第四十五話
ジャミは、生まれながらの異端児だった。思想統合は安全に為されていたものの、彼には抑えきれない性質があったのだ。それは、暴力である。天性の巨躯に加えられる病的興奮が、仲間を苦しめた。気に食わないことがあれば、手を使わずにはいられない。彼はいつもことの終わりに気付き、後悔して苛み、その末に繰り返す。
でも、仕方ないじゃないか。
大きな身体でも、ジャミは痩せていた。それを馬鹿にした最初の男は虫の息になるまで殴ったし、恐がった女は強姦して殺した。ジャミは馬鹿にされることも、怖がられることも嫌だった。
通常であれば殺されていたところだろう。ジャミが赦されていたのは、悪魔を沢山殺していること、仲間を殺すことは無かったこと、そして君主に対しては彼の性質が発露しなかったことにある。
「ジャミ。お前の能力を買って、一つ頼みたいことがある」
君主の呼び掛けに緊張して、ジャミは声を出せない。ジャミだけを呼ぶというのはこれまで無かった為に、小さい脳では感受しきれない。
しどろもどろのジャミを、君主は穏やかに微笑する。
「守護神にならないか」
「?」
言われたことを理解しているのに、ジャミは不遜にも聞き返してしまった。余りに信じられなかったからだ。君主は腹を立てた様子もなく、もう一度同じことを言った。
「喜んで!!」
ジャミはこうして、幸せの天頂を掴んだ。
◯
「あたったのだなっ、親父殿...!」
記憶の侵入によって鈍ったトウロウの身体は、ジャミの手のひらによって捉えられた。レイスダスの胴体を触れられもせず、彼は全身を圧縮させられていく。
不覚。
一瞬にも満たない、空を切るジャミの手のひらが、龍人を絞るように、殺した。
「....はっ、口程にも無い」
胸に手を当てながら、潰された悪魔の死骸を入念に観察する。害虫といえども、完璧に死んでいる。
「は、はははははははは!!」
レイスダスは確認してから、高らかに笑った。
「中々のものだったが、悪魔は悪魔。たとえ力をつけようと、ロジバルトの天明には逆らえーーー」
急激な安堵から、長広舌を披瀝しようとするレイスダスだったが、彼の視界がそれを許してくれなかった。
醜神バマラッタがいる筈の場所には、巨大な顔が見当たらなかったからである。代わりに人一人分程の球体が与えられ、一際目を見張ったのは、想騎士の姿だ。
レイスダスと同じく守護神操り手であるフタギが、二つに結んだ髪を無造作に垂らしながら、血をだらだらと流していたのだ。胸の辺りに剣が貫けられ、フタギの全身には力が入っていない。
剣を刺している悪魔がいる。周りの悪魔が、それを傍観していた。
レイスダスは、眥裂髪指切歯痛憤頭髪上指。考え得る全ての怒りを使って、目標を定めた。
◯
顔の化体が球体の塊になった時、薬を渡した本人であるセディアは、ほっと安堵した。
「あんな物を作っていたのか」
セディアを抱いているフツルギドウシは、薬の存在を知らなかった筈だ。だというのにこの落ち着きようは、あと二体の化体がいるからだろうか。不吉なものを感じながらも、セディアは汗が滴るのを止められない。これは文字通りの死戰で、敗北色色濃い死戰だ。誰が死ぬかも分からない状況で、平静でいられることは出来ない。
顔の化体と融合していた想騎士をルフリアが殺す時、セディアはほっと息を吐いた。同時に自嘲の陰が落ちる。年長である自分が何も出来ず拘禁され、少女に殺しをさせてしまっている。
「粘る粘る」
笑い声が響く。思いがけない玩具を得たように、フツルギドウシは機嫌良く肩を震わせていた。
◯
