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創造世界  作者: ナンパツ
第三章 龍人の里
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第五十六話


 「何が起きた?!」


 トリトンは事態が呑み込めない。突然の衝撃が、守護神ライギルドをぶっ飛ばしてしまったということを認めたくなかった。衝撃の主が、生体のように思えたからだ。

 ライギルドは既に、歪んだ視界を立て戻している。怒り狂った顔相は殴られてのことではない。殴った人影を目指し、ライギルドの牙が人影を目標とする。

 

 「っ?!」


 トリトンは見開いた眼を苦渋に歪ませる。ライギルドの牙は人影を完全に捉えたが、終わらせてはいなかった。

 完全に止められている。

 寧ろ、押されていた。

 悪魔の腕が、獅子のようになった悪魔が、守護神の力に打ち勝っている。


 「おまえは!」


 頭部を覆う仮面の特徴に、言葉に出さずにいられない。一月前見逃した悪魔が、暴神にも醜神にも屈せず生き延びていた。挙げ句の果てには、獅神に引導を渡しにまで来ている。明らかに獅子を模した創造は、トリトンの全身を逆撫でする。

 立て続けの屈辱に、乱れる心を懸命に抑えた。

 ライギルドは前脚を振り上げると、獅子の悪魔は尻尾を操る。鋭利な切先が、前脚を跳ね除けたのだ。

 攻防が大気を掻き乱す。眼に見えない極地の戦闘が、ルフリアやキノ、ガランや大蛇を吹き飛ばした。交わる鉤爪が肉薄を許さず、牽制しあう尻尾が戦いを長引かせている。

 トリトンは、自身の力量の限界を感じていた。五感を最大限に回しても、時が進むごとに攻防に入る余地を無くしていた。今や操り手は憎むべき悪魔を前にして、蛇足へと成り下がってしまったのだ。

 悪魔がいつの間に背後に回っている。トリトンの想像が邪魔をして、ライギルドは反応が出来ない。

 悪魔は手刀の形に鉤爪を振り下ろす。咄嗟に振り向くライギルドの右前脚は、ロジバルトの栄光も無惨に砕け散り、瞬時に切断された。

 尻尾で振り払うと、悪魔は跳躍しながら後退する。

 斯くも圧倒されようとは。トリトンは額に浮き出た汗を拭い、決心する。

 このままトリトンが中途半端に融合していれば、我等の敗北は火を見るよりも明らかだ。ならば出来ることはただ一つ。完全に融合し、この身が溶けるまで獅子に知恵を与えることである。

 しかしトリトンの思惑は、尚も生き残った別の悪魔によって阻止された。

 糸が、トリトンに肉薄する。

 

  ◯


 「あ、起きた?」


 この場に似つかわしくない陽気な声が、イトに降りかかる。瞼を開ければ見覚えのある龍人が、感情の無い瞳をイトに向けていた。

 

 「俺は」

 「あと数秒もすれば死んでたよね。僕が助けたんだよ?こーんな危険地帯に態々さぁ...あ、こういう時って感謝するべきなんじゃない?」

 「...」

 「それにしても、あいつら暴れすぎだよ。変態しかいない国が里を変態化させるって歴史は、後世に残したくないよね」


 センプウはぐちぐちと喚きながら、イトの身体を弄っている。ぐちゅぐちゅと身体の中を動くものに、イトは鳥肌が立つのを止められない。抵抗しようと試みるが、動作に合わせて鮮烈な痛みが襲い出した。


 「動かない。せっかくもう少しで終わるってのに。僕の虫達は有能だけど、僕の気分は無能なんだから」

 「...何を、している」

 「心臓を治してる。綺麗な一突きされちゃって、羨ましい限りだね」


 顔を身体へと向ければ、左胸にぽっかりと穴が開いており、そこに昆虫が数匹、もぞもぞと蠢いていた。イトはどうしようもなく慄く全身を抑える為、空中へ目を向けて全てを忘れようとした。センプウは愉快そうに笑いながら、現在の状況を要点だけ話して聞かせる。


 「つまり今、君の連れが変態化しちゃってるから、ハッピーエンドが来るかもしれないね」

 

 大木が揺れている。吹き抜ける強風は、巨大な獅子とナキが戦っている証拠なのだろう。未だ滑らかな血液は、センプウにより既に止められている。機能を喪失した心臓をも、彼は治してみせたのだった。

 

 「ん、何かする気?」


 上半身を起こして、無理矢理にでも立ち上がる。痛みが揺蕩い、どこまでもイトを苦しめる。

 

