第40話 広早瀬アリス
広早瀬アリスは16才の女子高生。 人嫌いが高じて自殺したら偉そうな老人に杖の頭でゴツンと殴られ、気がついたら見知らぬ世界にいた。 自分が全裸だと気付き驚愕したが、通行人には自分が見えないらしかった。
アリスは素足で街を歩き回った。 幸いにも商店街を発見し、食料と衣料品を確保した。 人が住んでいない家屋を見つけ、そこを拠点と定めた。
「あれ? 寝台の布団だけなぜか真新しい。 布団を盗み忘れてたからラッキー、この布団を使お」
ここまではエリカと同じ展開。 だが、ここからが違った。 アリスはエリカと違い前世でRPGやラノベを嗜んでいなかった。 だから、冒険者ギルド的な組織に登録しておカネを稼ぐなど想像もしなかった。
ゆえにアリスは、この見知らぬ世界で誰にも知覚されない状態でカネを稼ぐ手段を持たなかった。 もっとも万人に知覚される存在であったところで、アリスは人嫌いだからカネを稼げなかったが。
そんなわけでアリスは、この世界に飛ばされてから ――もう何日になるだろうか?―― ずっと万引きで糊口をしのいできた。 商店街の店主たちに憎まれているのは知っている。 でも、大して気にしていなかった。 気にするだけの精神的な余裕が無かったからだ。 そんなことを気にする段階はとっくに通過していた。「恒産なくして恒心なし」である。
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その日もアリスはいつもと同じように食料調達に出かけていた。 アリスの食料源は主に商店街の弁当屋である。 店先に商品が並べられていて、とても盗みやすい。
商店街に入り、少し歩いて弁当屋に到着。 弁当屋の店主は今日も、店先で不機嫌な顔で腕組み。 あれでは客が寄り付かないのでは?
「今日はどのお弁当にしようかな? カレー弁当とオデン弁当とスキヤキ弁当は問題外やとして、昨日は2食ともハンバーグ弁当やったから今日は唐揚げ弁当かな。 ......野菜も摂りたいから野菜炒め弁当と唐揚げ弁当にしよう」
本日のメニューを考えながら店頭に近づくと、お弁当が並べられた背の低い陳列棚に垂れ幕のように大きな紙が貼られていた。 次のように書かれている:
『見えないあなたに、お話があります』
なんと日本語である。 厳密には、この世界の言葉と日本語の二ヶ国語併記だ。
「日本語?」
興味を惹かれたアリスは貼り紙に近づく。 そして気付いた。 垂れ幕の紙が落ちないように抑える弁当のそのまた上に、手紙らしき封筒が置かれている。
「見えないあなた」とあるからには自分宛ての手紙だろう。 そう察して封筒を手に取り手紙を取り出した。 が、また手紙を封筒に戻す。
「やっぱり家に帰ってから読も。 まずはお弁当やな」
アリスは手紙を封筒に戻して弁当を物色する。 あったあった、唐揚げ弁当と野菜炒め弁当。 お目当てのお弁当を盗んでアリスは弁当屋を立ち去った。
彼女が次に目指すのは果物屋さんである。 果物は幸福感を人にもたらすと聞く。 ストレスしかない生活が続くなか、鬱の予防には果物が欠かせない。
果物屋を目指すアリスの背後で弁当屋のわめき声が響く。
「あっ、クソっ、やっぱり2つ取って行きやがった」
「まあまあ、1号さんの計画が上手く行けば、お弁当を盗まれるのは今日で最後ですよ」
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家に戻ったアリスは野菜炒め弁当で昼食を済ませると、弁当屋の店頭で見つけた封筒を改めて開いた。 封筒の中には四つ折りにされた手紙が入っている。
手紙を開くと、ぎっしり詰め込まれた大量の文字が目に飛び込んできた。 この世界の言葉と日本語の二ヶ国語で書かれている。 いや、日本語のほうが量が多い。 日本語でしか書かれていない部分があるのだ。
アリスはまず、二ヶ国語で書かれている部分を読んだ。 それによると、この世界にはハンター協会という組織があり、町の外でモンスターを退治するとその協会で報酬を貰えるという。
「モンスターって怪物のことやんなー? この手紙は、なんで人間がそんな怪物を倒せるって前提で書かれてんのかな?」
異世界IQの低いアリスには、その点がどうにも納得できなかった。
手紙には商店街からハンター協会までの道順を示す地図が記載されており、さらに次の指示が書かれていた。 協会に着いたら、窓口に置かれている卓上ベルを鳴らす。 するとマロン君が出て来るので、後は彼に任せれば良い。
「マロン君って誰やねん」
アリスは、日本語のみで書かれた部分を読み始めた。 そこには、この手紙を書いたのが早良尻エリカという名の日本人女性であること、そして、そのエリカさんが人嫌いで自殺したら神様に叱られてこの異世界に飛ばされたことが書かれてあった。
「この手紙は私と同じ境遇の人が書いてんな。 そしたら手紙を信じてハンター協会に行ってみよかな。 それにしても下手糞な字やなぁ」
エリカは悪筆だった。
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家を出たアリスは手紙にある地図に従って歩き、大きなビルに辿り着いた。
「地図によると、この建物がハンター協会やねんけど」
両開きのドアが開け放されている大きな玄関を怖々と通り抜けると、そこは大きなホールだった。 アリスは受付らしきカウンターへと歩み寄り、テーブルの上に卓上ベルを発見した。
「エリカさんの言ってた卓上ベルってこれのことかな。 よし」
アリスは思い切って卓上ベルのボタンを押してみた。 何かがどうにかなってマズいことになるなら逃げればいい。
チーンと鳴ったベルの音に反応して、1人の男性がアリスのほうに近付いてきた。 ブロンド色の頭髪とメガネが特徴である。 アリスは即座に直感した。 この男性がマロン君であると。
「これがマロン君やな」
男性がアリスの立つ辺りに声を掛けてくる。
「ファントムさんが言ってた2号くんかな?」
アリスはマロン君の言った内容をさっぱり理解できない。
(ふぁんとむさん? にごうくん......?)
アリスが反応しないので、マロン君は少し考えて言い直した。
「ええと、商店街のお弁当屋さんに置かれていた手紙を読んでいらしたんですよね?」
(そうそう、そうです)
「あ、返事はベルでお願いします」
アリスは慌ててベルを鳴らした。 チーン。
「ああ、良かった。 話が通じたようだ。 じゃあ、色々と話があるので奥の部屋へ行きましょうか」




