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創造世界  作者: ナンパツ
第三章 龍人の里
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第五十二話


 振り下ろされる真剣に、ナキは無様に逃げ出した。投身する程の思考を停止させた末、本能による逃走を開始する。信じたくないのだ。皆がナキのことを恨んでいるだなんて信じたくない。

 そうだ。ジキラはあんな風になっていても、他の皆はどうか分からない。皆なら、ナキを受け入れてくれるかもしれない。

 心が砕かれた今では、意思もなく逃げるしか無かった。

 なぜ逃げているのか。


 「逃げるか」


 ジキラはゆったりと歩いている。逃げる悪魔の行動を観察し、心底からの侮蔑を背中に送る。

 ナキはどこへ行くかも定めずに、ただ逃げて、己が生きる方法を探している。

 何故?

 ここで死ぬべきだし、死にたい筈だ。今更逃げたって、ナキの道は途絶えている。

 そうだ。死ぬべきだ。ナキは人を殺している。一人の人生を終わらせておいて、何を言い腐ればいい。殺した後にのうのうと希望を抱いて、何を。

 まさか、仲間の為だとでもいうのか。だとしたら実に綺麗なことだろう。けれど、壊れた心の果てに生まれた感情は、そんなものでは無かった。

 別の記憶。別の感情。ナキではない誰かの目的。

 その為だけに逃げている。


 「もういい」


 背後の足音が大きくなっていく。伴う殺気に呑まれそうだ。逃げるのが困難と判断すると、ナキは振り返り、我武者羅に突っ込んだ。ジキラは後方に飛ぶと、弓を引くような格好を取る。そこから正に弓が創造された。


 「終わりにする」


 引き絞られた弦が弾かれると、弦に付いていた長い刃が、勢いよく前へと押し出された。目に見えない速度で放たれた刃は一点、ナキの額を狙っている。両手を重ね、透壁を創る。それは反射であり、これまでに培われた産物であった。

 衝撃により、頭から飛び上がる。白目を剥いたままでは訳も分からずに、弧を描いて撃ち飛ばされた。

 地面に打ち付けられた衝撃でも、意識は消失したままである。情けなく倒れている悪魔に、ジキラはロジバルトの名誉を掲げ、剣を振り下ろす。


 「かはっ!」


 ようやく、ナキの意識は回復した。両足を斬られた痛みで、最悪な想いが再開する。血が溢れる毎に、死にたいとナキの全てが叫んでいた。

 死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい。

 仮面に亀裂が入る。それが終わりへの道導だと信じて、ナキの目線は亀裂へと注がれる。

 右腕が斬れた。

 亀裂は増える。

 左腕が斬れた。

 亀裂は拡がる。


 「ちっ」

 「.....」


 拡がる仮面の亀裂から、澄んだ空気が入り込む。眼に見える光景には、獅神ライギルドと、その前に佇む数人の人影だった。周りに暴神ジャミの部位や、大蛇の胴体が落ちている。しかしそれらは一回り小さくなっている気がした。気化しているように。

 鼻腔が空気を吸うと同時に、全細胞が蠢きだす。

 芒とした思考が、息を吹き返すのを感じる。それは大きく過去を遡り、やがて全ての始まりへと帰る。

 レッドレットという男の、記憶へと。


  ◯


 彼は古本屋の父と、同じく古本屋の母との間に出来た子だった。吝嗇家である父が、近くのライバル店である古本屋に行った折、無様にハートを撃ち抜かれたのが出逢いだ。経営そっちのけで迫る父に母も悪い気はしなかったようで、間も無くレッドレットが生まれた。彼は本が周りにある環境で生まれたが、一才手をつけない子供だった。字を読んでも何が楽しいのか分からないというやさぐれた理由で、幼年の子供は外に出て遊んでばかりいた。子供時代はただただ無邪気に遊んだもので、残酷な世界とは無縁に生きてきた。

 そして、15歳の節目を迎えた時、一人の少女に出逢うのだ。

 店番という名の昼寝をしていた時、か細い声が聞こえる。


 「あの...」

 「....」

 「すみません」

 「はっ。ああ、何か?」


 カウンターに佇む、フードを着た少女。顔は見えず、見るからに襤褸襤褸だ。怪しげに目を細めていると、フードを被った少女は声を出す。


 「メドレー・メリアルさんはいらっしゃいますか」

 「...」


 綺麗な声だったから、一時硬直する。彼女の澄んだ声音は、父親の名前を出していた。


 「あの..」

 「ああ、少々お待ちを」

 

