第三十六話
「カダを退いた儂はすぐにあったことを知らせた。生き残ったゴッドラメアは酷く憔悴していて、その時は戸惑ったもんじゃ。あのゴッドラメアが、とな」
カダにいた少年と化体は、どういう訳だかそこに居座り続けている。化体に動く気配は無く、少年の生活風景だけがカダに残った唯一の生命活動だった。
視察員によれば、少年はカダに残った食材を食べる以外は、墓をつくることだけに没頭していたらしい。
朝起きてから周囲の死骸を土に埋め、お情け程度の大きな石を上に置く。それを延々と繰り返す。取り憑かれたように繰り返す。ふと止まると思えば、思い出したように食料を探し、また墓をつくっている。
「儂はその行為の意味が分からなかった。全く創人というものは馬鹿なことをする。そう思う節、なんともよく分からない心境になっての」
化体が現れ、アルスダッドには創人の恐怖が再来した。ラッシュリィやメリードと同等の大虐殺は、国中に恐怖を震撼させる。
ただ、国民は不安こそあれ、自分が危機に陥るとは思っていなかっただろう。何せ、英雄がいるのだ。
英雄兄弟。ロドスとその弟、フツルギドウシ。彼等が居れば、アルスダッドが崩壊することはない。
「やっぱり、あなたは」
「お主の思っている通り、儂とあやつは関係があった。それも一番深いところじゃろう、兄弟なのだから」
ーー「なら知っている筈です。空で何が起こったか、ゴッドラメアや、フツルギドウシのことも」ーー
ゴッドラメアとフツルギドウシ。一千年前の災厄は、未だ途絶えていないのか。
いや、だから今こんな現場になっているのか。
英雄兄弟とアルスダッドの兵団は、王の命によりカダへ向かった。
フツルギドウシはゴッドラメアを崩壊させられたことに酷く心酔しており、兵達は久し振りの大仕事に心を猛らせていた。
ロドスだけが、恐怖と戦っていたのだ。
それは、化体に恐れ慄いたのもあるのだろう。あんな圧迫感はこれまでの人生で一つとしてない。今夜、確実に死人が大量に出る。
逃げ出す兵もいるかもしれない。ロドスのように、なりふり構わなくなるのかもしれない。
その時そいつは、ロドスのような感慨は抱くのだろうか。カダに着くまでに、当然結論は出なかった。
「そしてそのまま、化体の討伐が開始した」
ロドスたち討伐隊は、ーーー優勢だった。化体は脅威であるのは変わりなく、討伐隊は化体の攻撃が掠るたびに一人また一人と数を失っていく。
けれど、化体は消耗していく。それは、ロドスやフツルギドウシの力が強大すぎるからであった。
二人の兄弟に、袖の化体は摩耗していく。
ーー「レイラぁっ!!」ーー
「少年のつくった墓も、儂らによって破壊されていく。彼にとって唯一残った妹さえ、殺されようとしている。あやつの悲痛な顔を見て、儂は狂ってしまったんじゃろう」
化体は、無敵ではない。腕はちゃんと切り落とせるし、兄弟の力でもってすれば、体だって貫ける。
再生できるとしたって、その分力を使う。全身は小さくなるし、それを続けていれば、体中のどこかにある本体を見つけ出せる。
「化体の本体は少年の妹じゃ。胴体の中心に、いたいけな少女の顔が見えた。それがどうにも...心痛々しく思ってしまった」
ーー「貸せ!!」
「兄者?!」
ロドスは少年の持っていた桐箱を強引に奪った。蓋を開け、その中から一つの注射器を急ぎ取る。
「兄者!!何をしているんだ!!!」
見たことのない剣幕で、フツルギドウシは兄へ怒声を浴びせる。
ロドスは半ば反射で、その注射器を。
化体へ刺した。
「化体は再生した。あと一息で殺せたにも関わらず、儂が蘇らせた」
蘇る化体に、戦える気力なんて皆無に等しかった。フツルギドウシと少数の生き残りはカダから去り、ロドスはその場に残ってしまう。
ーー「...どういうつもり?」
「俺にも分からない。身体が勝手に動いていたんだ。...お前が、可哀想で」
「は?」
ロドスは目を伏せている。少年の顔色は分からず、かといって自身の気持ちにも皆目見当が付いていない。今し方戦場であったカダの土はぼろぼろで、死体みたいだ。
「お前、ほんと何なの?」
「....」
「....」
どうにも少年の顔を見ることが出来ない。後ろめたくて、罰が降りそうだったからだ。こんな気持ちは味わったことがない。最悪な気分だった。ーー
「あやつが何か言っていても、儂は自分のことばかり考えておった。切れ切れに怒りを受け止めながらも、自分の不安定さを積み取りたくて仕方がなかったんじゃ」
ーー「...何か言ってみろよ」
「...すまない」
「...」
「それしか、言えない」
そんなロドスを見兼ねたか、少年は離れていく。喋ることも意味がないと判断されたのだ。
これから一体どうしたものか。この期に及んで戻る訳にも行かない。戻ってしまえば、ロドスは確実に殺される。やがて、フツルギドウシと生き残りの兵士によって告発されることだろう。
これからどうすればいい。
剰え路頭に迷ったロドスに手を差し伸べてくれたのは、あろうことか少年だった。
「お前さ、一回会ってみた方がいいよ」
カダの町には、生き残りがいたのだ。崩壊したカダの町にかろうじて家屋の様相を呈していた一室にいた。
一人の赤児がいたのだ。
「僕とこの子だけ生きてた。他は死んでるよ」
「死んでる...か」
少年はぼろぼろの絹に包まった赤児をスルーして、奥の樽へと歩いていく。
「会った方がいいのはこっち」
