第四話
「悪物は、空からも人間を襲いにやって来る。飛べない私達では、やられてしまうことも多いだろう」
トラル教官は、憤懣やるかたない様子で歯噛みする。その横には、羽の生えた、白い馬が一頭、そこに佇んでいた。白い毛並を、トラル教官が撫でている。トラル教官の話は聞いていたが、どうしてもその生き物に目を奪われてしまう。とても綺麗で、神秘的だ。周りにも、その生き物達が跋扈している。
「この天馬で、空を監視する。悪物を見つけ次第、戦闘に入る」
天馬には、胴体や足、頭に、鎧が着せられている。トラル教官はそれに乗ると、天馬は突然、ヒヒーーンと、甲高く鳴いてみせた。その姿は、とても幻想的で、どこか現実では無いような感覚を覚えた。
「まずは、こいつに乗れるところからだ」
と言って、ナキ達は周りを見る。ここは、牧場だ。兵舎から離れて、歩いて五分のところに、そこはある。と言うよりは、兵舎の隣にあるので、もう一部みたいなものなのかもしれない。
牧場には、透明の丸天井が、長閑な原っぱを覆っている。広大な原っぱは、これ以上ないくらいに大きく、その葉を、天馬達が食んでいる。疾駆していたり、飛んでいる天馬さえいる。
「こいつを操れなければ話にならない。死物狂いで懐柔しろ」
そうして、相棒探しの時間が始まった。この牧場には、役二百頭の天馬がいる。ここから、自分の天馬、相棒を探すのだ。
開始から十分が経った。ナキは、まったくといっていい程進捗がなかった。というか、気分が乗らない。他の皆は、各々天馬に恐る恐る近づいてみたり、見つめ合っていたり、更には撫でている者までいる。
「どうした」
横に、トラル教官が立っていた。観察するような目に、ナキは答える。
「悪物って、何なんでしょう」
それは、ナキのまごうことなき本音だった。
「...貴様、何を言った?」
「...はい?」
「貴様は今、何を言ったのかと聞いている」
突然、トラル教官の纏う空気が変わったような気がした。先程は、疑いようもなく迫力のある教官だった筈だ。だが今は、何かを恐れているような、そんな声音だった。
「いや...」
「悪物は、悪物だ」
「違います!悪物はこの世の害となる生物!そこに疑問の余地などありません!」
焦るナキに、トラル教官は一層渋面になる。それと同時に、一触即発のような空気も無くなっていた。
「くだらん事を言っているな」
トラル教官はやれやれと言ったように、他の候補生達の所に去っていった。
そうして、自分が今言った意味を考える。
今、俺はーー。
◯
天馬は、すやすやと寝息を立てていた。体を丸め、翼を折り畳んでいる。その寝姿をじーっと見つめていると、天馬の目が開く。少しした後、目が合った。
「なあ、相棒になってくれないか」
数秒見つめ合った後、天馬は何事も無かったかのように、目を瞑る。ここは牧場であるから、警戒心もへったくれも無い。
気持ちよさそうに眠る天馬を見ながら、溜め息を吐いた。どうにも気が乗らない。何故だろうかと考えるのだが、一向にまとまらないのだ。とにもかくにも、憂鬱だ。
「わはは、ちょっと、汚いよー!」
背後に振り返ると、近くでロックが天馬と戯れている。三頭の天馬は、好き勝手に舌で舐めたり、頬ずりしたりしている。
それを小難しい顔で見ながら、周りを観察する。例えば、同室の黒髪男、名はヨハネス。彼も何もない風な顔で、天馬を撫でさすっていた。他の同室の者も、各々和気藹々と、天馬と遊んでいたりする。そして、ジキラはこれすらも、誰よりも早く天馬を懐柔した。ジキラの天馬は一際大きくて、強そうだ。