 取り乱した勢いで、後ろ手の部屋へと入るレッドレット。意味もなくテーブルへとつくと、父は今外出中だということに気づく。柄じゃない慌て方に、レッドレットは髪を掻き回し、恭しくカウンターへと戻った。

 

 「あぁ、店長は今外出中でして...何か用事が?」

 「...そうですか」

 「...」

 「...あー」

 

 佇立する少女。同じくレッドレット。薄幸極まる少女に、どういった反応をすれば良いのか。言葉を探しながら右往左往していれば、少女の背後に大きな人影が現れた。

 

 「なぁにちちくりあっとんじゃボンクラ」

 「親父」 


 とても古本屋の店主とは思えない蛮族みたいな髭男が、眉を顰めてこちらを見下ろしている。レッドレットは救われた想いで、一もなく少女を紹介した。


 「あんたに用だってよ。たく、こちとらまだ学生なんだ。買い物くらい三十分で済ませやがれ」

 「なははは。ネギは大事だからな」


 メドレーの持った袋には、ぱんぱんのネギが詰まっている。いくら大好物と言ったって狂気の沙汰である。

 息子との会話は手短に、メドレーはフードの少女を不思議そうに観察した。


 「はてお嬢さん。俺に何か用ですかい?」

 「...メドレーさん、ですか」

 「ええ。その通りですが、そちらさんは?」

 「売りもんが腐るだろ。俺は寝る」

 「おお、悪いな」

 

 ネギ袋を奪い取り、裏の家へと足を運ぶ。今は客なんかいないから、いくら話したって文句はないだろう。氷室へネギを放り込み、私室へと赴く。寝具に座って一息吐くと、フードの少女が蘇る。身を隠すような服だが、まさか貴族の出身か?あんなに綺麗な声なのだから、高貴な身分だと言われれば納得だ。

 もしかすると、反乱に関係のあることかもしれない。

 良からぬ不安を感じれば、すぐに答えは返ってきた。

 

 「レット!レット!!」

 

 扉が大男の全力に開けられる。耳を劈く叫びの底には、喜びを含んだメドレーがいた。


 「おいお前!この嬢ちゃんと一緒にいろ!待ってろよ!」

 「は?!」

 「良いか!絶対に保護だぞ!店番なんて糞食らえだ!」

 

 興奮したメドレーは、猪みたいにどこかへ飛んでいく。台風の我儘に、二人の若人は沈黙を余儀なくされた。

 

 「はぁ?」

 

 状況が理解出来ないレッドレットに、残された異邦人は漸く口を開く。


 「突然押しかけて申し訳ありません。しばらくお世話になります」

 「...はぁ」


 礼儀正しくお辞儀する少女は、ゆっくりとフードに手をかけた。そこから覗かれた金髪が、はらりと空中に靡いた。この世の財宝を凝縮したような瞳が、レッドレットへと下賜される。


 「セディア・ゴッドラメアと申します。貴方の名前は?」

 「はぁ?!」


 この時レッドレットには、自分自身の数奇な運命を予測出来る筈も無い。目の前にいるのが権力中枢の権化だとしても、彼には反抗する気など無かったのだから。

 無気力な彼には、クーデターを目論む反政府になんて、毛程の興味も無い。

 ただ、何不自由ない生活を出来れば良かったのだ。

 気付けば、セディアと名乗る少女は興味津々に、こちらを見ている。詳しくは、レッドレットの頭部をだ。彼の頭上を覆うように、一匹の犬が尻尾を振っていた。


 「犬、飼ってるーーんですよ。リリーって言います」

 「ゴルァァ!!」

 「キレてるんじゃないですよ?」

 

 リリーはレッドレットを踏み台に、セディアへと跳躍する。彼女の腕にすっぽりと嵌ったリリーは、無表情にセディアの頬を舐め出した。

 

 「あ、ちょっ」

 「あはっ」


 貴族に失礼だと冷や汗を掻いたが、当の本人は嬉しそうにリリーを抱いていた。束の間に安心すると、セディアはレッドレットへと視線をやる。

 彼は先の質問を思い出し、何だか締まらない思いで言った。


 「...レッドレット・メリアルです。こんな古びた所で良ければ、歓迎します」


 あらぬかたを見遣りながら、レッドレットは妙なことになったと憂う。こんな日には面倒なことが起こるのだ。そんなことを考えながら、レッドレット・メリアルとセディア・ゴッドラメアは、邂逅したのだった。

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