第53話 非常事態ですよ
エリカは地面に横たわる隊長の体を抱き起こすと肩に担ぎ上げた。 アリス誘拐事件の重要参考人として町まで持って帰る。 思えば『ナナクサ』の面々も、悪漢たちを叩きのめした後でこうして肩に担いで運んでいた。
(お姫様抱っこなんてあり得ないから、やっぱりこうなるよね)
しかしエリカの場合、エリカが透明で隊長の姿だけが見えている。 周囲の人には、ぐでっとなった男性が中空を浮遊して町へ向かっているように見える。
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町へ向かって街道を歩きながら、エリカはアリスのことが心配になった。
(まさか、まだあの馬車に乗ってたりしないでしょうね?)
そんなはずはないのだが、透明なアリスの行動をまったく感知できないがゆえの不安である。
エリカがアリスを心配しながら街道を歩いていると、チンとベルの音が聞こえた。
(アリスちゃん?)
エリカは隊長を地面に置くと、ナップサックからベルを取り出してチーンと鳴らしてみた。
すると、返事が帰って来る。 チーン。 この安っぽい音は間違いなくアリスの卓上ベルの音だ。
(よかった。 ちゃんと逃げてたんだねアリスちゃん)
気絶した隊長が中空を移動するのを見て、アリスはエリカが隊長を担いでいると察したのだろう。 隊長がエリカに蹴り飛ばされるのも見ていたかもしれない。
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隊長を担いで街道を進み続けるエリカ。 町に近づくにつれ人通りが増える。 主にラットリング狩りのハンターだが、街道を通行する馬車もいる。
「なんだあれは」「人が浮いているぞ!」「ゾンビの襲来?」「似たようなのを前に見たことがあるよ!」「生きてるのか?」
ざわめきの中エリカは西門から町の中に入った。 町中はもっと人が多く一層ざわめきが大きかったので、エリカはそそくさとハンター協会のビルに入った。
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エリカはフロアの床に隊長をドサリと下ろし、ベルを激しく鳴らし始めた。 チンチンチンチンチンチン! 非常事態ですよ!
ただならぬベルの音に、協会職員やハンターたちがジョウン隊長の横たわる場所へとやって来る。 マロン君もそのうちの1人だ。
「何事ですか、エリカさん」とマロン君。 当然ながら、彼はベルの音だけでエリカとアリスを区別できる。
依頼担当の職員であるビマルトが床に横たえられたジョウン隊長を見て驚く。
「あっ、この方は透明の人材を求める依頼人...... どういうことです?」
エリカはナップサックから筆記用具を出して、ノートにメッセージを書き殴り始めた。 書き終えたノートを床に置いてベルをチンと鳴らすと、いち早くマロン君がエリカのノートに気づく。
ただでさえ字が下手なエリカが慌てて書いたため、ノートには見るに耐えない乱雑な文字がひしめく。 だが、マロン君はさして苦労する様子もなくメッセージを読み取った。
「なになに、『この男はアリスちゃんに《支配》の呪文をかけようとしたの』だって?」
(そうなの)
周囲に集まっていた人たちが騒ぎ出す。
「あの依頼はファントムさんを陥れるための罠だったわけか......」「ファントムさんて支配できるのか!」「《支配》の乱用は犯罪だぞ」「ファントムさんを支配できたら無敵じゃないか」「バチが当たっても知らないわよ?」
騒ぐ人たちをよそに、マロン君はエリカのいる辺りに向かって問いかける。
「アリスさんは今どこに?」
するとアリスがベルをチンと鳴らした。 私ならここにいますよ。
「良かった。 そこにいらっしゃいましたか。 アリスさん、それにエリカさんも、詳しい話を聞きたいんですが、奥の部屋までお越し願えますか」
マロン君に先導されて奥の部屋へと向かうエリカの背後で、ビマルトの声がした。
「誰かこの男を見張っててくれ。警察に通報してくる」
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エリカとアリスは奥の部屋でマロン君に事の次第を説明した。
『私にピッタリな依頼だと思って――』
『――で、私も興味があったからアリスちゃんに付いて行ったら...... というわけなんです』
マロン君は2人の説明を読み終えると、少し考えて言う。
「その男たちは北の独裁国の人間じゃないでしょうか。 『ジョウン』という名前は、あの国に多い名前です。 ファントムさんのことを『グレムリン』と呼んだことから他国人なのは明らかですし」
『北の独裁国って?』
「正式な国名は『ベルヌ民主主義人民共和国』だったかな? ザルス共和国の北にある小国で、社会主義を標榜していますが単なる独裁国家です」
『ザルス共和国って?』
そう尋ねたのはアリスだ。 彼女はエリカに負けず劣らず、この世界の地理に疎い。
「私たちが住む、この国です。 ミザル市など5つの大都市を中核とする民主主義の国です」
『あいつら、そもそもは私を《支配》しようと考えてたみたいなんだけど?』
エリカの問いにマロン君はこともなげに答える。
「そうでしょうね。 クーララ王国がスカウトに来たのと同じようなものでしょう。 スカウトに比べて随分と卑劣ですが」
『じゃあアリスちゃんは私のとばっちりを受けたってことか。 ごめんねアリスちゃん』
『気にしないでください。 助けてくれたのもエリカさんですから』
「今後もこういう陰謀があるでしょうから、お2人とも身辺には十分に気を付けてくださいね」
マロン君の目の前の空席で、二つのベルが「チン」と重なった。




