第五十三話
彼の実家は古本屋であるが、しかしそれと同時に大層な肩書きを待っていた。
アルスダッド王国軍統帥。
その末裔である。
無学のレッドレットが聞いても何が凄いのか分からないが、要は亡国貴族の血筋ということだ。今となっては何の価値もないその称号に、なんと現貴族のゴッドラメアが縋ってきたことは、流石のレッドレットも驚きを禁じ得ない。
何せゴッドラメアというのは、この国の最高権力であり、クーデターを目論む一派の仇敵であるからだ。
そのクーデターを目論むのが、このメドレー率いる専制解放同盟だというのだから、仕様がない。
今までは燻っているーーレッドレットが思うにーーだけだったのが、ここへ来て止めの一手を刺された気分だ。
「おぉ、やはりトレル様が」
「はい...彼が私をここへ」
秘密の地下広場に身を移した集団は、セディアとメドレーを中心に騒めき出した。彼等はメドレーが集めた専制解放同盟の要人達であり、セディアと会った三日後に、ここへ集まったのだ。
「トレル様はなんと...?」
「これを持って、ハレラの町にいるメドレーさんを頼りなさいと」
セディアは腰カバンを開き、五つの注射器をテーブルへ乗せた。注射器は全て液体が入っており、専制解放同盟の面々が一様に首を傾げた。
金髪の少女が、怯えたように口を開く。
「この二十年で秘密裏に創られました。よ、四つは、創人を化体にする能力。皆さんの創造力を抽出出来たからこそです」
少女の一言に、周囲の大人達は色めき出す。これで漸く反旗の準備が整った。
騒めきが一頻り起きた後、セディアの人差し指は、他の四つとは違う一つの注射器を指す。
「これは新しい薬です。創造力を凝固させることが出来ます」
「おぉ..創造力を」
「はい。これを打たれた者は、無創人や創人であれば体内に腫瘍が出来、死に至ります。化体であれば、球状に創造力が圧縮される計算です」
感銘を打たれたメドレー達は、トレル様とかいう恩人のことなど忘れ、子供のように聞き入っている。それを傍目に、レッドレットは眉を顰めた。
「つまり、この注射器をフツルギドウシへ投与すれば、クーデターは成功するであろう...と、トレル様は仰っていました」
◯
すっかりその気になっている。セディアの話に、専制解放同盟はやる気になっていた。遂にだ。
レッドレットは、もたれてくる胃を戻す気力も無かった。
「どうしたレット。食え食え」
「....」
「レットちゃん。食べて食べて〜」
悩みの種がネギを押し付けてくる。刺激の強い匂いがリビングに舞い散って、さらに具合が悪くなった。
上機嫌な父は、同じく上機嫌な母と共に、ネギというネギを食べ尽くしていた。狂気の沙汰の食癖に辟易しながら、同じく吐きそうになっている少女へと目を向ける。
「大丈夫ですか?」
「えぇ...問題ないです」
「セディアちゃんもどんどん食べてね〜」
母も勿論、クーデターに賛成している。ここ二十年で、その数は数百万に登る。カイルの人口は約二千万人であるから、中々の数が現政権に反旗を翻そうとしていることになる。これ以外にも不満を持つ民もいるから、政権に反対しているのはその数をゆうに越しているだろう。
明らかに食欲が無くなっている少女に、母はネギを押し付ける。この家族のネギの押しように、甚だやるせない思いだ。
「は、はい」
セディアは懸命に、ネギを頬張っている。その頑張りように親近感を覚えながらも、レッドレットはやはり密かに不安を募らせていた。
セディアが現れてからというもの、専制解放同盟の動きはより活発をきたしている。やれ誰が化体になるだ、誰が薬を持つだ。軍の編成を調整し、勝ったつもりで酒を飲む。思想の爆走が、混沌へと誘われているようだった。
とはいえ、レッドレットにも変化は訪れていた。両親にセディアのお世話を課された彼は、体面は仕方なく、少女の世話を焼いていた。見つかればただでは済まない彼女は、変に移動させるのも忍びないという理由で、メリアル家へと居候することになったのだ。レッドレットは学校へ通う傍ら、彼女のご飯や身の回りの世話などをする羽目になったという訳だ。
