表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表向きは被害者遺族を支援する宗教法人、裏では加害者を始末する組織に入った俺  作者: 八頭 たける
308視点の物語

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

最初から決まっていた

雨は、理由もなく降り続ける。

止んだと思った瞬間に、また静かに落ちてくる。


人は、取り返しのつかないことをしても生きている。

生きてしまう。

その事実だけが、時間を前へ押し流す。


ここに描かれるのは、正しさの物語ではない。

許しの物語でもない。

ただ、失われたもののあとで、なお呼吸を続けてしまった人間たちの記録だ。


名前を捨て、番号で呼ばれ、

選択した刃と、選ばなかった未来を抱えたまま、

彼らは雨の中に立っている。


この物語が、何に見えるか。

それは、読むあなたの中にだけ残る。


第1話:「最初から決まっていた」



Ⅰ. 雨の夜

世界が、息を潜めていた。

ざあ……と、雨だけが静寂を切り裂くように降り続けている。


人は誰しも間違いを犯す。

次のチャンスを与える世界は理解できる。

だが、人を殺すことを“間違い”では済まされない。


加害者を殺したところで、

少女が生き返るわけではない。

そんなことは本人だって望んでいない

──虚しいだけだ。



そう分かっていても……。


相手が”生きている事自体”が許せない。

⸻それが俺の結論だった。


だから今夜、終わりを届けにきた。

この家に住む男──少女の未来を奪った加害者に。


深夜の住宅街。

その奥の、ひときわ暗い家の前に俺は立っていた。


湿った空気が肺を締め付け、吐息が震える。

鼓動はあの日の痛みと重なり、雨とともに胸の奥を圧し潰す。

アスファルトを叩く粒音、湿った土とコンクリートの匂い。

頬に貼り付く髪、首筋を滑り落ちる滴。

衣服は肌に吸い付き、冷気が背骨を這う。



右手に握りしめているのは──

Fairbairn–Sykes Fighting Knife。


刃渡り17cm、重さ0.25kg。両刃で軽量、指先に吸い付く革の柄は掌に完璧に沿う。

これは第二次大戦期のイギリスSASが極秘任務用に開発した戦闘ナイフで、暗闇や混戦でも正確に刺すことができる。


掌に吸い付く革の感触と、刃先の微かな反発。

握るたび、小さな振動が腕から背筋へ走る。

鋼の冷たさは、自分の心臓を握っているようだった。


⸻自分の手で殺す。

それは、あの朝から決まっていた。


あの日以来、

俺の中で雨は止んでいない

──“記憶の雨”として降り続けている。


そして、

一粒の雨が頬を打った瞬間、

記憶の蓋が音もなく開いた。



Ⅱ. あの日

早朝。少女は交通事故で奪われた。


報道は「過労運転」と言った。

だが、真実は違う。


少女の笑顔を守れなかった瞬間から、

俺の呼吸は止まった。


俺は遺族支援を装う宗教法人──

裏では加害者に制裁を下す組織に身を置いた。


その瞬間から**“308”として生きることを決めた。**


そこで出会ったのが、バディである“301”。


301を見た瞬間、胸に痛むような違和感が走った。

仕草、笑い方、視線の温度

──どこか少女を思い出させる。


似ているはずがない。

そんな偶然、あるはずがない。


それでも、雨の中で振り返る横顔を見るたび、

喉が詰まった。

俺は誰を見ている?

301か?

あの日の彼女か?


作戦を重ねるたび、301は時折、遠くを見つめるような沈黙を持っていた。

その理由も意味も、俺には知らされていない。



Ⅲ. 記録

ロッカーを開けた時の金属音。

奥に置かれたSDカードの冷たさ。


誰が置いたのか、なぜそこにあるのか、

⸻説明はなかった。


中の映像には、少女の笑顔と事故の瞬間。

胸が裂けるような痛みを抱えながら、

俺は再生ボタンを押す。


その時、ロッカーの影に301が立っていた。

カードに向けられた一瞬の視線。

すぐに目を逸らし、「行こう」とだけ告げた。


あの日から感じていた違和感が、ようやく

形になり始めていた。



Ⅳ. 決行

加害者の家の前。


刃を構え、雨にかすむ視界で相手を見据える。


その瞬間──

視界の端に301が現れた。


濡れた髪、濡れた衣服。

その表情が、また少女の面影を連れてくる。


似ている理由はわからない。

似せているのかどうかもわからない。


ただ、胸の奥がざわつく理由だけは、

否定できなかった。



Ⅴ. 裏切り

次の瞬間

──肩に激痛。


突き立てられていたのは

KA-BAR Knife(USMCモデル、片刃)。


刃渡り約18センチ、重さ300グラム。

黒く染められた厚いクリップポイントブレード。

積層レザーの柄は濡れても滑らず、使い込むほど艶を増す。


第二次大戦期、アメリカ海兵隊が制式採用した実戦用ナイフ。

兵士たちは戦場のすべてをこの一本に委ねた。


その刃が、今は俺の肩に沈んでいる。


振り返ると、301がいた。

雨に濡れ、震える瞳で俺を見ていた。


理由も、説明もなかった。


ただ──


「……悪いわね、308。

最初から、決まっていたのよ。」


雨音だけが、答えの代わりに落ちていた。



何が?

誰が?

何を?


⸻俺には、何ひとつ知らされていなかった。


Ⅵ. 滴の果て

右肩を貫かれ、熱と痛みが全身に走る。


血と雨に濡れた衣服が肌に貼り付き、動きを奪う中、

308は震える手でスマホを掴む。


指先は血に染まり、液晶は曇り、光が滲む。

画面に触れるたび、血の痕が広がる。


その動作は、痛みと絶望と記憶を刻む儀式のようだった。


初めて彼女の家を訪れたのは、通夜の日。

初七日の時、盗撮に近い形でスマホを起動し、彼女の笑顔を撮った。


その笑顔が、今、血の指で滲んでいく。


雨と血と光。

その三つだけが、まだ俺を世界に繋ぎ止めていた。


胸の奥で、小さく、途切れ途切れに「ごめん」と呟いた。

少女に。

過去に。

自分自身に。


街灯の下で、301もまた苦悩していた。

命令と感情、忠誠と罪悪感、そのすべてが揺れていた。


二人の心理は交錯したまま、

雨は途切れることなく降り続ける。


視界は闇に溶け、過去と現在が混じり合う。

それは、永遠に刻まれる瞬間だった。


──第2話へ続く。

この度は読んで頂きありがとうございます。


作中で308が血塗れの指で、スマホの写真ホルダーから片想いの女の子の写真を見る描写は、

映画”ジョン・ウィック”の冒頭で愛する妻の動画を見るシーンのオマージュになります。


全7話で完結予定です。

この物語は、「復讐」を描くものではありません。

止まった時間と共に生き続ける人間の記録です。


308の刃は心臓そのものであり、雨のように止まらない時間の象徴です。

301の葛藤は、命令と感情のせめぎ合いとして章を追うごとに深まり、結末への伏線となります。


失われたものは戻りません。

だが、その存在は、確かに二人の中で今も息づいています。


次回の更新は、明日22:00の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