第四十三話
「きゃああああ!!!」
「助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてええええぇ!!!」
「おかあさああああーーーーー!!!」
醜神バマラッタによって、龍人達が駆逐されていく。老若男女問わず、髪束が龍人の喉を、胸を、頭を貫いている。絶命した龍人達は、土煙の中に血煙を絡めて、運悪く死を逃れている者の恐怖を増長させていた。
「良いよバマラッタ!もっともっと殺しちゃえ!」
少女の声が、醜神バマラッタから聞こえてくる。とても楽しそうな操り手は、醜神バマラッタのつむじに陣取っていた。快楽殺人に耽る少女のような想起士は、とめどなく醜神バマラッタへ命令している。頭髪が鞭のようにしなり、広範囲を八つ裂きにしていた。
地獄絵図だ。阿鼻叫喚の惨憺たる光景には、どんな豪傑英傑であっても茫洋と口を開けてしまうだろう。
風に押された血煙が鼻腔にくすぐるたび、これは現実なのだと実感するのだ。
「ベーレさん、まだ待って」
ナキとルフリアの胴体は、ベーレの尻尾によって巻きつかれていた。今力を謝れば、ベーレは二人を締め殺せるだろう。震えた尻尾が伝導して、ベーレの怒りが伝わってくる。そのお陰か、ナキの感情も活火山みたいになっていた。いつ憤慨するか分からない二人を、ルフリアの沈着たる声音が鎮めてくれる。
「あっはははははははぁ!!」
「もう我慢出来ないわ!」
「待って!あともう少し」
「もう少しってなにーーー」
尚も止めるルフリアに焦りを見せたベーレではあったが、しかしすぐに止められた。目の前の光景に動きが生じたからだ。
「ベーレさん、今です」
生じた動きにすかさず、ルフリアが指示を出す。
ベーレの尻尾が、少し力み出した。
「今です。投げてください!」
「行くわよ。せーーーーーーー」
ベーレの尻尾が旋回する。大きな力に守られて、ナキとルフリアは回転した。ベーレの足元を軸に、一回転、二回転、三回転と、益々速度を増していく。
目が回らないように意識して、ナキは創造の準備をする。
「の!!」
そして、何回転かの回転により、ナキとルフリアは弾き飛ばされた。流線に体を取らなくとも、凄まじい速度で投げ出される。創造していた透壁によって、視界は保たれた。
神速に近づく目の前には、縦横無尽に裂き回っていたバマラッタの髪の毛は止まっており、混ざり合った血と土と肉片の煙がゆらゆらと収まっていた。
血と土と肉片の煙の中から、バマラッタ程では無いが、巨大を視認出来るようになっていた。ナキは一つ息を吐いて、安堵する。
ネリアが蹲っていたのだ。バマラッタから守る為、蹲る体の中にキョウがいるのだろう。
「あ?」
迫り来る羽虫同様の敵に、バマラッタのつむじを陣取る想起士は、眉を顰め、不機嫌を隠そうともしない。少女のような風体から見えるそこはかとない老練さが、彼女の歩んできた人生を思わせる。
二つ結びの想起士は簡単に飛んでくる敵に気付き、バマラッタの一束の髪が向かってきた。
ナキはそれを見て、ただ目を瞑る。
「一心同体。創造物と一つになって。ひび割れればそこから創って。創って創って創りまくれ」
ルフリアの言葉に従って、更に意識を集中させる。自分は道具であり、命を繋ぐ為の防御策。
透明な壁は、めきめきと大きく、分厚くなっていく。神経で直撃したところを感知して、打たれ強く再生していく。守護神という絶対者の攻撃という意識は外れて、透壁だけに命を賭ける。
ルフリアはナキを盾のように、バマラッタの髪束へぶつける。ぶつけるのは最初の一擦り。それでも、馬鹿みたいな威力が透壁を抉る。ごりごりと透壁が削られていく。その度その度、創造するのだ。
創造しろ。
「なんだぁお前達ぃ!!!」
背中の重みが無くなったことで、ナキは一瞬で弾かれた。髪束から離れ、地に叩きつけられる。ルフリアが盾としてのナキを捨て去り、血を這うようにバマラッタへと向かっていく。
猛然と笑い叫ぶ想起士に、ルフリアは肉薄する。殺さんとする髪の毛達を紙一重に避けていく。
バマラッタの頭髪がルフリアを捉える前に、ルフリアの右手に握られた注射は、燦然と射された。
迅速に、簡単みたいに、ルフリアはやってのける。
「何をしてる!!!」
押し子が全て押されるまでには当然時間がかかる。その間隙を、操り手でもある想起士は見逃さない。怒りながらも、バマラッタの頭髪はルフリアへ向かっていく。
そこにベーレは、憤懣とやって来た。
「おっっっっもい!」
「あぁ?!」
ルフリアへ向かう髪束を尻尾で結ぶように掴むと、施錠されたように髪束は動力を失った。
「もう、無理っ」
それでも止まったのは一瞬で、バマラッタの力は一朝一夕では止められない。ベーレの尻尾は簡単に押されて、ベーレごとルフリアを殺そうと向かっていく。
