第四十二話
くだらない。
イトが終始抱いた感想はそれだけだ。この里全てが胡散臭い。まどろっこしい。意味不明だ。理解しようという気すら起きない。
あの老耄の話を聞いた後、特に苛々している。まるで身があるみたいに語る耄碌爺の昔話には付き合っていられない。
付き合ったのだが。
挙句にセディアに誘われたのだ。丘の上にいるキノ達に混ざらないかなどと、絶景が拝めるなどと、何を考えているのか分からない笑顔でイトを誘ってきた。
イトは、あいつらを仲間だと思ったことは一度もない。なあなあでここまで来てしまっただけであり、いっそこのまま一人で放浪しようと何度思っただろう。
それでもこれまで同行してきたのは、ルフリアの影響が強い。
彼女の出身に、イトは少なからずシンパシーを感じている。いや、シンパシーという言葉は不適格だ。イトは、実際にはルフリアと同じ境遇でも何でもない。ただ食べさせられただけなのだから。
「....」
思い出すと、本当に不快だ。気付けばイトは、蛟竜毒蛇に人生を生きている。
全て自分の所為だと思えたならばどれだけ幸せなのだろう。生憎イトは、そんな器の持ち主ではなかった。
一人になりたくて、里の奥地にまで来てしまうのも仕方がない。
仕方がない。
「?」
先程から、大きな音が聞こえてくる。悲惨な悲鳴や、怒号が響いてくる。
何か起きたか。
そう考えても、イトには気力が湧かなかった。この周囲には被害もないのだから、どこで何が起きようとイトには関係がない。
「こうやって...ん?もっとか」
「早くしてくれませんか?」
そして先程から、虚無的な空気に似合わない声が聞こえるのはどういうことだろうか。陽気に楽しそうな声が、呆れた声と話している。二人は奥の墓場から聞こえて来ていて、ここからだと見えない。聞こえてくる会話からして墓場荒らしのような気がしないでもない。
ないでもないでもなく、確実に墓場荒らしだ。気力の削がれたイトでも、こうも長くくっちゃべられると立ち上がりたくもなるもので、声のする墓場の方へと、足音を立てずに近づいてみる。
「よし!出来たぁ!これでこれで...」
「趣味が悪すぎる...」
「はあぁぁぁぁぁあ...最っ高っ!!」
どでかい大樹の根っこに背を預けて、そこから顔を少しだけ出してみる。墓場というには質素な盛り土が並んでいる。その前には文字の書かれた木板が立てられている。埋めた死体の名前だろう。龍人達はこうして死を弔っているということだ。
疎な木の影に隠れて見えにくいが、イトは墓場にいる者達を捉えた。背が妙に高く、妙に細い。骸骨みたいな骨ばった両手がしゃれこうべを挟んでいた。それをみた二人目の骸骨は明らかに引いている。
一人目の骸骨の輪郭を辿っていくと、しゃれこうべはしゃれこうべでは無かった。龍人の頭でも、人間の頭でも無かった。
それは、白の馬。天馬の頭が、骸骨ーー人間の頭を覆っている。
動揺が体に出た。足元の木の葉を踏んで、カサカサと必要に大きな音が出てしまった。
「いや、これ最高だ。兄ちゃんもやろう。脳がどぶどぶするぜ」
「やるわけないでしょう。本当に気持ち悪い。貴方が弟でなければ殺している」
「痩せ我慢はよかないぞ。無駄に良い子ちゃんだなぁ」
「あぁ趣味が悪い趣味が悪い...」
どうやら気付いていないらしい。弟の方は興奮で、兄の方がドン引きに脳を窶しているお陰でバレていない。
弟は、天馬の頭をくり抜いたのか。それを頭に被せ、極楽浄土を感じている。
墓場ーー天馬ーー。
あれは、誰の天馬だ?
「兄ちゃん。俺が死んだらこいつを形見にしてくれ」
「...何でですか?」
「だって勲章じゃねえか。こんな掘り出し物、そうそうねえぜ」
「馬鹿いわないでください。さっさと仕事に戻りましょう」
「でもよぉ、もうやること無いだろうよ。逃げた悪魔は粗方殺しただろ?後は匂いの分かる獅神様が上手くやってくれるって」
「三神が戦っているのに、私達だけここで棒立ちですかぼけかす」
「いやいや、行っても足枷になるだけだろ。特に醜神様なんかは、俺らが行っても確実に邪魔だね。獅神様だってどこ行ったか分かりゃしねえし」
「ならば悪魔を探すべきです。避難した悪魔だって全てを殺したと確定している訳じゃない。生きていると考える方が現実的です。獅神様だってお忙しい。ここで退屈する訳にはいかないでしょう。お前のように頑迷不霊な人間は怠けては使い所が無さすぎます」
「兄ちゃん。なんでそんなこと言うの」
「せめてその首をとってから悲しんでください」
「嫌だね。俺の愛馬が見つけたものは、全て俺のものだ」
「まあ良いです。行きますよ」
「うへー」
なんだ?
