第三十四話
「儂はな、嘘を言うつもりはない。お主達には話すべきだと思ったから歓迎したんじゃよ」
「どういうことです?」
「儂の昔話じゃ。ちと長くなるから、帰りたいものは帰って寝るのも良いじゃろう。どうじゃ?」
向けられたのは悪意でもなんでもなく、好意だった。
ナキ達は目線を合わせることもなく、ロドスの意向に従った。
沈黙を肯定と受け取ったロドスは、安心させるような笑みを称えながら、ゆっくりと話し出す。
「先ず、儂の名前ロドス・アンテールは、妻の姓を頂いている。本当の名前は、ロドス・ゴッドラメア。お主が言っていたゴッドラメアの祖先といえる」
◯
ロドス・ゴッドラメアが産まれたのは、今から一千年前のこと。まだ地上に無人や創人、無創人が生活していた頃の話だ。彼はゴッドラメアの子として産まれ、ゴッドラメアの子として育ったそうだ。
ゴッドラメアというのは、アルスダッドという王国直属の研究者の家系だった。
当時、三人種は共生していたらしい。無人、創人、無創人。彼等は同じ国、同じ街で暮らし、分け隔ての無い平和な生活を営んでいた。
大陸には国が五つあり、その中でもアルスダッドは大陸一の大国だった。
「王国アルスダッドの怨敵帝国バルザ。両国は何百年もの間争っていたが、アルスダッドの近海に、大陸の外から人間がやって来たのだ。彼等は全身からにゅるにゅると、奇怪なものを創り出す性質を持っていた。彼等は創人と呼ばれ、アルスダッドは彼等を戦場に送り出したのだ。すると、何百年もの間睨み合いの続いていた帝国バルザとの戦争は、たった百余名の創人の奮闘により、一気に傾いた。そうして、アルスダッド王国は平和を手に入れたのだ」
ロドスの語りに、ナキは妙な信頼を寄せていることに気づいた。一千年生きているだとか、創人が大陸の外からやって来ただとか、問答をしなければ一先ず納得出来ないものばかりなのに。
「それがアルスダッドの成り立ちじゃ。創人を抱えた王国に、周辺諸国も動けなかった。アルスダッドはバルザを除いた四国間の象徴として、大陸を平定した。儂の産まれた時代はそんな逸話が語り継がれておったんじゃ」
創人の尽力により平和を享受したアルスダッドで、ロドスは十六になるまでゴッドラメア家の領地で暮らしていたのだそうだ。
「友達といえるものは馬しかいなかった。領地には何頭か馬がおってな。弟と一緒に庭を駆けた。使用人の娘に恋慕して、弟と喧嘩したりの」
良いですか。私達はゴッドラメアに忠誠を誓わなければいけません。
母親が口癖のように言った言葉。絵本を読んでくれた後、頭を撫でる間や、食事時などの度に言われるのだ。
兄弟はすっかりその気になって、ロドスが十六になるまでには、その気持ちは揺るがぬものとなっていた。
ゴッドラメアに忠誠を。偉大なるゴッドラメアに忠誠を!
