第34話 スローライフ
QSAオフィスからハンター協会にトンボ返りしたエリカ。 不正審査の証拠をハンター協会の窓口で提出しようとして断られた。
「ファビロサさん本人に直接渡してください」
エリカを応対するのは、エリカにファビロサを引き合わせた協会職員である。
「どうして、そう面倒なことを要求するの?」 そんな抗議めいた気持ちを込めて、エリカはマイ・ベルを2回鳴らす。 チーン、チーン。
「この手の依頼の成果物はクライアントに直接渡してもらう決まりなんです。 テレホンでファビロサさんに面会の予定を取り付けますから、ちょっと待っててください」
そう言って協会職員は、カウンターに置かれている電話そっくりの道具の受話器を取り上げた。 ボタンをいくつも押し、どこかの誰かと話し始める。
「もしもし、こちらハンター協会のビマルトと申しますが――」
(この協会職員さんは名前をビマルトと言うのね)
テレホンでの通話を終えたビマルトがエリカに向かって言う。
「ファントムさん、まだそこにいらっしゃいます? 明日の午後4時に、ファビロサさんが協会に来てくれるそうです」
エリカは返事代わりにベルをチンと鳴らし、そそくさと協会の建物を出ていった。
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「あー、風が気持ちいい」
ハンター協会を出たエリカは丘の頂上に来ていた。 北門エリアを出たところにある小さな丘、オーク怖さに狩り場に窮し八方塞がりの中で昼食のおにぎりを食べたあの丘である。
この丘の上で昼食を食べたのは昨日の昼が、ずいぶん前に思える。 前世で引きこもりをしていた頃に比べて1日が何と目まぐるしいことか。
エリカが丘に来たのは1人になりたかったから。 朝から絶え間なく人が多い場所で過ごし、エリカは人疲れしていた。 そんな彼女の心にひょっこりと浮かんだのがこの丘である。 草が生い茂った丘の斜面を吹き上がって来る風の瑞々しく甘い香りを思い出し、矢も盾もたまらなくなってエリカはこの丘へとやって来た。
◇❖◇
草の匂いのする空気を胸一杯に吸い込み、吐き出す。 町の雑踏を離れた新鮮な空気をひとしきり味わうと、エリカは丘の上に1本だけ生えている大きな木の根本に腰掛けた。
木の幹に背中を持たせかけ、風が木の葉を揺らす音を聞きながら、エリカはぼんやりと遠くの景色を眺める。 青い空には薄雲がかかり、農地の向こうには大きな河が流れている。 河の向こうは一面の森である。 河の存在により農地はモンスターの侵入を免れているのだろう。
どれだけの時間そこでそうして座っていただろうか、いつしか日は傾き夕刻となっていた。 オレンジ色の日光がエリカの頬を照らし、名も知らぬ草や小さな花の影をくっきりと地面に落とす。
「あら、もう夕方。 すっかりスローライフを満喫しちゃったわね」
エリカが考える "スローライフ" は、この程度のものだった。




