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コミュ障、異世界転生で存在消失す ~透明人間はスローなライフも思いのままでした~  作者: 好きな言葉はタナボタ


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第26話 エリカの《治癒》デビュー

町へと戻り始めたメノウたちを眺めながら、エリカは考えていた。 《治癒》の出番かと色めき立ちもしたけれど、冷静に考えると条件が整っていない。 パールはひどい打撲傷とはいえ命に別状はなく、この場にいる者と言えばエリカの他にたったの4人。 ギャラリーが少な過ぎる。


(やっぱり、こんな地味な状況で私の《治癒》をデビューさせたくない。 いては事を仕損じるし、また今度にしよう)


そう決心しつつもエリカはメノウたちの後に付いていった。 エリカも町に戻るところだったし、このまま付いて行けば《治癒》以外の親切チャンスが到来するかもしれない。


                 ◇❖◇❖◇


パールはメノウの肩を借りて歩いていた。 ヒスイがパールに肩を貸そうとしたのをさえぎって、自分が肩を貸すと言い出した。 メノウはパールよりも背が高いのでパールは歩きづらそうだが、メノウは全く気にする様子がない。


2人の前後をサフィーとヒスイが歩く。 サフィーは哨戒を担当しているらしく、しきりに周囲を見回している。 ヒスイは気遣わしそうにパールのほうを見ている。


エリカは4人の後をのんびりと歩いていた。 ナップサックから麦茶の入った水筒を取り出して喉をうるおしたり、オレンジを取り出して皮を剥いて食べたりと警戒心のかけらもない。 前を行く4人に比べて呑気なものである。


                  ◇❖◇


10分も歩かないうちにヒスイが言い出した。


「そろそろお昼休みにしませんか? もう正午を過ぎてるのに、まだ昼ゴハンを食べてませんし」


(私はとっくに済ませたわ)


「バカを言っちゃいけないわ、ヒスイ。 あなたのマナがもう残ってないのに」


「でも...」


ヒスイが休みたがる理由はパールだ。 辛そうに歩くパールを休ませてやりたい。 それに、昼食を食べるうちにマナが回復すれば、再び歩き始める前にパールに少しでも《治癒》を使える。


しかしメノウは頑として休憩を認めない。 ヒスイの思惑をお見通しだし、合理的に考えてもこんな状況で休憩を取るのは問題外だ。


「ダメなものはダメ。 速やかに撤退よ。 私たちに南門はまだ早かったの」


「じゃあ、やっぱりボクがパールに肩を...」


「あら、そんなにパールとひっついてたいの?」


メノウは足を止めてヒスイを詰問した。 声も少し大きい。


「そういうわけじゃ」


「じゃあどういうわけなの? 言ってごらんなさい」


メノウの声は鋭かった。 まるでヒスイのパールへの恋慕を断ち切ろうとするかのよう。


メノウに劣らず鋭い声で、サフィーがモンスターの出現を告げる。


「北東の方向にオークが4匹!」


メノウの警戒度は急上昇し、一気にピークに達する。


「なんですって!」


エリカはキラリと目を光らせる。


(オークなら私に任せなさいな)


「まだ私たちに気付いていませんが、このまま進めば気付かれます」


サフィーの声に恐怖がにじむ。 それも無理からぬこと、このパーティーにとってオークは格上の存在である。 ラットリング退治を卒業して間もない彼女らは南門で活動し始めて日が浅い。 ヒスイの《魔物探知》で弱いモンスターを選んで狩るレベル。


「落ち着いて、サフィー。 私が一緒よ」


エリカはそれっぽいセリフを言ってみたが、当然サフィーには聞こえない。


「くっ、見つかれば一巻の終わり...」


メノウがリーダーシップを発揮し、冷静な声で指示を出す。


「落ち着きなさい、北西に迂回して進むのよ。 町までもうすぐだから大丈夫」


メノウは自分だけならオークから逃げ切る自信があった。 その自信があるから冷静でいられる。


                 ◇❖◇❖◇


メノウに従い北西に進む一行。 ペースが早まり、パールは右膝がいっそう辛そう。 夥しい量の汗をかき顔色は蒼白である。 膝の骨にヒビぐらいは入っているだろう。 歩幅が大きく足取りも力強いメノウは、パールを半ば引きずるようにして歩いている。


サフィーがオークの動向を逐一報告する。 オークとの距離が離れているため、オークを視認できるのは視力に優れるサフィーだけ。 パーティー全員が視認できる距離だと、オークの側からも視認されてしまう。 逆に言えばしかし、サフィーにしかオークを視認できない距離なら安全である。


誰もがそう思っていた。 サフィーがオークの接近を告げるまでは。


「オークが近づいて来る! 私たちを狙ってる!?」


「たまたまこっちに来ているのではなくて?」


「違う! 私たちを狙ってる! さっき目が合ったの。 オークにも目のいい個体がいるんだわ」


それを聞いたメノウの行動は素早かった。


まず、抱えていたパールを手放した。 突然打ち捨てられて、パールは「きゃっ」と小さな悲鳴をあげて地面に崩れる。


次にメノウは、メノウの行動に驚くヒスイを肩に担ぎ上げて全速力で走り出した。 彼女が目指すのは彼方に見える町の門。 パールを見捨て、ヒスイだけを町に持ち帰るつもりだ。 メノウの走力は大したもので、ヒスイを担ぐというのに見る見る遠ざかってゆく。


