第三十五話
「創人を皆殺しにしなさいと。命令されたんじゃ」
ロドスと弟は命令に従い、実際に、創人を殺した。暴動の起こった箇所を集中的に、兄弟は殺す、殺す、殺す。
「儂らは強かった。創人の動きは稚拙に見えたし、当たったところで大差はない。唯一脅威だったのは、極稀に出る創剥者。ただあれは、少し時間を稼げば勝手に死んでゆく。儂ら兄弟に敵は無かった。あの時は、殺戮を楽しんでいたな」
創人殺しは横行する。国をあげての特大行事だ。憚る者は非国民。庇う者も非国民。
だから創人は友達に売られ、子供に売られ、一度創造すれば毒矢を打たれる。目を覚ませば打首獄門だ。観衆は歓喜に打ちひしがれ、本能のままに叫んでいる。
殺せぇ!!
殺せぇ!!
悪魔を殺せぇ!!
こ ろ せ!! こ ろ せ!! こ ろ せ!!
こ ろ せ!!!!
「いつまで続いたか、覚えとらん。儂らはどうかしていた。初めて見る景色人間、ゴッドラメアの命令を遂行する己自身。....殺戮衝動。全てにおいて酔っていた。快感じゃった」
創人の見分け方は難しい。顔つきに違いはあれど誤差であるし、創造を隠されたら不可能ともいえる。
「彼等の生活圏は特定済みじゃった。殺戮前に確認した。逃れる者もいたじゃろう。アルスダッドも全てを殺戮出来るとは思っていない。創人は悪という絶対的なイメージをつくることが目的じゃった」
創人殺戮が肯定されるようになったアルスダッドは、どんどんとその触手を伸ばしていった。
ゴッドラメアは薬を創る為、そこまでの能力がない創人を隔離していった。ゴッドラメア家には薬を創る為、莫大な創人が必要だったのだ。
創人とゴッドラメアとで子をつくり、ロドスのような無創人を創ること。従順な戦力を創れれば、アルスダッドは安泰だ。
「調子に乗ったゴッドラメアは尻尾を掴まれたようじゃ。生き残った創人達がゴッドラメアへ攻めてきて、そこで化け物ーー化体が生まれた」
「化体が?」
「薬が奪われ...その薬は創人へ投与された。ゴッドラメア家は崩壊し、四つの薬が奪われた」
気分が重たくなるほどの内容と情報量は、それでも全てを理解している訳ではない。後で整理しなければならないし、整理出来るほどに自分の頭は良くできていないことも分かっている。
ロドスは続ける。
「化体は信じられん程の力でアルスダッドを蹂躙した。白い袖を武器に、街には屍が散らばっている」
ロドスがその化体の元へと駆け付ける。化体は突拍子もなく、カダという町で殺戮を止めたのだそうだ。何の変哲も特徴もない、少し寂れた町。特産品というものなんてなく、他所より少しは穀物が取れるというだけの町。
カダへ着くと、案の定そこには化体がいた。
「白いコートに、白のスカート。手は袖に隠されていて、スカートの下からは脛から下が見えておった。ゴッドラメアが言うには、化体となったのは年端もいかぬ少女じゃったそうじゃ。儂はそんな少女に足がすくんでしまった。初めて恐怖を覚えた」
圧倒的な個がそこにいた。これまで幾千もの創人を殺戮してきたロドスでさえも、それは次元の違うものに見えたそうだ。
腕に覚えのある創人も、創剥者も、かつてバルザ帝国の戦争に貢献したという末裔にさえ怯まなかったロドスが初めて覚えた恐怖。
圧倒的な個は、ロドスの全身を震わせた。
「こんなものを創ってしまうゴッドラメアは、創人よりも怖い。知恵というものが間違った方向に行ってしまえばどうなるのか、総身を持って知らされた」
「お前は、そこに至るまで何も思わなかったというのか」
責めるように、イトは眉根を寄せた。ずっと聞いていた分、不満が溜まっていたのだろう。当たり前だ。皆思っている。これでは大犯罪の告白じゃないか。
「初めて人を殺した時には、大層混乱した。じゃが、ゴッドラメア家が褒めてくれる。無人の民が讃えてくれる。それだけで、殺人の罪悪など忘れられた」
「お前の母親は創人だろう。まさか、殺したとでもいうのか」