そんなことを数日やっていれば、自ずと距離は近くなってくる。
「あなたは、彼等のことをどう思われますか」
「...?」
追い詰められたように、セディアは吶々と呟いた。自分の言ったことに罪を感じたのか、不審がるレッドレットに、あからさまに狼狽した様子である。
「彼等っていうのは」
「す、すみません。忘れてください」
怯えて縮こまりだすセディアに、彼は意外に思う。てっきりこの少女も、両親と同じクチだと思ったから。
しかし、今の反応にはレッドレットと同じものを感じたのだ。
「もしかして、何か隠されてますか?」
「な、ななななんででしょうか」
いくらなんでもあからさま過ぎるだろう。レッドレットは呆れたが、その所以は自分と同じ、戦争嫌厭にあると思ったので、何も言わなかった。そんなことよりも、彼は漸く自分の意見と同じくする同志に出会えるかもしれない喜びを選んでしまったのだ。
「わ、私が聞きたいのは、彼等ーー専制解放同盟の、その...正義に関してです」
「正義、ですか」
「...あなたは、彼等とは異なる考えをお持ちのようでしたから」
「...だとしたら、どうなるのでしょうか」
「....」
「....」
暫しの沈黙。
「ぷ」
と、突然少女は噴き出した。面食らったレッドレットは暫くの間呆然としていたが、やがて馬鹿にされたのかと腹を立てる。それを待っていたかのように、少女は柔らかく言った。
「お互い、探り合いは下手ですね」
◯
「ロジバルトっていう国は、本当に見境のない民族だ。ロジバルトではないというだけで、そいつらにとっては人間ではない」
メドレーの語りから、途方もない呆れが放たれている。何故そんなことを聞くんだ。もう良いだろう。そんな空気を感じた。
「ロジバルトについての本って、図書館にいっぱいあるよな。どこにあったっけ」
そんなことを言えば、メドレーは顔を歪ませる。心底から嫌という嫌を叩きつけられるが、それでもレッドレット怯まない。
「たく、何に惹かれたんだか」
メドレーは髪をくしゃくしゃにして、溜息を吐いた。大雑把な父ではあるが、レッドレットがこうして頼んだら、なんやかんやと叶えてくれる。レッドレットはメドレーに見えないように、拳を握った。
両親の古本屋には、ロジバルトについての本は無いのだ。それは彼等の嫌煙によるもので、根底にある両親の愛情を頼りに、レッドレットは図書館へと赴いた。
セディアと話す内、ほとほと歴史に興味が湧いてきたレッドレットである。彼女の話す歴史とメドレー達が話す歴史とでは感覚が違うように思えたので、こうして本を開いている。手始めに、ロジバルトについて。
彼等は今も地上に住んでおり、今では大国を築いている。現状の関係は皆無であり、お互いに積極的な接触を見せない限り、関わることはない大国である。
「んぅ」
寡男のように唸ってから、やはり違うと確信する。メリアル家は、公認の歴史書を批判しているのだから。
赤髪赤目の野蛮な民族。彼等は創人であるが、我等とは彼我の存在だ。ロジバルトは地上を征服し我等と無人を追い出したが、現在では無人とは協力体制を強いているという。いずれにせよ、安易ならざる大敵である。
「んぅ」
またも唸り、一冊を読み終えてから、家へ帰ることにした。金髪の少女の話をもっと聞きたくなったからだ。
レッドレットはこの頃、享受された平和の足元に、不穏分子が追い縋るような気持ち悪さを感じていた。
根拠には、彼の住んでいるところにある。
ハレラの町というのは、別名専制解放同盟と言っても差し支えがないからである。市長も民も、クーデターの一派という訳だ。
どうにか止める手立てはないものか。腐心しながらも、既に諦めているレッドレットであった。
彼は、眠る度に増幅する不安を消すので精一杯だった。




