第61話 《水生成》
応接室を出て窓口フロアに戻るとシバー少尉がいて、手に持つデバイスを見つめていた。 エリカが持つ指輪から発信されるシグナルを頼りにハンター協会まで来たに違いない。
(そういえば指輪《発信器》をポケットに入れたままだった。 軍の話は断ったのに、いつまで付き人を続けるつもりかしら)
シバー少尉に付いて来られると邪魔っけだ。 そう思って、エリカは少尉からなるべく離れたルートを歩いて建物を出ようとするが、そのルートが少尉に最接近したとき少尉からエリカに声が掛かる。
「エリカさん。 そこにいらっしゃいますよね?」
呼びかけを無視するほど少尉を嫌ってるわけでもないので、エリカはベルで返事をする。チン。 しかし足は止めない。スタスタ。 少尉はエリカの後に付いて歩きながら話しかけて来る。
「どこへ行くんです? おうちへ帰りましょうよ」
(私は忙しいのよ)
歩きながらエリカは旅の計画を練る。 件の塔はミザル市のほぼ真西に位置するが、街道沿いに西南西に進みジビエの町まで行ってから北上すると道がわかりやすいし歩きやすい。 片道3日間の道のりだがエリカの速度なら往復3日間も可能だろう。
(でも念のために6日分の食べ物を持っていこう。 携行食ぐらい、この世界にも売ってるわよね? 水は――)
小さな叫び声がエリカの思考を中断する。
「きゃっ!」
振り返ると、シバー少尉が誰かとぶつかったらしく地面に転んでいる。
(あーあ、受信器なんか見ながら歩いてるから)
エリカは後戻りしてシバー少尉を助け起こす。
「きゃっ」
そして、体についた砂をパンパンと払ってやる。
「エリカさん? すいません、ありがとうございます」
(歩きスマホみたいなもんだよね)
◇❖◇❖◇
北の商店街でエリカは、携行食と《水生成》の呪文スクロールを買った。
携行食は乾物屋で見つかった。 ゴルフボールより一回り大きいサイズのズシリと重い玉が24個で6日分。 1日に4個を食べるのだろう。 価格は1個あたり300ゴールド、原材料は穀類・豆類・種子類・蜂蜜・魚粉・酒・油脂・茶葉である。
《水生成》の呪文スクロールは150万ゴールドだった。 貯金がゴッソリ減ってしまったが、大量の水を持ち運びする苦労や水不足の心配をせずに済むのは魅力的だった。 うろ覚えの知識によると、人は1日に3Lの水分が必要。 6日で18L。 エリカが愛用するナップサックには、とうてい収まらない。
シバー少尉は終始エリカにうるさく付きまとい、エリカを面倒がらせた。
「これって旅の支度ですよね? どうして必要なんですか? どこに行くんですか?」
◇❖◇❖◇
家に戻ったエリカは《水生成》のスクロールを使用して呪文を覚えた。 そして、すぐに試すことにした。 旅の途中で初めて《水生成》を使って「予想外の効果でした」では困る。
手の平を台所の流し台の中に置いたコップに向けて《水生成》の呪文を唱える。
「ピクルスピクピククオピオサウナ ピュアピュアベイベピュアベイベ 出でよ純水マイウォーター!」
手の平から水色の光が放出されてコップの内側を直撃。 するとコップの中に水がどんどん出現し、すぐにコップは一杯になった。 それでも水は増え続け、コップから水が溢れ出す。
「《水生成》はコップより水筒に使うといいわね」
《水生成》で作った水は飲用に適するのだろうか? エリカは水が溢れそうなコップを流し台から持ち上げて口元に運び、ひとくち飲んでみた。 ゴクリ。
「うん、大丈夫。 飲める飲める」
コップの水はヒジキ風味だったが、これはマナによるものだろう。 かつてムンド・セレクシオンの潜入捜査で試飲した『マナ水』もヒジキ風味だった。 だとすれば、《水生成》で作った水は時間が経てばヒジキ風味が抜けて飲みやすくなるだろう。




