第31話 5分前行動とは感心ですなあ
翌日の午後1時54分。 エリカはハンター協会に来ていた。 潜入捜査の面談は午後2時からだが、「5分前行動」とやらを実践してみた。 前世で彼女は「時間通りはすでに遅刻」という話を小耳に挟んでおり、それが頭の片隅に残っていた。
依頼用の窓口に立ちマイ・ベルをチーンと鳴らすと、それだけで協会職員にはエリカが来たと分かる。
「やあファントムさん。 5分前行動とは感心ですなあ。 さっそく部屋に案内しましょう。 先方はすでにお待ちですから」
職員の後を部屋まで歩きながらエリカは考え込む。
(先方はすでにお待ち......? 私は5分前に来たのに、どういうこと? この職員さんも「感心ですなあ」って...... はっ! もしや先方も5分前、いえ、すでに来ているということは10分前行動!?)
案内された部屋は前にマロン君と話をしたのとは別の部屋だった。 かなり大きな部屋で、パーティションで仕切られた6つのブースが設けられている。
「こちらです」
職員に案内されて室内を進むエリカの耳に、ブースの1つから声が聞こえてくる。
「......の代理人として私が――」
エリカの他にもクライアントから依頼を引き受けようとしているハンターがいるのだ。
◇❖◇❖◇
目的のブースに到着し、職員がエリカを紹介する。
「お待たせして申し訳ありません、ファビロサさん。 姿は見えませんが、ファントムさんをお連れしました」
エリカはマイ・ベルをチーンと鳴らして自らの存在を示した。 目の前のブースに座るのは35才ぐらいの黒髪の女性。 スカートタイプのスーツを着ている。 スーツの色はクリーム色。
(この女性が10分前行動を......)
エリカに観察されているとも知らず、ファビロサはエリカに挨拶をする。
「初めまして、ファントムさん」
エリカは返事代わりにベルを無造作に鳴らす。 チーン! 姿が見えないから、言葉遣い・口調・表情・仕草を気にする必要はない。 気楽なものである。
協会職員がファビロサに説明する。
「ファントムさんは基本的にベルの音で返事をしますが、Yes/Noで答えられない事柄に関しては筆談も可能です。 そうですよね、ファントムさん?」
ええそうよ、とエリカはベルをチン。
ファビロサが真顔で職員に問う。
「今のはYesとNoどちらなのかしら?」
(もちろんYesよ)
「もちろんYesです」
「どうやって区別なさったのかしら?」
(Yesに決まってるじゃない。 Yesのつもりで鳴らしたんだから)
「鳴るタイミングと言うか、鳴り具合と申しますか...」
この協会職員は、エリカの応対をしたのこそ昨日が初めてだったが、それまでにもエリカがチンチンと鳴らす音をしょっちゅう聞いていたので、なんとなくYesかNoか分かる。
ファビロサは少し考えて提案する。
「Yesならチン1回、Noならチン2回。 これでどうでしょうか?」
エリカがチンとベルを鳴らして了承の意を伝えると、ファビロサは満足げに頷いた。
「それでは仕事の話に入りましょうか」
◇❖◇❖◇
ファビロサはエリカに、自分がミザル市の職員であると告げた。 ミザル市とはエリカが暮らすこの町のこと。 今回の潜入調査は市役所が依頼人だ。
ファビロサは依頼の概要を話し始める。
「ファントムさんに潜入してもらうのは品質選定協会、通称『QSA』と呼ばれる組織です。 QSAは色々な商品の品質を審査して格付けし、その手数料という名目で商品のメーカーから多額の金銭を受け取っているの」
ファビロサは言葉を続ける。
「メーカーの目的は宣伝です。 QSAに『高品質である』と認定されれば、消費者が他社よりも自社の製品を選ぶというわけ」
ファビロサの説明は続く。
