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コミュ障、異世界転生で存在消失す ~透明人間はスローなライフも思いのままでした~  作者: 好きな言葉はタナボタ


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第16話 『対人リソース』とは

エリカは帰路を急いだ。 最大級の人助けとマロン君とのささやかな交流とで「対人リソース」が枯渇していた。


「対人リソース」とは、エリカが人と関わるのに必要とする気力のようなものである。 エリカが人に関わると消費され、枯渇するとエリカは人を避け始める。 人に存在を認識されない身であってなお人を避けるのだ!


対人リソースはエリカが1人で穏やかな時間を過ごすことで徐々に回復する。 エリカは一刻も早く家に戻って静謐な孤独に包まれたかった。 しかし、その前に今日の夜と明日の朝のぶんの食べ物を買っておかねばならない。 エリカは商店街に寄って帰ることにした。


                 ◇❖◇❖◇❖◇


商店街の入口に差し掛かったときエリカは不意に後ろに倒れて尻餅をついた。 原因は不明。 これといった理由もなく、何かに押されたかのように後ろに倒れた。 さらに、なぜか腹から胸にかけて軽い鈍痛がある。 意味不明の現象に首をかしげながらエリカは商店街に入った。


商店街に入りお弁当屋さんへ足を向けると怒鳴り声が聞こえて来る。 怒鳴っているのは弁当屋の店主だ。


「気のせいなんかじゃねえ。 いつの間にか弁当が2つ減ってやがる」


自分のことかと思ってエリカはビクッとした。 自分もお弁当を2つ持って行くことがある。


(ドキドキ。でも私のことじゃないよね? 最近の私は代金をきちんと置いていってる)


エリカはいつも、商品を取った場所に代金を置いている。 それで店の人も分かってくれていると思っているが...


「いつもは代金を置いていきなさるのにねえ」と隣の商店の主。


(それが私のことよね。 じゃあこれは...? ただの万引きじゃないのかしら?)


「ただの万引きじゃねえよ。 オレはずっとここに居たんだから」


「じゃあファントムさんかねえ。 おカネに困っていなさるのかも」


(私じゃない! おカネに困ってもいないし)


「まったくファントムさんにも困ったもんだぜ! 姿が見えないのをいいことに払ったり払わなかったり」


(私じゃないのに!)


                  ◇❖◇❖◇


弁当をやめて自炊することにしたエリカは、色々な店をまわって材料を買い集めた。 最後に肉屋で買い物を終えて出てきたとき、通りの向かい側にある魔法書店が彼女の目に留まる。


今日の体験は彼女に魔法への関心を抱かせるのに十分であった。 ラットリングの麻痺の魔法は不死身のエリカにも脅威だったし、フェネルの救助では回復魔法の必要性を痛感した。


「魔法かー。 私にも使えるかな?」


対人リソースが枯渇していることも忘れ、エリカは迂闊(うかつ)にも魔法書店のドアを開いた。 するとカランコロン。 派手な音がした。 ドアにベルが取り付けられていた。


予期せぬ音にエリカが驚いていると、カウンターに座っている老紳士がドアのほうに顔を向けた。 エリカの出す足音も衣擦れの音も周囲の人には知覚されないのだが、ドアに付いているベルの音となると知覚されるらしい。


老紳士は勝手に開いた(ように見える)ドアに怪訝そうな表情を浮かべたのち、何かを理解したように(うなず)いた。


「ファントムさんが我が店にもお越しか」


ご来店を店主に知られてしまった。 だが、本の代金をちゃんと支払うんだから後ろめたいことなど無い。 エリカは敢然かんぜんと店内へと足を進めた。


                   ◇❖◇


狭い店内には本棚がぎっしりで、本棚には本がぎっしりである。 本のタイトルに目を通していくと手頃なタイトルの本が見つかった。 その名も『魔法の基礎』。


本を棚から引き抜いて拾い読みすると、エリカにも理解できそうな内容である。


「とりあえずこれを買おう。 でもこれには呪文が載ってない。 呪文書はどこかしら?」


エリカは店内を見て回り呪文書っぽい本を見つけた。 しかし、どれも内容が恐ろしく難解で理解できない。 数式っぽいものまで書かれている始末だ。


「魔法って頭がいい人にしか使えないの?」


エリカが絶望感に包まれかけたそのとき、カランコロンと音がして数人のグループが店内に入ってきた。 顔に見覚えがあると思ったら『ブラジカ』だった。 以前にエリカと冒険を共にしたパーティーである。