ゴッドラメア家は、創造力についての研究をしていたのだそうだ。王からの勅命を受け、ゴッドラメア家は総力を持ってかかった。
王から下された命令は。
「創人の性質を解明せよ」
王は恐れていた。増えていく創人や、彼等との混血。彼等は無人より遥かに身体能力が高く、創人に至っては創造力を持つ。
アルスダッドには無人の存在意義が失われつつあったのだ。知恵のある者や権力を持つ無人を除き、能力も無く力仕事しか仕事のない無人はお払い箱である。今は無人の人口が遥かに多く、創人や無創人の人口は少ないので保ってはいるものの、彼等の立場は徐々に失われていっている。
そして、それを助長するような大事件が現れてしまった。創人や無創人の中には、極稀に牢屋を破るものがいる。一つの収容所は、そのお陰で崩壊に至ったのだ。大事件はイスモル牢獄崩壊事件と呼ばれた。
イスモル牢獄崩壊事件は、アルスダッドの民に、この上なく残酷なイメージをつくらせた。
怒らせればただでは済まない。
無人の男は創人の女より弱い。
彼等が増えれば俺たちは殺される。
帝国バルザのように彼等の言いなりになるしかなくなってしまう。俺たち無人は奴隷に堕ちてしまう。
かの事件により、創人の立場は危ういものとなった。
それは着々と民の間に流れ出てしまっていたし、かの事件を書き記した書物や、創人を中傷する書物も出たのだ。かくいう王族も無人であり、他人事ではなかったのかもしれない。
だから王は、ゴッドラメアに勅命を下したのだ。創人を解明せよ、と。
ゴッドラメアはすぐに取り掛かった。死刑囚に子供を作らせ、その子を実験奴隷にした。
「十六年間、研究していたのだろうな。そして、薬が完成した。丁度お主の注射器のような...最初の被検体は、儂らじゃ」
「ゴッドラメアに従順な者を...ということですか」
「そうじゃ。母親の目も虚であったし、儂はそれが普通だと思っていたのだが、目的の為につくられたに過ぎなかったのじゃろう」
我慢し切れずに、セディアは問いかける。もうロドスの聞き役は、セディアに一任されたようなものだ。縛られたような空気はそこで弛緩して、ナキは自分が前のめりになっていたことを恥じた。
「そして実験は成功した。実験の際、儂は絵本に出てくる龍を想像したんじゃよ。母が読んでくれた絵本の中に、龍や天馬と共に街を襲う獣を倒す英雄の話があってな。儂はそれが大層お気に入りで、ゴッドラメアにも相応しいと思った。すると実験後には、こんな姿になってしまったという訳じゃ。まあ今では、ただの老耄同様じゃが」
苦笑して、ロドスは前髪を手であげる。額の両端には、小さな角がついていた。
彼が龍人であることの証拠は、希薄になっているのだ。
「といっても、薬を造るまで十六年間だ。その間何があったのかというと、王の予言通り、人種間の分断じゃ」
どんどんと増えていく創人や無創人に、無人の民は慄いたらしい。平和な国には力はいらない。力のある少数民族に、無人はどんどんと蟠りをぶつけていったのだ。
創人というだけで虐められる。もちろん創人だからといって全員が全員強い訳じゃ無い。創造が出来るというだけで、睥睨された、
牢を破る化け物の卵。大犯罪者の卵。抵抗すると周囲に怖がられ、冷徹な目を向けられる。うっかり創造しているのを見られて仕舞えば、翌日には虐められる。仕事も退けられ、生活もままならなくなっていく。無創人なんかは、身体能力が高い以外は無人と違うところは無い。言われる程に差別は受けていなかったそうだ。おまけに人口も本当に少なく、無創人というのは稀な人種だったのだ。
元々、創人というのは穏和で、戦いを好まない。平和なアルスダッドを愛していたし、それが十六年もの間、差別の激化を耐えていた要因でもあっただろう。
「そうして遂に、イスモル牢獄崩壊から十五年の暮れ、人間を殺戮する創人が現れてしまった」
虐殺したのはメリード・バリアブルと言う青年で、彼は化け物のように誰彼構わずに殺したのだそうだ。無人、創人、無創人関係なく。
「メリードの虐殺で明確になったんじゃな。創人は殺すべきという、皆の意見だ」
「それは...極端過ぎるんじゃないですか?」
「そうじゃな。余りにも極端じゃ。じゃが、彼等は稀に、化け物じみた人間を生み出す。無人では考えられないパワーとスピード。全身から生み出される創造物と、剥き出しになる欲望」
創剥か。
「創剥じゃ」
心臓が飛び跳ねた。心の内を読まれたと思ったからだ。
「イスモル牢獄崩壊事件の犯人ラッシュリィ。創人の差別の理由は、大半がここにある」
「たったの一例で、そこまで?」
「ラッシュリィは一つの街を蹂躙した後、力尽き死んだとされる。その一部始終を見ていた被害者が書いた書物がアルスダッドで流行になったんじゃよ。直ぐに廃刊になったが、書物は噂となって、アルスダッドに広まった」
それが、差別という分かりやすい嫌悪に昇華した。ナキは、聞いているだけで気分が悪くなった。
「そして、メリードの大虐殺が起きた同じ時期に、儂ら兄弟を使った実験が始まった。そして、創人殺しが開始する」
ロドスは、何を思って語っているのだろう。ナキは無性に、哀しくなった。




