第33話 大人になりなさい、ワカティ君
QSAのスタッフが持ってきたのは、直径30cmほどのマナ集積魔法陣だった。 携帯用だが、『マナ水』のビン底に使われている超小型タイプに比べれば随分と大きい。
「先ほど伺った『マナ水』の説明によれば、『マナ水』に添加されている特殊成分がマナにさらされればいいわけですよね?」
QSAスタッフは、若手社員の説明を聞き流すように見えて実はちゃんと聞いていたらしい。
「さようです」
「では魔法陣のマナ出力口を『マナ水』のビンに向けて、と。 何分ぐらいさらせばいいですか?」
「20分ぐらいですね」
◇❖◇❖◇
20分後、たっぷりマナにさらした『マナ水』を男たちは再び試飲しようとしていた。 どさくさに紛れてエリカも、ビンに残っていた『マナ水』をビンのキャップに少し注いで試飲の構えである。
「それでは」「いざ」「試飲といきましょう」「ええ」
『マナ水』を口に含みゴクリと嚥下する一同。
「おお、これですっ! これがマナ味ですっ」「うむ、この味だ」「あー、さっきと確かに味が違いますね」「ヒジキみたいな味ね」
ひとしきり感想を述べ合ったのち、社員2人が深刻な顔つきで話し合う。
「しかしそうすると、『マナ水』のビン底の魔法陣が機能していないことになりますね」
「うむ。 しかも6本全部。 事態は深刻だ。 急いで社に戻らなくては」
帰社する方向に話が進んでいた2人の会話。 それをQSAスタッフが断ち切る。
「あー、お待ちください。 せっかく当協会にまで足を運んだのですから、この機についでにムンド・セレクシオンの認証を取得していってはいかがですかな?」
(えっ、認証しちゃうの? 魔法陣が機能しないとマナの味がしないんだよ? マナの味もイマイチだったし)
若手社員は当惑している。
「いや、魔法陣が機能してないわけですし...」
「しかし、販売開始の前には魔法陣の問題を解決なさるのでしょう?」
「そりゃ、もちろんそうですけど」
「そんな御社にピッタリのサービスがございます。 その名も『先取りオプション』。 先取りオプションとは、当該の製品が将来に獲得するであろう高品質を先取りして認定するサービスです。 所定のオプション料金を当協会に納めて頂きますがね」
(妙な理屈だけど要するに、おカネをもらって劣悪な製品を優秀な製品として認定するってこと? あっ、録音しとこう)
エリカはファビロサに支給されていた録音器のスイッチを入れた。
◇❖◇❖◇
若手社員はQSAスタッフの提案を聞いて絶句している。
「そんな... そんな不正は許されない。 それでは認証の意味がない」
その若手社員を年配社員が窘める。
「ワカティ君、もっと柔軟に考えたまえ。 この場で認定してもらうか後日に場を改めて認定してもらうかだけの違いだよ」
(年配社員はこれまでにも先取りオプションを利用したことあるようね)
「まさにその通りです。 メーカー様の多様なニーズに柔軟にお応えするのが当協会のモットーでしてね」
(柔軟すぎるにもほどがあるわよ!)
何か言いたげな顔で口を閉ざすワカティ君を年配社員が説得する。
「大人になりたまえ、ワカティ君。 人手不足の昨今、品質認証の手続きに時間を取られるわけにはいかないんだ」
「まさにその通りです。 認証に関しては私どもにすべてを任せ、メーカー様には商品の品質向上に専念して頂きたい。 それが消費者のためでもあるのです」
ワカティ君はしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「要は... 要はボクたちが『マナ水』の品質を真に金賞に値するレベルにまで引き上げればいいんですよね。 どのみち同じことなんだ!」
エリカは人知れず叫ぶ。
(違うっ! どこが違うか分からないけど、絶対に "同じ" じゃない!)
「わかってくれたかワカティ君。 どのみち我が社は『マナ水』を完璧な品質に仕上げるんだから、後日に出直すなど二度手間でしかない。今日ここで認証の件をサッパリと片付けておこうじゃないか」
「はいっ!」
ワカティ君は元気よく返事をした。 すっかり吹っ切れ、清々しい顔をしている。
◇❖◇❖◇
ワカティ君は気を取り直してQSAスタッフに尋ねる。
「それで、そのオプションを利用するとして、『マナ水』には金・銀・銅どの賞をもらえるのでしょう? 『マナ水』の味が人を選ぶのは承知してますが、できれば銀賞ぐらいは...」
「その点についてはご心配なく。 まず、ムンド・セレクシオンの認定は相対評価ではなく絶対評価に基づきます。 つまり、金賞を得るのに他の製品よりも美味しい必要はなく、一定の基準の美味しさを満たしていれば良いのです。 そして、ここだけの話、その基準はかなり緩めに設定されています」
QSAスタッフは説明を続ける。
「その緩めの水準にすら達していない製品ですら心配ご無用です。 審査人は製品の美味しさをかなり自由に評価できますからね。 何を美味しく感じるかには個人差があり、評価者の裁量の余地が大きいのです。 言ってしまえば、安全性や可食性に問題が無い食品であれば金賞を与えるのは難しくありません」
(ムンド・セレクシオン金賞のお菓子が美味しくないのは、こういうことだったのね!)
「それだと、どの製品も金賞になるんじゃありませんか? 金・銀・銅どの賞になるかは、どこで決まるのですか?」
「ありていに言えば、当協会へ寄付して頂いた金額で決まります」
ワカティ君が再び表情を曇らせる。
「それってカネで賞を買うようなもんじゃないですか! 許せませんよ!」
いきり立つワカティ君を年配社員が説き伏せる。
「大人になりなさいワカティ君。 美味しさに関しては、誰がどう判定しても誰かが不満を抱くことになる。 万人が満足する美味しさの基準など存在せんからな。 寄付金の額で授与する賞を決めるほうが問題が少ないんだ」
「うぅ、そう言われればそうかも」
「キミ個人が寄付金を負担するわけじゃないし、細かいことを気にするな」
「......はい。 じゃあ、どの賞にしますか?」
気を取り直したワカティ君が年配社員に尋ねた。
「もちろん金賞だ。 我が社の製品は金賞と決まっている」
「金賞はいくらなんです?」
ワカティ君に問われてQSAスタッフは、手元のブリーフケースから書類を取り出す。
「寄付金額についてはこちらをご覧ください。 そして、こちらが特別オプションの料金表です」
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裏取引の録音を済ませたエリカは、会議後に執務室に戻るQSAスタッフを尾行し、彼のブリーフケースから裏取引用の料金表を盗み出した。 音声の録音と併せて裏取引の証拠は十分に得られた。




