第四十七話
透剣が、盾によって防がれた。想起士の創った騎士の大楯が、ナキの透剣を軽々と受ける。想起士は腕を振って弾き返すと、ナキは体勢を崩した。いつの間にか創られた手斧が、ナキの首筋を捉える。首筋に透壁を創らなければ、首と胴体は離れ離れになっていたことだろう。
同時に、ネリアの大太刀も跳ね返される。ネリアは態勢を整えて、キョウによってジャミへと向かっていく。
「悪魔がっ守護神の仮面をおおおぉ!!!」
絶叫を背景に、想起士は追撃する。手斧が当たる所へ、ナキは透壁をあてがう。そうして出来た隙は、大きな失敗へと繋がった。
大蛇が、既に近くまで落ちてきていたのだ。迎え撃とうとしたジャミの戦斧をするすると避けて、あっという間に、ジャミの三本の腕を締め付けてしまった。頭は首筋に巻きつき、三本の腕は施錠される。
「あぁくぅまぁぁぁ...!!」
ここでネリアの大太刀が叩き込めれば、ジャミの攻撃は皆無になる。そこをナキが突いて、想起士を殺せばーー
「っ...」
殺せば?
「危ない!」
大蛇の口から飛び出たキノが、ナキを襲う手斧を、腕に創った刃によって防ぐ。本当の鉄みたいな音が響いて、刃と手斧は拮抗する。キノに庇われながらも、ナキは呆然としていた。
「次から次へとぉ!!」
「よろしくなっ!」
足下が揺らぐ。鬩ぎ合う想起士とキノを眺めながら、ナキは考えていた。さっき、殺せばいいと考えていたことに、酷い喪失感を感じる。
想起士の手斧がキノを分断しようと画策する。キノの刃が片腕と両脚について、間を縫うように反撃する。どちらも競うように、相手の生命を断とうとしていた。
不規則に律動する心臓が、考えることを狭めてくる。踏み外した足元を認識するには、数秒の時間が必要だった。
「ナキ?!」
驚くキノの顔が、下へ下へと流れていく。やがて見えなくなった時、ネリアの大太刀を受ける二本の戦斧が視界に入った。隙間に大蛇がいて、今にも踊り出ようとするルフリアが見える。三本の腕が暴れて、口を開けられないのか。隙間からは一人しか出れない状況だった。
ばさ。と地上に背を打った時、置いてけぼりにされた感覚を味わった。心細く、情けなくなった。
ルフリアが想起士との戦闘へ加わった時、ジャミの二つの戦斧はネリアをまたもや吹っ飛ばす。流れるように、一つの戦斧が旋回した。旋回した戦斧は、大蛇へ向かっていく。大蛇は鋭い目をぎょろつかせ、迫り来る戦斧を寸前で避けた。
「行くぞルフリア!!」
ハロドラの叫び声が響いた。
大蛇は次の作戦を立てていた。攻撃を避けたのは、次の攻撃に移るまでに付けるべき勢いに過ぎなかったのだ。
「どわっ!」
ルフリアが戦場ーージャミの肩ーーから飛び退る。同時にキノの腕を引いて、強引にその場からいなくなった。二人の行動に虚をつかれた想起士は、しかし気付いた。王に仕えて四十年、その忠誠心から来る実力は、生半なものではない。
大蛇の開いた口腔の奥底に、三匹の悪魔が、獲物を狩る猛獣の如く待ち構えていた。瞬時に気付くレイスダスではあったが、戦斧をお見舞いするより先に、自分が殺されることを承知した。
レイスダスは、苦渋に顔を歪ませた。王に仕えている喜びも、御姿を拝見することも、御声を拝聴することも叶わない。目には涙が、鼻腔には鼻水が、口には涎が一瞬にして噴き出てくるのを止められない。感情の源泉を一挙に解放して、彼はようやく喜びを見つけた。悔しさの他に見つける。レイスダスは叫ぶ。
「ロジバルト、ばんざああああああい!!!」
大蛇の開いた口は、ジャミの肩にいる想起士を、噛みちぎったーーー。
かの、ように思えた。
「中に...」
一連の動きを呆然と眺めていたナキにはよく見えた。ジャミの振るう戦斧を起点とした大蛇の奇襲は、成功していた。最後の最後で、想起士が叫んだのだ。同時に、吸い込まれるようにジャミの中へ取り込まれていったのである。噴き出るはずの血液が皆無であり、奇襲は失敗した。
そして、好転したかに見えた現実は、最悪の状況となっていた。
◯
「化体に身を委ねたか。呆れるほどだな」