二人の会話内容からして、まさかこの里にロジバルトが襲撃してきたというのか。こんな夜更けに、こんなすぐに。
天馬の首に気を取られ、二人の人間しか見れていなかったか。生きている天馬二匹が、二人の側にいる。
想起士というやつか。
悪魔や悪物なんて馬鹿げた造語を使い、妄念に取り憑かれた想起士達は、鞍に乗って、飛んだ。
「はぁ。本当良い土産が出来た」
「認めたくないですが...実際、そうかもしれないですね」
弟は頻りに天馬の首死体を摩っている。兄はそれを見て嘆息はすれど、同じ考えのようだった。
イトは無意識に、全身に力が入っている。
「これ、逃げた悪魔の天馬だろ?まだ死んで数日ってところだから、やっぱここにいんのかなぁ」
「可能性は高いでしょうね。全く、こんな僻地にまで来て、しぶとい悪魔ですねーー」
兄は目を見張っただろう。
突然視界に悪魔が現れたのだから。ましてやその悪魔が、弟を襲おうとしているのだから。
悪魔が創造せしめた細い細い糸が、愛する弟の首元にかかった時、漸く動いた体を呪わずにはいられないだろう。
悪魔の糸は、弟の首を切断した。
あまりに呆気ないものだったから、理解する為には時間が必要だ。兄は目の前で起こったことを考えに考えた。いくらか新説を提唱しようにも、弟が殺されたことには変わりがない。
「なぁにぃやぁつぅぅぅぅぅ!!!」
されど想起士。弟を亡くした兄の間隙を突いた悪魔の糸を、振り払うように剣で払う。
ただ、悪魔の糸は振り払えるような代物では無かった。あっさりと刀身は切断されるけれど、悪魔の糸が寸分違わぬところまで来ても、兄は怯まない。
長い腕が、悪魔の顔面に到達する。それを受け流したように、悪魔は地上へ降り立った。
醜い顔が、こちらを見上げている。
「その首は捨てておけ」
「ころおおおおおおおす!!!」
悪魔の鳴き声など聞きたくもない。耳が汚れてしまう。すぐに殺さなければ。すぐに殺さなければ。
天馬から降りて、地上へ飛び降りた。
殺す。殺す。殺す。殺す。
殺す。殺す。
殺す。
イトは明確な殺意を感じながらも、想起士と対峙した。
◯
カドレアは、目の前の悪魔達を信じられなかった。
四匹の悪魔が突如カドレア達に立ちはだかった時は、視界の隅にも置いていなかった悪魔達は、なかなかどうして、執念深い。醜い鳴き声を発して、悪魔は暴神ジャミの猛攻を防いでいるのだから、本当に意味不明だ。
二匹の悪魔を殺しても、二人の想起士が死亡した。ロギンスさん、ベネフィットさん、二人共名を馳せた想起士であったのにも関わらず、二匹の悪魔と相殺するように死んでしまった。
「お前達、私達の言葉を解さないのか」
悪魔が何か喚いている。この一匹を殺せば、あとは殲滅完了だ。ナキを殺せないのは遺憾の極みだが、それでも醜神様を邪魔する訳にはいかない。
「カドレア、お前が生き残るとはな」
「...えぇ、俺だって驚きですよ。悪魔にこんなに強い個体がいるなんて」
「少数精鋭にした訳だな。お前は休んでろ、その怪我じゃ戦えねぇ」
ころころと笑って、既にたった一人となった上司であるキリーメイズが、正面の悪魔へ立ち向かった。創造された槌矛が、悪魔へ叩き込まれる。
舌を噛みちぎりそうなほどに己が恨めしい。覚醒したことで飛び級して想起士になったのに、肝心なところで役に立たないとは。
血が流れすぎていて、立てそうにない。悪魔を見ることで逆流する血が噴き出て、悪化の一途を辿る始末だ。
「あああぁぁくううぅぅまああぁぁぁぁ...!」
体中から血が噴き出ても、キリーメイズに止められても、カドレアは力を入れることを躊躇わない。
キリーメイズの槌矛が悪魔の頭に直撃した時は、その力はいくらか抜けられたけれど。同時にキリーメイズの胸元が、悪魔の腕によって貫かれている現実だって、受け入れられるものだったけれど。悪魔がまだ死んでいないことは、カドレアの死力を尽くさせるには十分だった。
震える手で大剣を創造し、噴き出る血を無視して飛びかかる。完全に隙を突かれた様子の悪魔は、カドレアの大剣を簡単に懐へと侵入させてしまった。力が出ないとは言っても、こうも直接に直撃すれば、悪魔の胴体くらいは簡単に切れる。
血飛沫を浴びながら、閉まりかけた瞼を締めなおした。まだ力尽きてはいけない。悪魔がまだ潜んでいるかもしれないのだ。別働隊に任せるといっても、生き残りはいるかもしれない。
そんなカドレアの心中も、目の前の戦闘には敵わない。垂れた血液が瞼にかかるのを気にもせず、カドレアは目を見張る。
一匹の悪魔が、暴神ジャミと渡り合っている。
五本の手で握った五本の分厚い斧を機械のように振り下ろす暴神ジャミを、一匹の悪魔はいなしている。
信じられなかった。守護神とは最強の存在であるのに、その最強の存在と拮抗して見せる醜き悪魔がいるなどとは、信じたくもない事実だ。
ドンドンドンドンドンドンドンドン。
土煙が舞いすぎて、何が何だか分かったものではない。斧を振り下ろしても振り下ろしても、悪魔は避けて、振り下ろしても、避けている。
拮抗ではない。卑劣に避けるだけの腰抜けだ。そう安堵した時には、カドレアは戦闘の渦中へと巻き込まれてしまっていた。
血が足りない。呆けていて、近づいていることすら気付かなかった。
風圧や土煙の中、カドレアの目の前にはどでかい斧が見えていた。
暴神ジャミの斧がカドレアを潰すまで、カドレアは斧ではなく、悪魔の方へ目を向けていた。
悪魔は悪魔でしかない。悪魔は醜く、醜悪で、醜怪で、醜.....。
ーー「悪魔は、人間だったんだ。俺たちは、間違ってーー
あの時、悪魔となったナキの言葉が蘇る。
今目の前にいる、角の生えた老人は、一体何だろう。
今までとは考えられないような純朴な疑問に、カドレアは可笑しくなったーーーー。




