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創造世界  作者: ナンパツ
第三章 龍人の里
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第三十七話

 

 「儂が何故こんな情けのない話をしたか」

 

 ぽつんと垂れる一雫のように声を発するロドス。嗄れた声には、一つの疲労もない。


 「これで全てお終いで、儂のぼやけた日々は終わったと思った。ずうっと家族と一緒にいられる。そう思えばこそ、約一千年が過ぎた」


 レッドレットが来たのだ。


 「儂の中では終わったことじゃった。今更フツルギドウシが、ゴッドラメアが生きているなんて情報を知りとうなかった。いや、生きているのは可笑しなことではない。あやつは行方不明じゃった。ただ、儂はもうあやつとゴッドラメアの存在を消してしまいたかった。挙句奴の話は聞くに耐えない、一千年前と同じような話じゃったからの」

 

 拒否反応だ。レッドレットはロドスから、問答無用とお払い箱にされた。

 ロドスの急変に、里の龍人は驚いたろう。初めて見る里長の激昂は、意味不明なことだった。のっぴきならない取り乱しように、事情を知ったトウロウとハクビが抑えた。

 翌日にはレッドレットは消えていて、ロドスは冷静になる。その時から、ロドスは考えていたそうだ。

 忘れていた葛藤を思い出した。


 「そもそも儂がここにいるのは、朽ちていく体を留まらせる為じゃ」

 「?どういうことですか」

 「儂のように注射を打った無創人は、生きているだけで思考の棄を体外に排出する。創人と違い、無人の血も流れておるからの」

 

 そう言って、ロドスは紙をかき上げる。彼の角はとても小さくて、鋭角ですらない。丸っこい二本の白い骨片が額に飾られている。

 

 「化体のように、儂らは不死身ではない。無人の血が注射した液体をじわじわと殺してしまうんじゃ。それをゴッドラメアは、思棄と呼んでいた。この思棄が、どうにも曲者でなーーこの思棄に当たった生物は多かれ少なかれ、生体に何かしらの変化が生じる」

 「それは...この大樹みたいにですか」

 「うむ。外や地中は分からんが、地上の生物は、全て思棄に当たっていると言っても過言ではないじゃろう。思棄に当たった生体は変化する。例えばこの大樹なら、儂ら龍人を癒してくれる」


 ロドスは愛おしそうに木の表面を撫でる。


 「思棄には、そういう力が宿っているんじゃ」

 「センプウさんがいただろう。あの人は、思棄を操ることが出来る」


 そこで、今まで押し黙っていたハクビが遂に口を開いた。長らく時間が経っているというのに、彼は毅然とした背筋で正座している。

 

 「樹蚊や療木、他にも、思棄を操り研究をしている。だから彼は思術師と呼ばれているんだ」

 「もう何が何だか...」


 キノはお手上げ状態だ。無知からここまで情報が錯綜すれば当たり前だ。


 「横になればいい。お前が知ろうと知るまいと変わるものでもないからな」

 「ここまで来たら聞くよ」


 イトの嫌味にも噛み付けない。キノはナキと同じく、懸命に整理しているのだ。

 ルフリアが続きを促す。


 「それで、留まらせる為というのは?」

 「三十年ほど前から、儂は動けなくなっとった。角もこのようになって、尻尾も小さく、鱗も柔く剥がれ落ちてしまう。立つこともままならなくなっておった。恐らく寿命じゃろう」


 じゃがと、ロドスは力強く訂正する。


 「この大樹の中に運び込まれ、数十日もすれば、立つことが出来るようになった。今では歩くことも出来る」

 

 大層吃驚しただろう。それはロドス自身も、里の民も同じだ。大樹は里の象徴で、同じくロドスもそうだった。だから里の民は、大樹を里長の墓にしたのだ。神身一体。大好きな里長を、一番大切な場所に埋めること。それが、全員の願いだった。

 ところがなんと、ロドスは快復したのだ。信じられないことに、立って歩いてもいる。


 「大樹に穴が開いていたのは、生物を癒す為じゃった。儂らの発する思棄が、儂を助けてくれた。以降、儂はここにいる。外へ出たら次こそ死んでしまうやもしれんからじゃ」


 だから大樹の中にいたのか。厳重な扉は、里長を大事に思うからこそだろうか。

 大樹には扉の付いた部屋が幾数もあるが、あれは療養室のようなものなのだろう。

 とにかく奇跡的に、ロドスは生き永らえたのだ。


 「死んでしまうやもしれんと思ったんじゃ。儂は、どうして生きたいと思ったのか。思ってしまったのか。長い間分からなかった。じゃが、レッドレット。あやつを追い出した後、明確に理解した。儂はーーー罰を欲しがっている」


 ナキは呆然と、辟易してしまった。目の前の老耄の傲慢さに、ほとほと目が覚める。

 ゴッドラメアの為に創人を大量殺戮し、その創人に絆され庇い、役一千年を経て、己の罪を懺悔したいと宣うこの龍人は、呆れる程に傲慢だ。

 

 「フツルギドウシがここを狙うのならそれは定めじゃ。儂を恨むのも当たり前、殺すこともーー当たり前じゃ。お主達の協力を拒むのは、それ故」 

 

 セディアも、キノもイトも、何も言えずにいる。かける言葉が見つからないとはこのことだ。

 ナキには、ロドスの感情が分からない。ロドスが語った過去はたくさんの事由を省いたものだろうし、それに至った経緯を理解出来ないのは当然といえば当然なのかもしれない。けれど、こんな無責任なことがあっていいのかと、ナキは一人の人間ながらに不快だった。

