第15話 「頑張って、フェネル。もうすぐよ」
エリカはフェネルを背負って走り出した。 ひと1人を背負って走る体力などエリカには無いはずだが、そのことに気付いていない。
ちょうどエリカの耳元のあたりにフェネルの顔が来るので、エリカにはフェネルの息遣いが聞こえる。 浅く早い息遣いだ。 出血がひどかったし意識もないし、フェネルの生命が危険な状態にあるのは間違いない。
人の生命をことさらには大切に思わないエリカだが、その生命が自分に依存する実感があれば話は別。 フェネルに対して保護欲めいた気持ちすら湧き始めている。 飼っていた猫のことを思い出し、エリカは走りながら少し涙ぐむ。
町が近づきハンターをちらほら見かけるが、エリカは立ち止まらない。 彼らが《治癒》の呪文を使えるかどうか分からないし、使える者がいても怪我をしたフェネルを見て速やかに《治癒》を使ってくれるとも限らないからだ。 存在が知覚されないエリカは、彼らに自分の意思を伝えられない。
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エリカは町までの距離を1時間で踏破した。 歩いて4時間の道のりを、成人女性を背負って1時間で戻った。 本気を出せば尋常ではない体力。 だがエリカは、それに気付いていない。
町の入口は人の往来が多い。 行き交う人々が、エリカが疾走する地点を指差して驚きの声を上げる。
「なんだあれは」「人が浮いているぞ!」「あれってフェネル!?」「ひどい怪我だ」「生きてるのか?」
これだけ多くの人がいれば、回復魔法でフェネルを治せる人がいるはず。 でも、ここまで来たならハンター協会までもう一息。 協会なら、きっと早急に適切な処置をしてくれる。 エリカは協会までフェネルを運ぶことにした。
「頑張って、フェネル。もうすぐよ」
エリカがフェネルにかけた言葉に、当初の演技めいた響きは無かった。
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ハンター協会に到着したエリカは、フェネルの体を受付カウンターの上に横たえた。 カウンターにブロンド色の頭髪とメガネが特徴の窓口係がいたからだ。 エリカに口座カードを作ってくれた協会職員である。 エリカは彼の名前を知らないので勝手に「マロン君」と呼んでいる。 その「マロン君」なら、この異常な状況にも速やかに対応してくれる気がする。
マロン君はエリカの期待を裏切らなかった。 フェネルの状態を見て取ると直ちに建物の奥のほうへ駆けてゆき、中年の女性を連れて戻ってきた。 女性は既に状況を承知しており、すぐに呪文の詠唱を開始する。
「オッテンハウムゴスロリン... ポッペンヒュームトローリシュー。 ヒール!」
女性の手元から発せられた強い光がフェネルの体に吸い込まれるが、衣服で傷口が隠れているため効果のほどがはっきりしない。 フェネルの生命は助かるのだろうか?
女性は長々と時間をかけてフェネルの脈を計ると、口を開いた。
「傷は魔法で治したけれど、だいぶ血を失っているから集中的なケアが必要よ。 病院に運ぶから担架を持ってきてちょうだい」
女性の指示に従い何人かが動き出す。 マロン君はその場に残り小さめの声で言う。
「ファントムさん、そこにいらっしゃいますか?」
エリカは返事代わりにマロン君のメガネをくいっと持ち上げる。
「おわっ、メガネが。 やっぱりファントムさんだったんですね。 ありがとうございました。 おかげさまで彼女は一命を取り留められそうです」
返事代わりにマロン君のメガネを再びくいっと持ち上げてエリカは、そそくさと協会を後にした。