訳もわからず口内へ圧されていた時は流石に死を覚悟したが、舌の力が弱くなり、四人の力の方が押し始め、球体となったバマラッタを見た時は、救われた思いだった。食われた龍人の血液がかかりながらも、四人は無事である。しかし油断する気にもなれなかった。バマラッタが復活するかもしれない。封じ込めた喜びよりも、守護神としての恐怖の方が秤の結果だった。
「は?どういうこと?」
悪魔を視界に収めても、二つ結びの想騎士は混乱を止められなかった。むしろ増長していく一方で、喪失感を身体全体で表している。
「バマラッタぁ...?」
先刻、狂ったように笑いながらバマラッタに命令していた想騎士とは思えない。それ程彼女の柱が欠けたのだ。小さな子供みたいに掠れた声に向かって、ルフリアは走り出す。彼女は素早く銀の細剣を創造し、喪った悲しみを消化させるこもなく、無惨に想騎士を貫いた。ただ一点、心臓が抜かり無く突かれ、二つ結びの想騎士は、着実に目の光を失ってゆく。悪魔への敵意を忘れたまま、死に絶えていく。
どうかそのまま眠ってくれ。ナキはそう思った。
「ロジバルトロジバルトロジバルトロジバルトロジバルトオオオオォォォ!!!」
勢いよく物体が落ちた音がした。
この圧迫感は化体であり、案の定、そこには暴神ジャミがいた。ジャミは痩せこけた顔で、5つの斧を持っている。肩に乗っているのは操り手であろう。怒りで白目を剥いている。血管が浮き出ていて、信仰の対象を叫んでもいないと爆発してしまいそうだった。
ジャミは怒り心頭に発する想起士に共鳴して、猪突猛進する。戦斧が空を切り、衝撃波が重なっていく。竜巻のようになった衝撃波が、時が過ぎるたびに迫ってくる。今更逃げる時間などなく、誰かが犠牲になるしかない。
ナキは透壁を創造し、前へ出た。ベーレの驚嘆する声が聞こえる。
「ナキ?!」
「逃げろ!俺が時間を稼ぐ!」
我ながら冗談もいいところだ。こんな大言壮語、信じられる奴はいない。頼りなさ過ぎる背中に任せることなど、ルフリアは出来ないだろう。案の定、一瞬の逡巡も無く、銀髪の少女は隣に立った。ハクビとベーレも同じだ。
「私とベーレが止める!!」
「任せなさーーー?!」
ベーレが一歩を踏み出した時、横から巨体が割り込んだ。紅の鎧が、長太刀を持っている。ネリアだ。紅の化体は、迫る戦斧を立ちはだかってくれた。
「やっぱり無理ぃ!!」
情けない大声が、甲高く響く。すると同時に、紅の騎士は頭を抱え、こちらに振り向いて勢いよくしゃがんだ。
あまりの衝撃で、身体が硬直した。ネリアはがたがたと震え出し、大きな身体を縮こませている。その肩の上には、同じように頭を抱えたキョウがいた。足先が融合しているから、勇気を出して助けてくれたのだ。勇気はとっくに浪費されてしまったようだが。
「何やってんの?!後ろ見なさい後ろ!死ぬわよ!?死ぬわよ?!」
「もう駄目だ!嫌だ嫌だ!」
絶句した。今一秒も無駄に出来ない中で、キョウは自暴自棄に成り果ててしまった。ベーレが喝を入れるが、情けなく吐き捨てる言葉たちにたちに弾き返されてしまう。
「なんでこんなことになったんだ!僕は悪くないのに!ずっと姉さんと一緒にいれれば良かったんだ!皆僕の気持ちなんて分からない!能力のある人間にはわからない!僕の全てを馬鹿にして、分かった気分で!なんでだよおぉぉぉ!!」
絶叫と共に盛り上がる地面を見て、ナキはこの際脳を空っぽにしてしまおうかと思った。希望と絶望が反復横跳びして、どこをどうしていいのか全く分からない。
盛り上がった地面が、限界まで膨らむ。突き破る主は、大きな大きな蛇である。ジャミより速く、大蛇はナキ達へ辿り着く。開けた口はどこまでも開きそうだ。
ナキは脱力する。何せ二回目である。大蛇は勢いよく、ネリアを飲み込む。地続きに、ナキ達をも飲み込んだ。