そんなこんなで、めぼしいものも見つけられず、授業が終わった。意外にも、ナキのように収穫なしの候補生達は結構いた。というより、二人の候補生以外に、誰も天馬を従えなかったようだ。なんだか拍子抜けだが、他の生徒達はあからさまに焦っているようで、不安顔だった。
「この牧場へは、兵舎としては二度と立ち入らない」
生徒達の焦りが、一層強くなる。やばいやばいと呟いているのは、同室であるロジィだ。ナキも見つけていないと知って、先程から近くにいる。話しかけてくるでもないので、知らない顔でトラル教官の話に耳を傾けた。
「今日は見学のつもりだったのだがな。言ってみるものだ」
そうして、二人に顔を向けた。視線の先には、既に天馬の背に乗っている、ジキラの姿があった。そして、黒髪男の、ヨハネス・バリーダが、隣の天馬の頭を撫でている。天馬は気持ち良さそうに、ゴロゴロと鳴いている。
「ここで見つけられなくとも、天馬は今日、こちらで用意している。彼等のように、自分で見つけてきてもいいが」
◯
「創造は、扱いが難しいです。理性で抑制しなければ、感情次第で大きくも、脆くもなります。心が窮屈になれば、想像力も低下して、当然創造も拙くなる。ですから、心の休養は大切です。体調も心も万全にして、国の為。王の為に尽くしましょう」
この時間は、講義の時間だ。講師は、トラル教官ではなく、山高帽子を被った眼鏡の女性である。ミスト先生は、流し目に言った。
「だから私達は強い。ですが悪魔達も創造力を使います。拙いとはいえ攻撃性が高く、想起士に劣らないものもいます。その悪魔も今はいるかも分かりませんが、一応参考程度に。では、悪物のーー」
講義は続く。話を聞いて、一層外敵の醜悪さを目の当たりにした。気持ち悪くて、憎くて、どうしようもない程の殺意が生まれた。
「では、服を創りましょう」
ミスト先生は朗らかな声音で告げた。意味がわからないのは周りも同じようで、皆首を傾げている。慣れているのか、微笑ましそうににこやかだ。
「私の服は、私自身が創造して創りました」
ミスト先生は一回転してみせた。言葉の意味を反復し、この服を創ったのだと思っても、とても信じられない。ミスト先生の服は、紫色の魔女服に、緻密な薔薇の刺繍が入っている。
信じられない生徒達に応えるように、ミスト先生の丈の長い魔女服から、紫色の薔薇が飛び出した。
「これでいつでも鍛えられます」
ミスト先生は、艶やかに笑った。
「もちろん、何か緊急事態があったら、見習い用の外套を着てもらうけど」
創造は、体全てから出来る。腕でも、背中でも、腰だって。だから想起士は、流石に胸部や局部は隠すが、それ以外は何も着ない。外套一本だ。
「最初は今着てる服の上から、創造していきましょう」
その後も、創造訓練、乗馬訓練など、兵舎特有の授業が続いた。初めてのことで、どっと疲労が溜まる。ただ、気持ちは高揚していた。ミスト先生の話を聞いてから、目が覚めたような思いだ。乗馬訓練のことを思い出しながら、兵舎が終わったすぐに、ナキは牧場へ赴いた。
そして、長椅子に座って、じーっと天馬達を凝視する。
「今日から君の名前は、ギョムギョムだ!」
妙にふわふわした声がして顔を向けると、赤髪の少女然とした少年が、天馬を指差している。
「あ、ちょ、ちょちょ...」
天馬は命名を無視して、ロックの体に雪崩かかる。頬を舐めて、やがて複数の天馬に埋もれてしまった。
もごもごとした声が無くなっていくと、だんだん心配になってくる。かろうじて出ている腕を引っ張って、しゃにむに力を込める。天馬達がナキに顔を向けると、ロックの上体が起こされる。顔が根っこみたいに出てくると、ロックが顔を輝かせながらナキを見た。
「ナキ!」
「なんでここに」
「ナキについてきた」
