第五十八話
「あなたは騙されてる」
空へと連行されているなかに、セディアはフツルギドウシへと語る。大きな翼が静かに振られ、着々と目的地へと近づいているのが分かった。
「私達は決して謀反なんて企てたりはしない。ましてや、民衆ーーそれも創人のみを利用するなんて、私達に何の利があるっていうの」
「事実があるのなら沿うまでだ。お前達は民を扇動し企図した。事実は覆らん」
「表に出た事実だけを拾って、全てを分かった気になっているの?裏で起こったことを知らずして、力にかまけないで」
「生意気な娘だ。ゴッドラメアとしての矜持が足りないな」
「...だらけきった父親が、あなたの主人に忠誠を誓ったのが間違いだった。彼は私達を操って、ハレラの町を反政府の町にした。奴隷や差別の悪政で、絶好の機会だったのね。娘の私に薬を渡させて、彼等の推進力を量った」
「ほう?」
「秤が壊れてるあなたには、それは激剤だった。あなたは九年かけて三千万人の民を殺し回ることになるーーたった一人で」
「そうだな」
「可笑しいと思わない?私の父親ーートレル・ゴッドラメアには確かに能力はあった。けれど権威も財力もからっきし。危険な思想を持っていたのだから当然だけど、その科学者としての才能を買った黒幕は誰だと思う?」
「誰だ?」
「...」
「お前は何を言っているんだ?私には理解出来なんだ。あまり喚いているな。お前は我が主と子を成さねばならん。近親は後の将来に響くからな」
「...ロジバルトはそんなことなさそうだけど」
「あれは別だ。創人というのは元から無人とは違う造りなのだ」
聞く気も話す気もない。フツルギドウシはセディアの意思などどうでもよく、ゴッドラメアという一族を永らえさせることに心酔しているのだ。
為す術なく、セディアは天界へと到達する。ドームの内側から天井へと近づいていくと、セディアは目を見張る。
「ゴッドラメアが造りし科学産物。一種類の生物が天下を極めれば、世界の果てさえ突破する。そう思わないか?」
「科学...?」
「さあセディアよ。素晴らしき未来へと一歩踏み出そう」
天井の床は不思議な力によって開き、空洞を広げてみせた。セディアは誘われ、機械と呼ばれる装置を、初めて潜るのだった。
◯
ナキの世界は、この仮面によって一変したと言ってもいい。アイザがくれた獅子の仮面が、ナキをここまで連れて来てくれたのだ。
「身体は大丈夫なのか」
「何ともない...なあハロドラ、これ本当に治ってるのか。俺、手脚切られてたんだよな」
「見た時はなんとも凄惨だったがな」
「...センプウ、ありがーー」
太蛇に押し潰されたゼラニムの鋭い眼が、ナキの言葉を抑制する。それだけセンプウが嫌いなのだろうか。呆れたように、ガランは肩を竦めた。
「兎に角、これで生存者は揃ったね。大蛇、こっちへ」
太蛇はガランの元へと戻っていくと、ゼラニムの息は吹き返す。余程強く絞められたのか、顔面蒼白に泡を吹いている。
「君が目覚めちゃったから話が拗れたんだ。ゼラニムさん、何だっけ」
「げほっ...俺の話が聞きたいんなら、少しは加減しろ」
「君...」
ガランの君呼びに心を奪われたナキを置いていき、ゼラニムは不機嫌に周囲を見回した。キノとイトは寝ているが、センプウ以外の皆は息を潜めてゼラニムへと視線を集める。
「お前ら、無駄な足掻きだってことだ。どれだけしぶとく生き残っても、抵抗するには敵が強大すぎる。まず、上だ」
鋭利な爪を真上へと向ければ、ナキは直ぐに理解した。
セディアを攫い、異形の姿でナキ達の前へと現れた男。フツルギドウシの居所は、天井に浮かんでいる物体だとしか考えられなかった。
戦っている時は気付かなかったが、上を見れば、小さな円状の謎の物体が、ぽつんと大空に浮かんでいるのが分かる。あそこに、紫色の翼人がいるのだ。
「そして、ロジバルト」
ゼラニムは東を指して警告する。
「森の奴等が慌ててる。ちょうどロジバルトのある方面から、巨大な建造物が動いてるってな」
「建造物..?」
「十中八九お前の国だ。逃げろっつってんのに、森の奴等が気効かせやがったんだ」
測ったように、木立の影からインコがやって来る。ゼラニムの方に捕まり、可愛らしく首を動かす。
「ケンゾウブツ!ウゴイテル!アカイカミ!ノッテタ!」
人間の言葉を喋るインコに、周囲は驚きを禁じ得ない。況してやインコの情報は、聞き捨てならない事態だった。
「逃げろっつってんのに、情報寄越してくんだよ」
耳をすませば、至る所で獣の気配を感じる。彼等の忠誠心はゼラニムへと注がれており、初めて森の監視人というのが納得出来るようになった。
彼等が、赤い髪を持った人間のいる、動く建造物を見たのだ。
「それ、確実なの?ちょっと信じられない」
「んだこらガキ。その顔見せてから言いやがれ」
「分かった」
あまりにもあっさりと、ガランは巻いたマフラーを取ってしまった。制帽のような帽子も取って、彼の顔相が顕になる。これにはナキもルフリアもキョウも驚いた。方舟では見ることの無かったガランの顔が、ゼラニムのたったの一言で剥がれてしまったからだ。
凛々しい少年の顔相に、ゼラニムは何の感慨も湧かなかったようで。
「態度がムカつくんだよ。分かんねえのか」
「態度?」
「まあ信じなくたって良いさ。どうせ分かることだ」
ゼラニムは黙り込んでしまった。ガランは納得した様子で質疑を止めてしまい、そこには沈黙が流れ込んでいた。重々しく口を開くのはハクビだ。
