第41話 エリカさん
南門エリアでの狩りを終えてハンター協会を訪れたとき、窓口にマロン君の姿はなかった。 エリカを応対してくれたのは別の窓口職員だ。
(マロン君はどうしたんだろう?)
換金処理のためエリカのハンター・カードをスキャンしていた職員が、エリカの今日の戦果を見て感心する。
「ほほう、ファントムさん1人でオークを11匹ですか。 すっかりベテランですね」
半日でオークを11匹も狩れたのは《魔物探知》のお陰である。 エリカは今朝方に魔法書店で《魔物探知》スクロールを購入し、それを使って今まで狩りをしていた。
(ミスリルの剣なら、もっとたくさん倒せたけどね)
エリカの今の武器は何の変哲もない鋼鉄製の長剣だ。 昨日ミスリルの長剣を返却したので、新しい剣を北の商店街の武器屋で買い求めた。
ところが、その鋼鉄製の長剣は切れ味が悪かった。 いや、刃は研ぎ澄まされていてエリカの柔肌なんかは容易く切り裂く。 しかし、分厚くてゴムのような弾力性に富むオークの皮膚を切り裂くには不十分だった。 少なくともエリカの剣の腕前では。
ミスリルの剣と違って切り付けただけでオークの体を切断とはならないし、突き刺したときも剣の通りが悪い。 一撃必殺でオークを仕留められないため、初撃で傷を負ったオークが逃げ出したり無闇に動き回ったり。 1匹を倒すのに相当な労力を要求された。
加えて、鋼鉄の剣は重かった。 マナで肉体が強化されていたから剣を振るえはしたものの、《軽量化》の魔法までかかったミスリルの剣に慣れていたエリカにとって、鋼鉄製の剣を何度も振るうのはしんどい作業だった。 11匹めのオークを倒したところで嫌になり、早めに切り上げて町に戻ってきたわけである。
◇❖◇
「オーク11匹で22万ゴールドです」
窓口で受け取った報奨金を出納器で預金してハンター協会を出て行こうとしたとき、安っぽいベルの音が聞こえてきた。 チーン。
ベル音のほうを見るとマロン君がいる。 身振り手振りから察するに誰かと会話しているが、会話の相手が見当たらない。 まるで透明人間と会話しているかのよう。
「後輩ファントムさんが私の手紙を見て協会にやって来たのね!」
並の人間であれば喜んで後輩に駆け寄って行くところだが、エリカは人嫌い。 自分の思い通りに事が運んだのを嬉しく思いつつ協会ビルを出て行った。
◇❖◇❖◇❖◇
後輩ファントムがハンター協会を訪れてから3日が過ぎた。
しかし、南の商店街では依然としてファントムさんによる万引被害が続いていた。 お弁当やサンドイッチ、果物などが何時のまにか消失する現象が治まらなかったのである。
◇❖◇
その日も、商店街を通るエリカの耳に弁当屋の嘆きが聞こえてきた。 彼はしょっちゅう嘆いたり罵ったりしている。
「1号が2号に話をつけて万引きをやめさせるって話じゃなかったのかよ?」
『1号/2号』というのは、エリカが商店主たちに筆談で状況を説明したときに、自分と後輩を区別するために用いた呼称だ。 1号がエリカで2号が後輩である。
他人向けの説明に『先輩/後輩』という呼称を使うのは何だか自分が偉そうで気が引ける。 かといって後輩を『新ファントム』と呼ぶと、必然的に自分は『旧ファントム』。 なんだか残念な感じだ。 そういうわけで1号/2号に落ち着いた。
嘆く弁当屋に、隣の商店主が言う。
「1号さんが2号さんを上手く説得できなかったのかな」
2人の会話を聞きながらエリカは首をひねっていた。
(後輩はどうして万引きをやめないの? スムーズにハンター生活に乗り出せるようにと武器代まで渡しておいたのに)
エリカはアリスが武器を買うための費用として、自腹の10万ゴールドをマロン君に託けていた。
「『私にお任せください』だなんて大見得を切っといてよ」
弁当屋の言葉がエリカの心にダメージを与える。
(思い出さないでー、あのときはテンションが高かったのよ)
エリカは恥ずかしさで朱色に染まる白い頬を両手で覆い隠した。 「あのとき」とは、後輩に手紙を渡すのに協力してもらうため、商店主と筆談したときのことである。
「そう言ってやりなさんな。 ファントムさんにも失敗はあるだろう」
◇❖◇❖◇
商店街を後にしたエリカはハンター協会を訪れた。 後輩の現状に関する情報を得るためである。
エリカがマイ・ベルをチンと鳴らすと、カウンターの内側に座って仕事をしていたマロン君が顔を上げる。
「やあ、エリカさん。 今日はどういったご用件で?」
(『エリカさん』? いつもは『ファントムさん』なのに)
「あっ、『ファントムさん』だとアリスさんと区別が付かないので、これからは名前で呼ばせて頂きます。 1号/2号さんだと素っ気ないですし」
(アリス?)
「2号さんはアリスというお名前なんですよ」
(後輩は女性で、たぶん日本人? だとすると、異世界に転生するのは日本人ばかりという私の仮説が補強されるわね。 それはともかく、そのアリスさんの状況をマロン君から聞き出さないと)
そうしてエリカは筆談へと移行した。 マロン君といえど、ここからのやり取りをベルの音だけでしのげるものではない。 そのはずだ。 いや、あるいは彼なら......? だがしかし、物事には限度というものが......
『アリスさんの件はどうなったの?』
紙に書かれたエリカのメッセージを見てマロン君は答える。
「それがですねえ、モンスターを1匹も狩っている様子がないんですよ。 ハンターに登録して頂き、ハンターとして活動するのに必要な一通りの知識をお伝えし、エリカさんからて託かっていた武器の代金もお渡ししたんですけど......」
(う~ん、どうしてだろ?)
エリカの思惑通りであれば、今頃アリスはラットリング狩りで順調に稼ぎ、万引き生活から足を洗っていた。
「アリスさんから接触して来ない限り、彼女の居場所も状況も協会では把握できません」
(だよね。 私がなんとかするしかないか)
エリカはマロン君にここまでの協力を謝して、協会を後にした。
◇❖◇❖◇
「なんで私がこんなことを」
ハンター協会から商店街へ戻りながらエリカはグチった。
本来であればモンスター退治や依頼でバリバリとおカネを稼いでいるはずなのだ。 それなのに一銭にもならないことで町中をウロウロと行ったり来たり。
エリカが商店街に戻るのは新たな置き手紙を設置するためである。 アリスを呼び出して直談判する。 アリスはハンター協会に顔を出さないから、アリスとの接点は商店街しかない。
社交活動が極度に苦手なエリカは直談判などしたくない。 それはアリスも同じだろう。 だが、互いに相手を知覚できないファントムさん同士であれば、ご対面のハードルも低いはずだ。
◇❖◇❖◇
商店街に到着したエリカは、書き置きを用意して弁当屋の店先に置かせてもらった。 書き置きの文面は次の通りだ:
『アリスさんにお話があります。 明日の午後3時にここで待っていてください。 エリカ』
マロン君の呼び出し文に似る文面だが、エリカにその自覚は無い。
「明日アリスさんが来なかったら、もういいや」
弁当屋の罵り声を聞きたくない一心でここまでやって来たけれど、これ以上の労力は割に合わない。