会って間もないというのに、何故こんなに親しげなのだろうか。そんなことを思いつつ、不思議と嫌な気もしない。
「えへへ」
いちいち可愛く笑いつつ、天馬達から離れる。いくらかロックについてこようとしたが、なんとか振り払って、長椅子に座る。
「あんなに懐かれてるんだから、てっきりロックも見つけられたんだと思ってたけど」
本来ならあの見学で、ジキラやヨハネスの他に、ロックも相棒を見つけていてもおかしくなかった。
「なんだか選べなくって。この子を撫でたら、他の子が見つめてくるんだ」
「すごいな..」
「僕、ガラで動物と遊んでたから。牛とか羊とかね」
そう言って、天馬達の方に向く。その瞳は、どこか寂しげだ。
「人の友達って初めてだから、ナキのことをもっと知りたいんだ」
「...なんだそれ」
笑いながら、空を見つめる。ロックは、若者の少ない田舎のガラ村で育った。友達というのは、きっとナキ達以上に特別な思い入れがあるのだろう。面と向かってこういったことを言われるのは苦手な方だと思っていたが、ロックに言われるのは不思議と違和感がない。友達、なんて思うのは怖いけれど、なんとなく、今回は大丈夫な気がした。
「よっしロック。お前には、俺が相棒見つけるまで付き合って貰うからな」
それから、相棒探しの日々が始まった。撫でようとして、頭突きされそうになったり、話しかければとても鋭い目付きで睨まれた。ロックによれば、これは威嚇行為らしい。誰にでも分かる。
そんなことを聞いても、ナキの気持ちはちっとも変わらない。乗馬講義の天馬も、ナキの気持ちが分かったのか、全く上手くいっていない。もうこれで四日目だ。天馬は賢いので、もう顔を覚えられているようだった。今日は、背後から顔をぱくりと食べられた以外に何の進展もない。
「その顔なんなんだよ...」
ナキの顔を丸呑みした天馬は、とてもいい笑顔でこちらを見ている。上の歯茎が鮮明に見えて、控えめに言ってもとても怖い。天馬はその顔のまま、遠くへと去っていった。
「はぁ...」
長椅子に座り、空を見る。向いてない。そう思った。想起士になりたい。そう思って兵舎に入った。その気持ちは未だ燃え続けている。ジキラに勝って、他の生徒達に勝って、首席で卒業する。そう誓っている。なのに、何故なのだろう。乗馬講義も、天馬探しも、一向に熱が入らない。
「良い曲だし」
そんな時でも、ロックの提琴はとても良い音色で鳴いている。長閑な景色に合った、ゆったりした音だ。音楽のことは分からないが、中々上手いのではないか。そも、バイオリンという楽器を創造している時点で、とても凄いことだ。
天馬達は、耳を立てて聞き耳を立てながら、寝ていたり飛んでいたり、ロックの周りを歩いて、大人しく傾聴している。
「今の馬でも良いじゃねえか」
長椅子の背にもたれるようにして、カドレアが顔を出す。
「もちろん。それでも良いんだけど」
「お前だけだぞ。こんなんに悩んでんの」
何でもない顔で、傷つくことを言われる。カドレアは物怖じしない。物怖じしない故に、偶にガツンと言われてしまう。これはまだ軽い方だが、ロックに女みてえと言っていた時は、流石に肝が冷えた。ロックが優しかったから良いものの、睥睨物だと思う。
「天馬、難しいな」
「お前は難しくしてるんだよ」
こうも牧場に入り浸っていると、時偶に兵舎の生徒達が来る。大半はカドレアのように、天馬の扱いが上手くない生徒達が慣れる為に来ていたりするが、ロックの音色を聴く為に来ている生徒達も少なくない。長閑な牧場を見ながら聴く音色は、とても心地良い。