ヒスイはメノウに担がれた肩の上でパールに向かって左手を伸ばしつつ絶叫する。


「パールーっ!」


サフィーは慌ててメノウの後を追いかける。


「置いていかないでメノウ姐さん!」


後に残るのは(パールの認識では)呆然と地面に座り込むパールただ1人。 4匹のオークは、逃げるメノウたちよりパールを獲物として選んだ。 右膝を痛めて満足に歩けないパールは絶体絶命のピンチにあるが、彼女は未だ置き去りにされたショックを咀嚼中。 この先に自分を待つ運命にまで頭が回らない。


オーク4匹がパールにも見える距離にまで近づく頃、パールはようやく立ち上がって逃げようとする。 しかし右膝の痛みで立ち上がれず尻もちをついた。 そうこうする間にもオークは近づいて来る。 もうパールの目にもはっきりと見える距離だ。 オークの醜悪な姿を克明に視認したパールは、立ち上がるのを諦めて泣き出してしまった。


                  ◇❖◇


パールの救いは、エリカがまだそこに居たことだ。


「もー、仕方ないなー」


夢見る理想の《治癒》デビューから掛け離れ(かけはなれ)ているが、可哀想なパールを放っておけない。 エリカはパールの隣にしゃがみ込むと腫れ上がった右膝に手を当て、不本意ながら呪文を唱え始める。


「パメクルラクルロリロリポップン―」


パールの右膝にあてがわれたエリカの右手を美しい白光が包み、白光は徐々に強さを増してゆく。


「―ポッペンヒュームトローリシュー。 ヒール!」


《治癒》の呪文が完成し、エリカの手を包む白い輝きがパールの右膝を包み込む。


エリカの魔法が放つ輝きはパールには見えないものの、この時点でパールは自分の右膝に何かが起こっていると気付いた。 涙に濡れる目をしばたかかせてパールは自分の膝を凝視する。


(膝が... なんだか暖かい? いえこれは、痛みが楽に―)


エリカの手から放たれる光が収まったとき、パールの右膝の腫れは治まっていた。 エリカの《治癒》でパールの怪我が治ったのだ。


「さ、オークも迫ってきてることだし。 立ち上がってみて」


エリカはパールの背後に回り、両脇から手を差し込んでパールの体を持ち上げて立たせた。


「ひゃっ、なにっ!? なに?」


突然の怪異な現象に驚くパールの背中を、エリカはぐっと力強く押す。 オークはもうそこまで迫ってきている。 パールは早く逃げねばならないのだ。 エリカに背を押され()()()()()と前のめりになったパールに向かってエリカは叫ぶ。


「早く逃げなさい!」


エリカの声が聞こえたかのように、パールは前のめりの態勢からそのまま町へ向かって駆け出した。 始めは右膝の様子を確かめるように恐る恐る走っていたが...


「治ってる!」


膝がすっかり治ったとわかり快哉を叫ぶと、子鹿が跳ねるようにして全力で駆け始めた。


                  ◇❖◇


パールが駆け出したを見てオークたちも速度を上げた。 土煙を巻き起こして走るその様は(まさ)に激走。 怪我が治り全力で疾走するパールにも追いつくだろう。


激走するオークの前にエリカは進み出た。 走行中のオーク4匹をまとめて倒す実力はエリカには無いが、彼女の目的は足止めである。 パールが逃げる時間を稼げればいい。 そして、それにはどうするべきかをエリカは知っていた。


エリカはミスリルの長剣を鞘から抜くと、突進して来るオーク4匹の向かって左側に立つ。 左端のオークが狙いだ。 オークたちはエリカの存在に気付かぬままパールを求めて爆走してくる。


猛スピードで接近する巨大な4つの体躯。 しかしエリカは落ち着いていた。 彼女にとってオークはもはや格上の存在ではなく獲物である。 向かって来るオーク4匹を冷静に観察し、オークが傍らを通過する瞬間を狙って剣を振るう。 すると一本の巨大な脚が血しぶきとともに宙を舞い、左端を走っていたオークが転倒した。 ミスリルの剣がオークの脚を付け根から切断したのだ。


エリカは転倒したオークに駆け寄り、背中から心臓の位置を狙って長剣で一突き。 それでオークは絶命した。 仕留めたオークから噴出する金色の霧に取り巻かれながら、残る3匹が倒れた仲間に駆け寄って来るのを眺める。


「やっぱり寄ってきたわね」


目論見どおりである。 オークが獲物よりも仲間の異変を気にかけることを、エリカは前回のオーク退治で学んでいた。


そうこうするうちにもパールは駆け続け、オークとの距離は広がる一方。 もうオークに追いつかれる心配はない。


近寄ってきたオーク3匹は仲間の死体を見て困惑している。 全く状況を理解できない。 エリカは困惑中のオークたちの背後に忍び寄り、次々に長剣で急所を貫いていった。


                 ◇❖◇❖◇


町へ戻ると、南門を入ってすぐの所でヒスイが涙を流しながらパールを抱きしめていた。 メノウとサフィーも一緒にいた。


エリカは抱擁するヒスイとパールの傍らを足早に通り過ぎる。


「全員無事だったようで何よりね」


他人の色恋沙汰にとことん冷淡なエリカであった。

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