第38話 行かないでマロン君
翌朝。 エリカは、振り込まれているはずの大金を引き出そうとハンター協会を訪れた。 200万ゴールドで《魔物探知》スクロールを買い、オーク退治で荒稼ぎするのだ。
協会の建物に入ったエリカはしかし、出納器にたどり着く前にマロン君からのメッセージに気付いた。 受付カウンターから垂れ幕のように大きな紙が垂れ下がり、そこに大きな字でメッセージが書かれていた。 メッセージの内容は次の通り。
『ファントムさんにお話があります。 ベルを鳴らしてください。 マロン』
嫌な予感しかしなかった。 前にこんな風に呼び出されてマロン君と奥の部屋で話したとき、エリカは西門でのラットリング狩りを禁じられた。
(えー、どうしよっかな。 スルーしよっかな)
しかし、そうもいかない。 いつかはマロン君とコミュニケーションを取る必要に迫られる。
(でも、とりあえず今日はスルーしよっか。 明日、いえ明後日、なんなら一週間後でもいいよね。 しばらくはセルフで換金......)
クヨクヨと考えていたら、いつの間にかカウンターの内側から出てきていたマロン君に声をかけられた。
「ファントムさん? もしかして、そこにいらっしゃいます?」
(う...... なんでわかるの?)
「おかしいなあ、ファントムさんがいるような気がしたんだけど」
(ビンゴよ。実は大正解なの)
「まったく、時間が経つほど立場が悪くなるのに...」
(え? 立場って私の立場? なんかヤバイの?)
エリカは耐え難い不安に襲われた。
(呼び出しに応じない場合どうなるの?)
でも、呼び出しに応じたくない気持ちもある。
(呼び出しをスルーして、このままどこか新天地を目指すのはどうかしら? 馬車を買って、食料と水を積み込んで......)
追い詰められるエリカをその場に残し、マロン君はカウンターの内側に戻って行く。
(待って。 行かないでマロン君。 いま考えてるから)
エリカはベルを鳴らす踏ん切りがつかぬままにマイ・ベルのボタンに指を伸ばし、躊躇いながら指先に力を込める。 その結果ベルから発せられたのは――
ティ...ン
エリカの弱く迷える心が絶妙に表現された音色であった。
ベルの音を聞いた周囲の人たちがざわめく。
「聞いたか今のベルの音を?」「聞いたさ。 不安と迷い、忌避感がこれ以上ないほどに表れてた」「なんて、なんて哀れな音色なの......」「人間味あふれる音色だったよな」「人間味っていうか心の弱さ?」「録音しとけばよかった」「高値で売れたのにな」
ベルの音は当然、マロン君にも聞こえていた。
「ファントムさん、やっぱりそこに居たんですね」
(......)
「お話があります。 こんなところじゃなんですから奥の部屋へ行きましょう」
そう言ってマロン君はエリカの返事も待たず歩き出す。 エリカはどこかホッとした気持ちで、彼の後に続いた。




