戦果の確認をしようと、窓口に置かれている読み取り機のスキャナーで自分のハンター・カードを読み取る。 読み取り機のモニターに「並ラットリング42匹、ラットリング・チーフ3匹」と表示された。
(ラットリング・チーフ?)
見慣れぬモンスター名だ。 カウンターの机に置かれている報奨金額のリストに目をやると、「並ラットリング」の下に「ラットリング・チーフ」とある。 報奨金額は6千ゴールド。 並ラットリングの2倍だ。
抜群の異世界IQを誇るエリカは、速やかに並ラットリングとラットリング・チーフの関係を見抜いた。
(チーフは並ラットリングの上位種ってわけね。 他のより大きかったやつがチーフかな)
今日の戦闘でエリカは、他のラットリングよりも2回り大きい個体と何度か戦っていた。 厳密には戦ったとは言えないかもしれない。 背後から忍び寄って胴体をスパッと切断しただけだから。 そんな戦いだったから、エリカにはチーフと並の強さの違いもわからない。 分かるのはサイズの違いだけだ。
(報奨金が2倍だから、まともに戦えばチーフはさぞかし強いんでしょうね。 さて、並が42匹で合計12万6千ゴールド、そしてチーフが―)
男性の声がエリカの思考を遮る。
「ほほう、並が42匹にチーフが3匹。 なかなかの戦果ですな」
(ななっ何!? 私に話しかけてるの?)
驚いて飛び退るエリカ。 いつの間にかエリカの近くに、30代前半とおぼしき男性が寄って来ていた。 この人には見覚えがある。 窓口係員の1人、若くして薄くなりかけたブロンド色の頭髪とメガネを特徴とする人物だ。
エリカは窓口係の男性を注意深く観察するが、どうやら彼はエリカの存在を知覚していない。 エリカの居場所とは見当違いの方向に視線が向けられている。
「そこにいらっしゃいますか、ファントムさん。 報奨金をまだ受け取っていない様子。 14万4千ゴールドをお支払いしましょう。 あなたが正当に稼いだおカネです」
窓口係はキャッシャーを開けて硬貨を取り出しながら枚数を数えていたが、その手をふと止めてエリカに尋ねる。
「そうだ、ファントムさん。 協会に口座を作りませんか? 大硬貨14枚ともなると、かさばるし少し重いですよ?」
(協会?)
「協会とは、このハンター協会のことです」
エリカの心の中を見透かしたように窓口係の男性は説明してくれた。 ここは「ギルド」ではなく「協会」だったのだ。
「この用紙に必要事項を記入してもらえれば口座を開設できます。 ペンはここに」
エリカは用紙を受け取ると、名前やハンター・カードの番号などの必要事項を記入して拇印を押した。
「可愛らしい指だね」
エリカが用紙に押した拇印を見て窓口係が言った。
「今度のファントムさんは女の子かな? 名前は... エリカちゃんか。 じゃあ口座を開設してくるから、しばらくここでお待ち下さい」
そう言って窓口係は奥に引っ込んだ。 エリカは後を付いていったりせず、カウンターで大人しく待っていた。 フロアにいる他の人たちにエリカの姿は見えていないはずだが、それでも周囲の視線が自分のほうに向けられるのを感じる。 窓口係の先ほどの挙動で彼らは、目に見えないハンターがそこに居ると知ったのだ。
周囲の人たちひそひそと話し合う声がエリカの耳に届いてくる。
「あそこにファントムさんがいるのか」「おれファントムって初めて見たよ」「見てはいないけどな」「"ファントム" って呼び捨てにすると祟られるぞ」「そうそう、"ファントムさん" って呼ばないとね」
今しがたフロアに入ってきたばかりの者がエリカの窓口を利用しようとし、それを周囲のハンターが引き止める。
「その窓口は今ファントムさんが利用中だぞ」
◇
しばらくして、窓口係の男性が戻って来た。
「お待たせしました、ファントムさん。 まだそこにいらっしゃるでしょうか?」
返事代わりにエリカは窓口係のメガネを少し上にずらした。
「おわっ、メガネが。 わかったからやめてください。 まだそこに居るんですね。 じゃあこれが口座カードになります。 デビット機能もあります。 本人以外には使えないようになっていますが、 紛失に気を付けてください。 再発行に手数料がかかります」
エリカはテーブルに置かれたカードを手に取った。 前世のクレジット・カードほどのサイズだが金属製である。
「そこに置かれている出納器でこのカードを使うと口座から入出金できます」
窓口係はそう言ってフロアの片隅にあるATMのような機械を指差した。 数人が順番待ちをしている。
「こちらが報奨金の14万4千ゴールドです。 出納器まで持ち運ぶには、このケースが便利ですよ」
そう言って窓口係はカウンターの下の床に積み上げられているケースを出してきて、そこに硬貨を入れて行く。
エリカはケースを抱えて出納器へと向かった。 出納器は外見だけでなく使い方までATMに酷似していた。 10万ゴールドを貯金することにして、残りはポケットに投入。 ポケットの耐久力が気になる程度の重さがあった。 財布も欲しくなった。
◇
宿屋に戻ったエリカは荷物を部屋に置くと宿屋を出て、1時間ほどで戻ってきた。
どこに行っていたのか? 風呂屋に行っていた。 3日分の泥・汗・返り血にまみれた肌を熱い湯ですすぎ、浴槽に浸かり、さっぱりして宿屋に戻ってきたわけだ。
浴槽に浸かりながらエリカは色々と考えた。 今日の宿代をまだ支払っていないこと、服の着替えが無いこと、そしてファントムさんのこと...
この世界でファントムさんは一体どういう存在なんだろう? なんとなく敬われている感じがある。「祟り」という言葉まで飛び出していた。 そしてハンター協会の職員はエリカを正式なハンターとして扱ってくれた。
ファントムさんはこの世界に何人ぐらい存在し、どのように世界と関わってきたのか? 考えても答えは出なかった。 考えようにも思考の材料が不足していた。