 「ついて来い」

 「嫌だよ。君、行く気でしょ。それに僕、もう一人患者がいるし。効力を確かめに行かないと」

 「患者?」

 

 心臓が動く度に唸る強烈な鈍痛を耐えながら、イトはセンプウを見やる。センプウは感情の無い瞳で、脈絡も無く言い放つ。


 「うん、死んだ奴なんか興味無いし」


 嘘を言っている気配はない。それだけ判断すると、イトは死闘へと歩き出した。ふらついた足取りではあるが、例え猪が突進したって崩れないだろう。

 イトの中でセンプウの技術、ではなく思術は、絶大な希望となっていた。虫を使った治療技術は鳥肌ものだが、効果は身をもって感じる。戦いが終わればこの上ない助けとなるに違いない。

 死んだ奴なんか興味無いし。

 という事は、生きていれば良いわけだ。生きているなら、センプウはどこからともなくやって来る。そして負傷した人間を片っ端から実験しにいくのだ。

 強風の中進みながら、漸く視界にそれらしき戦闘が入る。眼に見えない攻防が竜巻を創り出し、ちっぽけな人間は近づくことも許されない。

 大きく揺れる大木に身を寄せつつ観察していれば、ライギルドの胴体に跨る想起士を見つけた。ライギルドの操り手といえば、ガランの方舟に落ちる前に会った、剽軽な態度を示したあの糸目の想起士に違いない。

 イトにはこの時、助太刀だの援護だのという高尚な思いは無く、ただ熱に浮かされた憎悪により行動に移していた。

 創造した刀身によって左手首を切断する。痛みなど二の次に、左手首は力無く地面に落ちた。血液を浴びるが、切られた右手首と腕との間に、血によって煌めく細い細い糸が創り出されていた。

 縄鏢のように糸を回す。創造により糸は長くなり、やがて獅子の化体に届くまでになっていた。

 

 「....」


 いつまで待っていただろうか。あれからイトは息を潜め、糸目の想起士の隙を窺っていた。距離や軌跡、糸の質を頭の中で思い描いて、神経を過敏に殺気を飛ばす。

 ナキであろう獅子が、化体の背後に回る。ナキが化体の前脚を切り落とす時、イトは全力を込めて跳躍した。

 おさまる強風に端を発し、縄鏢のようになった糸と右手首が、限界点まで速く回転する。

 化体は止まっていた。その隙を見逃さず、イトは振り回した縄鏢擬きを、斜めに下ろすように投げ入れる。長く弾力のある糸が衝撃を伝導させ、鞭の要領で化体に跨る想起士へと向かっていく。

 イトの創造が想起士を捉え、糸目に沿うようにして、滑らかにスライスされた。

 目的は達成され、創造した糸を戻す。右手首は置きっぱなしになってしまったが、そんなことはどうでも良いことだ。ただ彼等に一矢報いれた事だけが、イトの胸に灯っていた。


  ◯


 ライギルドは雄叫びを上げ、猛進に攻め入った。ナキは猛攻を潜り抜け、胴体にひびを入れ、後ろ脚を切る。再生するところをまた切り落とし、噛み砕こうとするライギルドの裏を取り、尻尾を掴む。天空まで飛び、尻尾を地中へと叩きつける。遅れて胴体が軌道に乗ったところで手を離せば、ライギルドは地面を抉り直撃する。

 天地を引っくり返す勢いで、ナキの脚がライギルドの胴体へとダイブすると、隕石が落下したような爆発が起きる。

 風や土煙が収まると、ルフリアには綺麗に真っ二つにされてしまったライギルドと、その中心にいるナキが見えた。

 頭部部分のライギルドの方に、動きがあった。ぐつぐつと傷口から蠢く何かが、形を取ろうとしているかに思えた。

 そこに、人間が存在している。

 ナキはライギルドの中にいた人間を、間断ない動作で貫いてみせた。

 

 「終わった」


 戦いに終止符がついたことを、ルフリアは確信する。化体の中にいる本体である人間を殺せば、動力を失い、化体は消滅する。ロドスはそう言っていた。

 

 「...?」


 絶命した本体から中心に、繋がっている化体へと異変が波及する。それらは膨張し、今にも爆発しそうな具合になっていた。

 ルフリアは考える。化体を殺す方法はあるし、実際にロドスはその一歩手前まで来ていたという。

 ただ、本当に殺したのは、これが初めてなのではないか。化体は現在、初めて完全に息を引き取るのではないか。

 ルフリアの思考は、爆発するライギルドの生涯をもってして、掻き消されてしまう。

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