 訥々と、トウロウが後を継ぐ、


 「この話は、里の皆も全員了解している。レッドレット殿が去った折、親父殿が心境を吐露したその後に話したのだ」

 「おいおい、理解出来ないぞ。こんな話聞いて、まだこいつのこと大好きなのかよ」

 

 キノの言いように、トウロウは苦笑する。


 「勿論情けないと思う。初めて聞かされた時は、正直参ったものよ。大好きな親父殿の過去を聞くのは辛かった。それを経ての現在の感情には、初めは怒りさえ覚えたものだ」

 「じゃあなんでだよ!」

 「この現象が何なのか、未だに分からない。親父殿の話を聞いて、儂らは酷く共感したのだ」

 「共感?」

 「共感だって?」


 イトとキノが異口同音に眉を顰めた。


 「偶然というのにも当て難い。全ての龍人が、親父殿の話に共感した。であるから、儂らは一人も欠けずにこの森にいるのだ」

 

 トウロウの言い分は、ナキ達にとって意味不明なものだった。理解出来ない心境だ。ロドスの話に何の共感が得られるというのだろう。

 ロドスと妻の子供がトウロウでも、トウロウはアルスダッドの時代も、崩壊後の時代も経験していないのだ。

 全てあやふやだ。セディアさえ理解しているのかどうか。

 そんなナキの思考に蓋をするように、ロドスはやけに響く声で言った。

 

 「儂は、協力するつもりはない」


 そう締め括る。

 ロドスが自身の人生を語ったのは、そんなことを言うつもりだったのだ。そんなことだけを言うつもりで、老耄は過去を語ってくれたのだ。

 とても不器用だ。


 「思棄を最初に受けたのは、儂の馬じゃ」


 ロドスは尚も続けた。


 「創人を殺戮している時も、少年と初めて対峙した時も、相棒は儂のそばにいた。儂もガリュウも、お互いの絆は信用しておった」

 

 ロドスがフツルギドウシと居たという領地。その中には、馬もいた。ロドスは良く、馬に乗って遊んでいたのだ。そのうちの一頭は、外へ出る時にも一緒にいたのだそうだ。

 そうか。

ーー「そして実験は成功した。実験の際、儂は絵本に出てくる龍を想像したんじゃよ。母が読んでくれた絵本の中に、龍や天馬と共に街を襲う獣を倒す英雄の話があってな。儂はそれが大層お気に入りで、ゴッドラメアにも相応しいと思った。すると実験後には、こんな姿になってしまったという訳じゃ。まあ今では、ただの老耄同様じゃが」ーー


 「ガリュウはみるみる白くなっていった。翼が生え、段々と天馬のようになっていく。儂の思い描いた絵本の中の伝説が、現実に現れたんじゃ」

 「そんなに思い通りになるものなんですか」

 「そんなことはないさ。ガリュウにおいては、母の読む絵本を一緒に聞いていた。絵本の中の絵を一緒に見た。天馬を指差し、お前の子孫だなどと嘯いた」


 気付かぬ間に、ナキはロドスと目が合った。


 「ガリュウの子も、ガリュウと同じようになった。天馬は国の象徴となった。」

 「あなたとフツルギドウシの思棄は、大陸に蔓延したということですか」

 「そういうことじゃ」


 一千年経ち、動物は変化した。思棄によって、動物は奇抜に成り果てた。

 ナキは目を見開いた。

 ならば、悪物とはなんだ。悪魔の呪いとはなんだ。悪魔の呪いによって動物は悪物と化するというロジバルトの教えはとうに瓦解していた筈なのに、ナキは動揺してしまう。

 悪魔の呪いが嘘ならば、悪物だって嘘なのだ。そんなことも分からなかった自分の不甲斐なさに、拳を強く握りしめる。


 「アルスダッドを崩壊させている途中に、二匹の天馬がいたんじゃ。二匹とも、ガリュウの子だ。その子らが、お主の相棒の祖先、なのかもしれない。儂はその天馬をあやつに預けたんじゃ。その時は忘れたくて仕方なかった」

 

 ゴッドラメアの影を見たのか。


 「天馬のことは、ゼラニムにしか話していない。話すことでもないからじゃ」


 ハクビも目を見開いている。トウロウはいつも通りだ。予想はしていたのか。対照的に目を瞑っていた。

 ロドスは、ふいの話題でゼラニムに話したのだ。ゼラニムはそれを覚えていた。リリーを連れてくれば、ゼラニムは思うだろう。

 お爺ちゃんの相棒だ。

 

 「あの馬鹿孫は一度思ったらそうとしか思えない質でな。一丁前に気を遣いおった。爺ちゃんを悲しませたくなかった、そうじゃ」

 

 だからゼラニムは、あんな挑発をしたのか。ナキはまんまと引っかかってしまった訳だが、ゼラニムは迷っていたのだ。

 

 「例え死体でも見せるべきかどうか、ぎりぎりまで悩んで、最後の最後にお主達に迷惑をかけてしまった。済まなかった」


 ロドスは頭を下げたのだろう。ナキはその姿を見ることはなかった。ゼラニムの意図を理解した今では、怒りは湧く気にはならなかったからだ。そして、ロドスの謝罪を受け止めたくなかった。

 中途半端な儂を許してくれ。

 ロドスが謝っているのは、自分自身のことなのだ。

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