「ロジバルトは、後どのくらいで里に到達するのでしょう」
「一日で来るだろうさ。それまでにお前ら、覚悟しとけ」
「何をよ」
「死の覚悟だ」
馬鹿にするでも歯牙にかけるでもなく、当然のことというようにゼラニムは言ってのける。ゼラニムは立ち上がり、背を向ける。
「まあ精々足掻けばいい。俺は協力しねえからな。てめえら勝手に生きてろ」
◯
そして、ナキ、ルフリア、キョウ、ネリア、イト、キノ、センプウの七人が残る。ハクビとベーレは一人になりたいと散会して、ハロドラやガランは辺りを捜索し、打開策を練ろうとしている。
「ナキ君、身体は大丈夫?」
これまで黙っていたキョウは、三角座りで心配する。うまく反応出来ないでいると、キョウは自虐するようにはにかんだ。
「死んじゃうかと思ったよ。凄いね、あんなの倒しちゃうなんて」
「...俺、どうなってた?」
「ライオンみたいになってたって。僕は見てないから分からないんだけど」
目線でルフリアに促すと、銀髪の少女は目を瞑っていた。眠いのだろう。
「人型の獅子って、あんな感じなんだと思った」
「なんだ、その感想は」
「ああ、見てみたかったな」
イトもキノも目を覚まし、その場の空気が少し和む。これだけの死戦を潜り抜けて死なずに済んだのは奇跡だ。センプウがいなければ、現状は最悪に近かったに違いない。
「センプウ、ありがとう」
やはり、言っておかなければならないと思った。センプウは感情のない声で受けると、今度は子供のような顔つきで、ばっと顔を近づける。
「ところでさぁ、君のあれ、創剥だよね」
「え?」
「確実だとは思うんだけど、いかんせん納得いかない事があるんだよ」
生まれたての子鹿のようなピュアな瞳をナキに向ければ、センプウは止まらない。会話なぞしようと思っていないのだ。しかし彼の言う言葉には、大方誰もが求めている内容なのが凄いところである。
「君、なんで元通りになってるの?里長の話にしか聞いたことはないけど、創人ってやつは創造を剥き出しにすれば死んでしまうんじゃないのかい?」
ナキの中で当たり前でありつつあった答えは、ここで初めて表題へと提出された。ナキはあの時感じた感覚を、初めて口にする。
「確かに、創造を剥き出しにすれば、自我が崩壊するっていうのは本当なんだと思う。でもそれは逆に言うと、自我さえ保てれば良いんだ」
「まあ、そりゃそうだ」
「ジェメド...ああ、俺達は里に来る前、創剥しても七年間生きた女の子と会ったんだが、ジェメドもーー違いはあれど、俺と同じなんだと思う。つまり、記憶さえしていればいいんだ」
「記憶ねぇ」
「ジェメドの場合は、元々記憶力が頭一つ抜けてた部分もあった。そうだろキノ」
「あ、ああ」
「そんなジェメドには、創造の才能もあったんだ。創剥をしてしまう程の才能に、ずば抜けた記憶はついて来た。だから、ジェメドはあんなに生きていられたんだと思うんだ」
ジェメドは、町長ガランに己を創りかえてしまっても、記憶だけは微かに繋いでいたのではないか。全て憶測だけれど、言いようのない確信に囚われているナキは、つい口走ってしまう。
「俺の場合はあの時、過去を見たんだ」
静聴の空気に、疑問が混在する。けれど、誰も突拍子もないことを言ったとは思えないのだった。この少年は確かに、あの絶望を退けてしまったのだから。
ナキは話せるだけを話した。巧みな弁舌など出来ようはずもなく、所々噛みながらも、けれど現実味の、リアリティのある話に、周囲は興味深く拝聴する。
話終わる時には、頬は上気し、希望を描き、汗までかいた者までいるようだった。
「俺はレッドレットの感覚に助けられたんだ。だからあんなことが出来た、んだと思う」
「つつつまり、ナキくんはもう最強ってこと?!」
興奮に上塗りされるキョウは、既に状況など忘れ去っている。ネリアの容姿を話した時から、キョウは既に信じきっているのだ。
「なぁナキ、お前もしかして、今も出来るの..?」
恐る恐るの質問に、ナキは腕を掲げてみる。キノは唾を飲み込んでじっと待っていたが、予想通りというか、あの時のような創造は成されない。
「当然のことだな。あれだけの力、臆面もなく出せるなど考えない方がいい」
「まあそうだよなぁ。...しっかしお前、中々大変だな」
「大変?」
「大変だろ。知らない奴の記憶があるなんて考えらんねえよ」
「あれ?それなら僕もそうだよ?」
「ハクビとベーレならともかく、お前は例外だ」
確かに、考えてみればぞっとする。自分であると思っていた行動は、レッドレットの面影を追っていたのかもしれないのだ。これまでの会話も、態度も、彼の幻影に取り憑かれてしまっているということである。
気付いたとて、変わるものではない。ナキは然程嫌と思っていない。幼い頃から持った別の意思は、自分のことのようにしか思えないからだ。
センプウの剽軽な発言にキノが一つ一つ応答している中、一人だけ、問答を一つも聞いていない者がいるのが分かった。銀髪の少女は思案げに地面を見ている。不審に思ったナキが声をかけようとすると、一足先にキョウが速かった。
「ルフリアさん、どうしたの?」
「...」
「聞いてんぞ」
「あ、すみません」
よっぽど熟考していたのか、ルフリアはこほんと一つ咳をして、静かに言った。
「話に出てきたユアンさんって人が、どうにも怪しいと思って」