そこへ助けが来なければ、ルフリアは死んでいたのだろう。
「ハクビ!」
「遅くなってすまない!」
ベーレが嬉しそうに叫ぶと、袴を着た龍人は、ルフリアを掠る髪の毛達を、掬うように方向転換させた。
時間稼ぎによって、押し子は最後まで押され、液体は注入された。
「おうおうおう!気骨あるじゃない!」
バマラッタに跨っている二つ結びの想起士は、余裕のある表情で、楽しそうに笑っている。融合した二つ結びの想起士は、さながら人馬のようにバマラッタを動かした。
バマラッタの頭髪が天に上がり出したのだ。二つ結びの想起士は大量の髪に姿を消し、髪の毛の柱の中に身を隠した。
天に上がった髪の毛達は、全方向へ散らばり出した。流星群みたいに落ちていく髪の毛達は、半球状に、広範囲に地面に刺さっていく。
「これは...」
「あっははははは!髪の牢屋よ!死に腐れやぁ!!」
情緒不安定な操り手が叫ぶ時、牢屋となった髪が蠢き出した。バマラッタから離れようと思えば、髪の牢屋に近付いてしまう。壊そうと思っても、どんな力を加えれば壊せるのか。めくるめく絶体絶命に、ナキは考える。焦りながら考えている間にも、髪の牢屋の一部が、中にいるナキ達に向かっていく。
「なんっとも...!」
圧倒的な攻撃は、外側からだけではなかった。中心にも、ではなく、中心にこそ、本命はいる。
醜神バマラッタは、ハクビを捕食せしめんとしていた。歯並びの悪い血に塗れた歯列が、ハクビの体を噛んでいた。ハクビの手のひらが上顎を、足裏が下顎を懸命に抑えている。
「ぐ、ぐ...!」
バマラッタの咬合力は圧倒的で、ハクビ一人の力では成り立たない。ごきごきと嫌な音が、袴の中から聞こえて来る。
間も無く噛みちぎられそうな全身は、しかして最悪にはならなかった。
ナキは足を動かして、阿呆みたいに見ていた自分を叱咤した。今にもバマラッタに噛みちぎられそうなハクビに向かって、阿呆みたいに跳んだ。能の無い犬宜しく、ハクビの傍、つまりバマラッタの歯列と歯列の間へ入り込んだ。
「ナキ...?!」
たった一日会ったたけだというのに、名前で呼んでくれることが嬉しかった。ハクビには邪気がなく、ナキも割りかし素直に謝罪を受け入れられたのだ。申し訳なく思うくらいに。どこかの里長とは違う。理由なんてそれくらいのもので、これでは本当に犬だった。
「ベーレさん、一緒に!」
「当たり前!」
ナキの馬鹿みたいな行動に、なんと、ルフリアは好奇を見出していた。一見自殺行為に見えるナキの行動に、活路が開かれた。
自殺行為といっても、バマラッタの周囲にいれば、それだけで自殺行為なのだ。力尽くで時間を稼ぐことが出来ないなら、安全な場所に避難するしかない。
要は、口の中だ。
「え?何してんの?」
呆けていたのは敵である想起士であり、二つ結びの想起士は、悪魔達の行動を推察しかけた。考え直したのが彼女の敗因であり、ロジバルトの怠慢だった。彼女は迅速に殺すことよりも、バマラッタを愛でることを選択した。
ナキはルフリアに、ハクビはベーレに押され、バマラッタの口内へと躍り出た。ハクビは当惑しているが、詳しく説明している暇はない。銀髪の少女は断固たる意志を持って、血腥い口内を響かせる。
「耐えてください!」
口内へ躍り出た彼等の絶対絶命は変わらない。牢屋の髪束から身を守れたとしても、九死に一生を得たとしても、バマラッタがいる限り死は連続的に舞い降りて来る。
「バマラッタ、美味しく食べるのよ」
命令に動いたのか想像に動いたのか、バマラッタは舌を使って、口内にいる悪魔達を潰しにかかる。
広大な舌の圧力によってナキ達の居場所が無くなっていく。四人の力を持ってしても、バマラッタの力には押し負けるのだ。
このままではーーー。
「?」
最初に異変を察知したのは、二つ結びの女想起士だった。彼女は愛おしそうにバマラッタを眺めていたのだが、挙動がいつもと違うことに気付いた。
知能の乏しい悪魔達を、にやにやと口の端を歪めながら舌で潰そうとしているバマラッタが愛おしいのはいいとしてだ。歪んだ口が、更に歪んでいる。変わることのない容姿が爛れていく。微細な変化は増長していき、やがて全身へと浸透していく。
「え、え!?バマラッタ?!」
バマラッタの愛すべき尊顔が、溶けていく。いや、溶けているのではない。柔らかくなっているのか。小さくなっているのか。
「な、なんで..?なんでなんでなんでなんで!!」
駄々を捏ねても時は過ぎていく。バマラッタの姿は既に影も形もなく、大きな球となっていた!直径一間はあろう球体は、礼儀正しく地上に置かれている。
その隣には、四人の悪魔が、忌々しくも生存していた。