「QSAが運営する認証は『ムンド・セレクシオン』。 金賞・銀賞・銅賞の3つのランクがあり、ランクが高いほど優れた商品であると見なされるわ。 認証の対象は主に飲食物。 お菓子のパッケージなんかに『ムンド・セレクシオン金賞』と書かれたシールが張られてるのを見たことありません?」
「あります」 エリカはマイ・ベルをチンと鳴らした。
「それでね、QSAが適性な審査を行っていない疑惑があるの。 低品質な商品でもメーカーが裏金さえ支払えば賞をもらえる。 逆に、メーカーが裏金の支払いを渋ると商品が高品質でも銅賞すらもらえない。 要するにムンド・セレクシオンの賞がおカネしだい、製品のクオリティーを全く反映していないという疑惑ね」
ファビロサの話にエリカは深く頷く。
「そういうことだったのね......」
ファビロサの話は実体験として納得できた。 この異世界でエリカは『ムンド・セレクシオン金賞』のシールが貼られた菓子を何度か買っているが、どれも美味しくなかった。 QSAの裏金疑惑は濃厚だ。
「そこでファントムさんにはQSAに潜入して、ムンド・セレクシオンの審査結果がメーカーが支払う裏金で決定されているという動かぬ証拠を掴んできて欲しいんです」
「やります!」 ベルを力強くチンと鳴らすエリカ。
エリカは猛烈に乗り気だった。 彼女は不誠実なことが許せない質である。 日本にいた頃も、いつの間にかこっそりと量を減らしている牛乳や駄菓子 ――いわゆるステルス値上げ―― によく腹を立てたものだ。
「良かった、引き受けてくれるんですね。 姿が見えないファントムさんにはピッタリの仕事だと思ってたんです。 そうそう、この録音器を渡しておきましょう。 音声の証拠を押さえるのに使ってください」
◇❖◇❖◇
ファビロサとの面談を終えたエリカがドアへ向かって歩いていると、使用中のブースから興奮した声が聞こえて来た。
「エテルニウムなら価値は2千万どころじゃないって」
(2千万っておカネの話?)
「声を抑えたまえ。 これは秘密情報なんだ」
(内緒話? 聞いちゃうとお得な話?)
興味をそそられたエリカは進路を変更し、使用中のブースに近づいた。 ブースにいるのは3人のハンターと依頼人らしき人物。 エリカがすぐ傍で立ち聞きしているとも知らず、ハンターたちは興奮した様子で話し合っている。
「市場で売れば絶対もっとカネになるよなあ」
(やっぱりおカネの話)
「オークションとかな。 エテルニウムなら億は固いよ」
(最低でも1億ゴールドってこと? エテルニウムって何?)
「売るよりも自分で使うってのはどうだ?」
「誰が使うかで揉めるだろ。 それよりは売るのが賢いって」
そこで依頼人が口を挟む。
「君たちが当方の依頼以外でアーティファクトの入手に動くのは認められない。 君たちがこの情報に基づいて利己的な行動を取らないのも守秘義務の一部だ。 入手したアーティファクトは必ず当方に引き渡してもらう」
(守秘義務? なんだか厳しい言葉ね......)
「守秘義務つってもオレらが聞いたのは、ミザル市から西に3日歩いたところにある塔の最上階にアーティファクトが保管されているってだけじゃん」
年若いハンターの迂闊な発言に、依頼人が表情を厳しくする。
「守秘義務は守秘義務だ。 この依頼を引き受けないなら、それで結構。 ただし、当方の依頼以外で西の塔のアーティファクトに手を出した場合には相応の賠償金を請求させて頂く。 この情報を誰かに漏らした場合にもな」
賠償金をチラつかされてハンターたちは顔色を変える。
「ちょっ、引き受けないとは......」「手出しだなんて」「賠償金こわい」
エリカはブースを離れてドアに向かった。
(1億ゴールドのアーティファクトが西の塔に、か。 そう言えば、依頼ボードに『アーティファクト探索』ってのがあった。 それがこの依頼かも)