一笑に伏すフツルギドウシに、軽蔑の感情を禁じ得ない。幾度も死の可能性を感じながら、セディアは身動き一つ取れないのだ。
化体に完全に融けてしまえば、意識は数分のうちに亡くなってしまう。が、逆にいてば数分の間は意識を保てる。つまり、想起士を取り込んだ化体は今、明瞭な意識を持ってしまったのだった。
今しがた死率が最大限に上がっており、居ても立っても居られないというのに、この紫色の人工色塗れた産物からは逃れられない。セディアは顔を歪ませ、整った顔に皺を寄せた。
空中に止まっていた身体は、ふと、上昇する。
「何をしてるの」
「飽きた。帰るぞ」
怒りで昏倒しそうだった。その表情を、フツルギドウシは愉快に笑う。
「当主が待っているぞ。セディア」
創造出来たならば、こいつに一矢報いれるだろうか。思えば思うほど、情けなくなる。目一杯力を込めても、彼女のパワーでは、命を賭しても敵わない。
無人のセディアには、反抗の術は持っていなかった。
「血統は純粋であればあるほどいい。子を産むのだ。セディアよ」
屈辱に精神を破壊されそうになった。それでも耐えたのは、未だ戦っている彼女達がいるからだ。
かくしてセディア・ゴッドラメアは、天上にある故郷へと、望むべくもない帰国を果たしたーー否、故郷はもう無いのである。彼女の故郷は約一月前、ロジバルトに墜落している。では、何が待っているのか。
彼女を待っていたのは、巨大な巨大なドーム状の真ん中に位置する、小さな小さな箱庭だった。フツルギドウシはセディアの表情の変化が大層気に入ったらしく、驚嘆するセディアを、事細かに眺めていた。
◯
大蛇の奇襲が失敗に終わった後、事態は益々急転する。ジャミの肩に融合した想起士は既にいなくなり、空気に摩滅し消滅したと言われたら、間抜けにも信じてしまいそうだった。信じたいからだ。しかし現実は、ジャミの身体の中へと、想起士は取り込まれていった。それが何を意味するのかは分からないけれど、嫌な予感が発汗を余儀なくさせた。
予感は、ほどなくして的中した。ジャミの腕が、大蛇の頭部を掴んだのだ。これまでとは一線を画す動きに、大蛇は反応出来なかった。
握った頭部を、ジャミは振るう。鞭のように、膨大な力の蓄積を持って左上から右下へと振るわれる。
「こんなの...」
雷鳴の如く轟音が、その場に落ちた。世界が震えたような衝撃が、地上に当たってもいないのに降りかかる。
振るわれた大蛇は、ネリアの大太刀によって止められていた。力点はネリアを震撼し、足元には円形の窪みが形成されていく。ネリアの肩には、キョウがいる。果たして彼には、あの衝撃を耐えられるのだろうか。
「っ...」
ふと、身体が持ち上げられた。無機質な置物と化したナキを掬い上げたのは、ハロドラである。彼が来なければ、人一人分の幅を持つ戦斧が、ナキの全身をことごとく圧滅していた。
風圧により、二人は空中へ飛び出した。飛び散る石の破片や土塊が視界を阻み、ちっぽけな人間の身体を傷つけていく。
その間にも、大蛇はジャミの武器として、ネリアを標的にしていた。ジャミの持ち得なかった広範囲の攻撃が、大蛇を武器にすることで獲得してしまった。左からネリアへ、上からネリアへと、二本の腕によって為すがままに振るっている。
残りの三本の腕は、小物処理というところか。ナキの視界の一杯にて、今、戦斧が舞い降りていた。
何度窮地を脱すれば目的に辿り着けるのだろうと、傍観者気取りにも思った。
ナキとハロドラを助けたのは、人間ではない。
動物だった。
背中に瘤のある大山椒魚が、寸前で滑り込み、二人を背に乗せ戦斧から身を逃れたのだ。
そして、森が騒めき出したのに気がついた。
「よくやったパスカル!」
遠くに、ベーレの声が聞こえる。土煙で鮮明には確認できないが、何かに乗っていることは分かる。
「動物達が、来てくれた!」
助けが来たのにも関わらず、ベーレは喜んではいなかった。寧ろ逆で、苦々しい思いに駆られている。彼等は自主的に、ベーレやハクビを守る為、ジャミを倒す為に、勇気を持って助太刀に来てくれたのだった。