聴きながら、おそらく同じ天馬に目を向ける。四日間ここに居着いてみて、気になることが出来た。ことというか、気になる天馬だ。大半の天馬達がロックの周りを彷徨いているなか、遠くにいる天馬や、ロックに興味は無いのか、何もないように闊歩している天馬だってもちろんいる。その中に、一際ナキの目を引く天馬がいた。
ロックの音色にも一切気にもせず、ただあの木の下で、ずーっと眠っている天馬がいる。偶に目を開けて周囲を見て、フンというような息を吐いてから、また眠り続けたりする。ナキと目が合うと、数秒固まって、また眠る。その眠り様は、どこかユアンにも似ていて、親近感が湧いた。それから、ずっとあの天馬を観察していた。
「行けよ」
「え?」
「あの馬だろ?」
カドレアは顎で天馬を指した。それはナキが観察していた天馬で、カドレアはため息を吐く。
「お前、慎重すぎるよな」
「そんなこと」
「全ては王の為だろ?お前があの馬をどうしようと、王の為にならなければ何の意味もない。そうだろ?」
「...そうだな」
カドレアは年上だ。確か十五歳と聞いている。三歳上で、人生の先輩でもある。それでいて兄貴肌で、ガツンと空気の読めないことも言うが、意外と考えていて、人を見ていたりもする。
全ては王の為。そう念じて、当の天馬に迫る。ずんずん歩いて、眠っているところを見下ろした。しゃがんで、間近に観察してみる。耳は垂れていて、毛並みも他の天馬と比べると少し汚い。なのに眠る姿は凛々しくて、格好いい。
ふと、ロックの言葉を思い出す。
「お前の名前は、リリーだ」
◯
「いでっ?!」
「へへ!そんなんじゃ甘いぜロックちゃん」
ロジィの剣が、ロックの体を四方八方に叩いている。ロジイの剣がロックの右脇を捉えると、ロックの右脇に、鈸のような創造物が顔を出す。
バアアアアアアアアアン
「うぎっ?!」
ロジイが肩を上げて驚いて、そそくさと後方に退いた。胸に手を当てて、心臓があるのかどうかを確認している。
「今はそういうのじゃねえだろ?!」
「なんかむかつくからこれからもやる!」
「どこがむかつくってんだよ!」
「全部!ロジィの全部がむかつく!」
「なんだと?!」
温厚なロックを怒らせるとは、ロジィの喧しさは一級品だ。といってもロジィの喧しさはロックにだけ発動する。恐らくロジイは可愛いものを見た時に、攻撃したくなるたちのようだ。
二人が仲良く喧嘩している中、ナキは決死の様相で、ジキラの剣を受けていた。
右、左、右、上。太刀筋をどうにか読んで、ぎりぎりのところで透壁を創り防ぐ。得意なことでさえ、ジキラに足元を取られたくない。そんな思いで、剣筋に集中する。
悪物の攻撃で避けられない時に、致命傷を回避する為の訓練だ。防御の創造物を攻撃方向に出して、損傷を避ける。もちろん攻撃に特化していて、防御の創造が芳しくない人間もいる。この訓練は、どのくらいの防御力が自分にあるのか測る為の訓練でもあり、その上でどう戦うのかを構築する訓練でもある。
ナキの透壁は防御に特化しているので、この訓練は大の好物だ。
「うぇっ!」
ジキラの攻撃は本当に多彩で、速い。一防いだら三手先まで考えて創らなくては、創造が間に合わない。
ジキラの創造は、全てを同じ威力で放ってくる。剣や槍、斧や棍棒なんかの多種多様な武器を巧みに創り変え、巧みに繰り出していく。
「結構かかったな」
「..はっ、はぁ」
まだまだ体力のありそうなジキラに比べて、ナキの体力はもう瀕死だ。あんな怒涛の斬撃や打撃を食らえば、防御が得意と言っても限界がある。
悔しくて、吐き気がしそうだ。
「...休むか?」
「何を..馬鹿なこと言ってんだっ」
気遣いのような煽りを受けて、ナキは立ち上がる。明らかに疲労で限界のナキを見て、何が面白いか、ジキラは楽しそうに口端を上げた。