「やあ、いらっしゃい」


「こんちわ、魔法スクロールは置いてますか?」


(スクロール? ゲームなんかだと魔法を1回だけ使える消費アイテムよね)


「スクロールはそこだよ」


店主はカウンターの近くに置かれているキャビネットを指差した。 背の低いキャビネットで、いくつもの引き出しが付いている。


『ブラジカ』の4人はキャビネットに歩み寄り引き出しを開けた。 エリカが近づいて見ると、引き出しの中には何本もの巻物が並んでいる。


「うおー、あったあった」「たんまりだぜ」「宝の山だー」「すげー」


はしゃぎながら目当てのスクロールを探す『ブラジカ』を店主は気遣わしげに眺めている。


「破ったり汚したりしたら弁償してもらうよ」


「はーい」「わかってますって」「ういっす」「ちぇっ」


しばらく探した末に『ブラジカ』は、お目当てのスクロールを見つけた。


「あった。《鎮静》のスクロールだ」「やっぱり、そのスクロールはケールが使うべきじゃ?」「え、さっきはブロッコにしようって」「でも、オレたちの中でいちばん冷静なのはケールだろ? いちばん冷静な奴が《鎮静》を覚えなきゃ意味ねーじゃん」「魔法適性から言えばブロッコだよ」「でもよ、ブロッコは間違いなく短気だぞ?」「ケールだって短気だよ」「オレたちの中じゃ一番マシさ」


わいわいと騒ぐ『ブラジカ』を店主がたしなめる。


「店の中で騒いでもらっちゃ困るよ。ちゃんと話し合ってから、出直したらどうかね?」


「そうします」「ごめんなさい」「ういっす」「ちぇっ」


4人は謝って店を出ていった。


                   ◇❖◇


折よく登場した『ブラジカ』の会話からエリカは、この世界における魔法スクロールの役割を掴んでいた。


(スクロールは魔法の呪文を習得するためのものなのね。 みんなスクロールで呪文を覚えてるんだ。 あんな難解な呪文書を普通の人が理解できるはずないもの)


エリカはキャビネットの引き出しを開いた。 引き出しの中にはスクロールがずらりと並ぶ。 スクロールの表紙には呪文名が記されていて、《魅了》《読心》《幻影》など乙女心をくすぐる呪文に混じって《治癒》の呪文のスクロールも見つかった。


(これこれ。 これで私にも魔法が使えるはず... よね? とにかく買ってみましょ。 気になるお値段は...)


《治癒》のスクロールの値札をチェックしてエリカは驚いた。 なんと100万ゴールド。 今のエリカには手が届かない値段だ。


(値段の書き間違いじゃないの?)


そう思って他のスクロールをチェックするが、ほとんどのスクロールが数百万ゴールド。 いちばん安い《照明》の呪文でも60万ゴールド、《支配》の呪文など500万ゴールドだ。


(魔法スクロールって大きい買い物だったんだ... スクロールはまた今度ね。 もっと貯金しなきゃ)


エリカは『魔法の基礎』だけ買うことにした。 本の裏に貼られる値札によると価格は2万ゴールド。 本にしては高価だが、スクロールの値段を見た後では良心的な価格に思えた。


商品と代金の交換はスムーズに行われた。 店主が「ファントムさん」の来店に気付いていたからだ。 エリカは紙袋に入れてもらった本を抱えて魔法書店を出た。

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