少年は樽を開ける。赤児に気を取られていたロドスは、騒がしくなった樽に目を向けた。聞き馴染みのある声が、何やら喚いていた。
「親父殿...?」
「ンンン?!ンン!ンンンンッッ!!」
樽を除くと、そこには見知った顔があった。太い眉に、長い睫毛。目鼻立ちのと整った顔に、ダンディな髭が加えられている。紳士然とした男は、ロドスの父親だった。
「まだそんな気力あったんだ」
「これは...」
「ンンンンン!!!」
ロドスの顔が引き攣るのも無理はなかろう。何故なら樽の中にいる実父は、猿轡を噛まされ、裸一貫で樽の中に収まっているのだから。
実父は嬉しそうにロドスを見上げていた。ロドスは慌てて、樽から実父を持ち上げた。何日収まっていたのか、よく見れば実父は痩せこけ、小汚い。
急いで猿轡を外し、実父に問いかける。
「ぷはぁっ..!」
「親父殿!一体何が!?」
「ロドス....そいつをっ、そいつを殺せぇ」
「親父殿...?」
「今すぐそいつを殺すんだ!」ーー
「取り乱す親父殿に、儂は何が何だか分からなくなってしまった。幾許か冷静になった頃、儂は、親父殿に話を聞いた。少年の言う通りに、全てを聞いたんじゃ」
「見知っていたかのような語り方は、そのお父さんに聞いたからなんですね」
「そうじゃ。そして儂は親父殿をーー殺した」
「はぁ?!」
キノが怪訝に叫ぶが、ロドスは以前変わらない。
「どうしてそうなるんだよ!」
「分からない。ただ、親父殿から全てを聞いた後、衝動的な感情が渦巻いたんじゃ。理由といえば、それが理由じゃ」
「んな適当なっ....」
そこまで言って、キノは口を噤む。周囲の空気を読んだのだ。話を聞くことに切り替える。
ゴッドラメアを裏切り父を殺したロドスは、路頭に迷ったことになる。そんなロドスに、少年は提案をした。
ーー「こんな国、壊そうよ」ーー
「滅ぼしたんですか」
「儂は見ていただけじゃ」
少年の傍にいながら、ロドスは見ていただけだった。自身のしでかしてしまったこと、実父の語りから得た、ゴッドラメアの実態。あれだけ信奉していたものが簡単に崩れ落ちてしまった理由。
考えているうちに、ロドスは子供を産むことになる。
カダに生き残った、赤児との子だった。子供は三人。男の子が二人、女の子が一人だ。
なんと、彼は一丁前に恋をしていたのである。
「おいちょっと待て。温度差が凄いぞお前」
言いたいことを我慢した鬱憤が、早速爆発する。先程まで緊張の面持ちで聞いていたのが嘘みたいだ。キノはじと目にロドスを睨む。聞くのが疲れたのだろう。
「まあまあキノちゃん。もうすぐ終わるから」
セディアにも、ロドスに気を遣っている様子はない。ロドスは苦笑し、気にせずに続ける。
「子が出来てからは、儂に指針が出来た。生きる希望が突然降りかかってきたんじゃ」
「希望なぁ」
キノは面倒くさそうだ。
「家族が出来た儂に、あやつは何を思ったのやら」
ーー「あの山から奥がお前の領地だ」
「は?」
「あの山から奥がお前の領地だって言ったんだ」
少年の指さす先には、巨大に聳える山がある。かつて帝国バルザが神域として奉っていた御山だ。神山として名高く、バルザはこの山を神として祀っていたとされる。アルスダッドは逆に、この山を禁域として語り継いでいた。誰も立ち入らず、どこか物悲しい雰囲気を漂わせている。
「いきなり何を言っている」
「言っただろ。俺は国を創る。俺の血筋だけの国だ」
そう言って、少年だった老人は胸を張る。背後にレイラを、ライギルドを、ジャミを、バマラッタを、老人の血統を継ぐ子供達を背景に。
皆、赤髪赤目であった。
「彼等はどうする」
老人の言いたいことは分かっている。この大陸は老人達が支配するから、それ以外の人種血筋は邪魔だということだ。
当然、血の違うロドスは老人のお眼鏡に敵わない。ここに居残れば、老人はロドスを殺しにかかるだろう。彼の器は、既に王たりうる。それが分かっているから、ロドスは当然従おうと思った。
ただ、彼等はどうするか。彼等というのは、創人の生き残りだった。化体の噂を聞きつけて、英雄と謳った勇気ある創人達や、人間を殺している最中に拾った創人。生き残った創人達が、老人の元に集まっていた。
「時間が必要だと言われてな。やることにした」
「...そうか。当てはあるのか?」
「地中に潜ると言っていた。化体を使ってな」
「一本やるのか?」
「ああ。たとえ歯向かってきたとしても構わない」
一本やるとしても、老人には三体の化体がいる。更に一本の薬があるのだ。一体くらいどうってことないのだろう。それに、老人にも思うところはあるのか。
これが最後の情けだと、ロドスは確信したーー
「家族と、儂についていきたいと懇願した創人がおってな。そやつらと御山に向かった」
そうして、山の麓に棲家をつくった。それから一千年もの間、こうして悠々自適と暮らしていたのだそうだ。ロドスの子供達と一緒に山に向かった創人との子供達が子をつくり、連綿と里が形成されていったのだ。
「これが、儂の人生じゃ」
ふうと息を吐いて、ロドスは口を閉ざした。
ナキは海の中にいるみたいに、思考がぼやけている。まだ整理がついていない。聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何も出てこない。
幕引きのように沈黙が訪れる。拍手など起こるはずもなく、胸糞の悪い象形が残った。