「ゴッドラメアの為には仕方が無いと思った。言ったじゃろう。母の目は虚だったと。儂らも同じじゃ。今になってそれが分かった」
「意識を混濁させられていたんですか?」
「分からない。じゃが儂はそう思っているよ」
潔い澄み切った返答だ。ロドスにはもう精算がついてしまっているのか、それとも開き直っているのか、ナキには分からなかった。それは単純に知能の所為かもしれないし、一千年というロドスの人生の重みに恐れ慄き、平伏したからかもしれなかった。
高々十四年間では、彼の思考の末を考えることも許されないと思ったのだ。
「震える足を踏み締めても、動くことは出来なかった。動いたら始まると思ったから、儂はその場で立ち尽くした。化体の方も、動くことはない。硬直状態がどの程度続いたか、額の汗が滴って初めて、声が聞こえた」
ーー「ねえお兄さん。この薬、何?」
「化体の前に、少年がいたんじゃ。赤髪赤目の少年じゃ。儂は化体の圧迫感に押されて、目の前の少年の気配すらも気付かなかった」
赤髪赤目。自分のことを言われているようで、少し驚いた。けれどそんな筈は無いし、自意識過剰だろう。
ただ、何か既知感がある。
得体の知れない既知感は今に限ったことではない。そんなことに頭を割いていては、この莫大な大犯罪の要約は掴めそうになかった。
ーー「この化け物、何?」
「....」
「こいつさ、どういう訳だか僕のことは殺さないんだ。ねえ、あんた何か知ってるんだろ。俺知ってるよ?あんた有名人だもん。俺みたいな創人殺しまくって、良い気になってる坊っちゃんだ」
「お、お前は....何だ」
「あのさ、今こっちが質問してんだよね。俺、これまで結構幸せだったんだよ。捨て子だった俺達をおばちゃんが拾ってくれて、創人だってバレずに生きてきたんだ」
「何を言っている...?」
「昨日妹が攫われるまでは、恵まれてる生活してると思ってた。あいつ、バレないと思って創造しちゃったのかな。馬鹿だな本当。ほんと馬鹿。創人攫いか何かに襲われちゃったんだと思うよ」
少年の目は至極冷静にロドスを見据えている。その目は恨み辛みの類でもなく、激情に駆られている訳でもない。
「何で分かったって思う?だって、分かっちゃうでしょ。こんな化け物見せられたらさ」
「...」
「可笑しいだろ。笑っちゃうだろ。あいつ白が好きなんだよ。袖に手隠していつも歩いてた。危ないぞって言うんだけど、大丈夫って言って聞かないんだよ」
ロドスは初めて、少年と目が合った。瞳の奥は暗闇で、どれだけ手を伸ばそうとも光は見つかりそうにもない。
手に持っている厳重な桐箱は何だろうか。確か先程少年が言っていたか。
この薬、なに。
ということは、奪われたのか。薬は、名も知らぬ少年の元に渡ってしまった。
「なぁ。こいつがレイラなんだろ。おい、お前達の所為なんだろ?...何したんだよ。こいつに何したんだよ。なぁ。お前ら、何が目的なんだよ。俺達だって人間なんだよ。普通に暮らさせてくれよ。何が気に食わないんだよ。俺達は何もしていなかったじゃないか」ーー
「儂は恐くて、恐くて逃げてしまった。初めて覚えた恐怖はとても耐えられんかった。逃げる儂を、あいつは追ってこんかったよ」
ロドスは遂に、顔を伏せた。何気ない挙動であり、ロドスだって他意は無いと思う。しかしロドスが顔を伏せた意味を、ナキはどうしても見つけたくなってしまった。
赤髪赤目の少年と、袖を武器にする白き化体。
少年と少女は兄妹であり、妹が化体にされてしまった。化体になった妹の名前は。
レイラ。
「側神レイラだ」
「ソクシン...?」
頭を悩ませていたキノは、難しい顔でナキの言葉を復唱する。
「何だそれは?」
「あ、いや...」
イトに睨まれ、口籠もる。心の中で呟いたつもりだったが、声に出てしまっていたようだ。
「ロジバルトに...いたと思う」
「本当か?」
「あぁ...」
「そうか。まだ生きとるか」
安堵したような、それでいて落胆したような声音だ。
蛍の悪物がちらちらと見える。そのお陰で、ナキの心境も切り替われた。




