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創造世界  作者: ナンパツ
第三章 龍人の里
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第三十二話


 安堵は、すぐに失くなっていった。民家や人が少なくなった通りに、墓場はあった。里の大樹の根っこが柵みたいに一直線に伸びていて、生と死の境界線のようになっていた。蛇のような胴体に、栗鼠のような顔をした悪物がこちらを眺めている。悪意はなさそうだ。

 根っこの柵を越えると、木が疎に生っている。その間を、石で造った墓が建っていた。石の表面には、文字が彫られている。他にはただの盛り土や、一本の棒が立っているだけの墓もある。盛り土の前に食べ物が置いてあったり、ぬいぐるみが置いてあったりした。共通するのは、墓の前に木板が立てられていること。そこに、埋葬された死者の名前が書かれている。ここは、亡くなった龍人や、愛した動物を弔うための場所だった。

 円匙を創造して、土を掘る。リリー分の土を掘るとなると時間がかかる。キノもハクビも手伝ってくれた。キノはナキと同じように、ハクビは尻尾で土を掘る。

 十分な穴が出来たら、布で包まったリリーを優しく入れる。蓋をするように、土でその姿を消した。

 透明な針を創造する。針を木板に突き立てて、リリーと名前を書く。

 腕をだらりと下げて、リリーの埋まった土を見下げる。瞼を閉じて、リリーを思い出す。怠そうな目。白い毛並み。翼。

 賢い天馬、そして優しい天馬だ。

 しゃがんで、想像する。リリーの姿と、自分の姿だ。相棒になったあの日。アイザに痛いところを突かれて、ロックに背中を押されて、歩み寄れたあの日のことを思い出す。ナキが振り返ると、リリーは立っていた。あれだけ木陰の下で眠っていたのに、ナキの為に立ってくれたのだ。あの感動は、今でもはっきり覚えている。

 目を開けると、右手に感触があった。見ると、さっき想像した通りの光景が映された四角い創造物があった。そのつもりは無かったけれど、気づかないうちに創造してしまっていたようだ。なんとなく、それを盛り土の上へと乗せる。左手で切り離すと、リリーとナキが映された創造物は粉々になってしまった。

 創造物は、体から離れていれば脆く崩れ去ってしまう。

 崩れ去った右手を、ナキはしばらく眺めていた。握り締めて、それから立ち上がる。


  ◯


 ナキ達は、客人として招待された。ベーレやドスは各々の棲家に戻り、案内するのはハクビだけとなる。落ち着いた雰囲気は、今のナキには有難い。

 

 「ハクビ、ありがとう」

 

 並んで歩くキノが、ハクビの背中に感謝する。キノも、ジェメドを埋葬した。木板に切れ切れの外套を結んでいたのを覚えている。彼もナキと同じように、大切なものを亡くしてしまった。

 ガランのことを思い出す。最後に見た時は生きていた。けれど、何故自分以外を、キノやジェメド、リリーを地上へ送ったのか。ガランが辿った未来を、遮二無二考えてしまう。


 「感謝されることではないさ。むしろすまなかったと思っているよ」

 「あの人、いつもあんな感じなのか?」

 「気性や口調は荒っぽいが、あんな無茶な行動をとる人ではない。私にも分からないが、理由はあるのだろうと思う」


 言外に、ハクビの言葉にはリリーのことも含んでいる。気を遣ってくれているのだ。

 ふと、横から視線を感じる。


 「...何だ?」

 「いや、言ってなかったと思ってな...」


 ナキが怪訝に問うと、キノは気まずそうに人差し指で頬を掻いた。言い難いことでもあるのだろうか。じっと見続けていると、決心したようにナキに向き直る。茶と灰の虹彩異色が、真っ直ぐにナキを映し出していた。


 「手伝ってくれてありがとう。ナキ」

 

 予想もしていなかった言葉に、ナキの目は滑稽なくらいに見開かれる。目の前の男はそれでも真剣な面持ちだ。方舟での彼ならば茶化しくらいしそうなものなのに、面差しは変わらない。

 キノはナキの言葉を待っている。だけど、何をどう言えばいいのか、途端に分からなくなった。だって、ナキ達が来てから、方舟が崩壊してしまったのだから。

 アラギラや、カラクレや、レディは、死んでしまったのだ。ありがとうなんてわ言われる筋合いじゃない。本当は殴られた方が、恨まれた方が道理なんだ。

 いつまでも喋る気配のないナキに、キノは片眉を下げ、困ったように笑った。


 「終わらせてくれてありがとう。が分かりやすいか」

 「...あぁ」

 「納得いってねえなぁ?」

 「う...」


 ナキの頭上を、暖かい手のひらが覆った。くしゃくしゃとぶっきらぼうに撫でるさまには、後悔の念なんて一切感じられなかった。

 撫でられながら、ナキは俯いてしまった。心地良いなんて感じてしまった自分が、何より嫌だった。


  ◯


 大樹と呼ばれている、里を守るような大きな大きな巨木。その根がここら一帯を支配しているらしい。最初は小さな小さな芽だった大樹も、時を経て里を覆うように成長したのだそうだ。以来、そこは里長の屋敷となった。ナキ達にあてがわれた大樹の根っこでつくられた家屋は、里長の屋敷の一部だそうだ。

 男女に分かれ、ナキ、キノ、イト、キョウ、そしてネリアが同室となっていた。その中にはセンプウもいて、一匹の悪物を自身の体に貼り付けている。

 ナキは、死に物狂いで耐えた。一回や二回程度では、樹蚊の姿に慣れることは出来ない。全身の鳥肌が悲鳴を上げているなか、必死に耐える。

 療木の花弁を貼り終えた後には、安心し切ってしまったのか、どっと疲労が押し寄せてきた。センプウが帰った後、周囲の男達は既にぐっすりと眠っていたのだ。木で造られた寝台に、羊毛布団が心地良さそうだ。誘われるように、電池が切れたように、ナキは布団に包まった。意識は、ものの数秒で途切れてしまった。


  ◯


 リリー。リリー。

 名前を呼ぶ。何度も何度も、生きていることを信じて。相棒が動けるように、声を掛けてやる。俺が名前を呼んでやれば、こいつは尻尾を振って抱き付いてくるんだ。

 リリー。リリー。リリー。

 リリー、リリー。

 何度も呼んでやる。その耳がぴくりと動くまで。

 リリー、リリー、リリー、リリー。


 リリー。


  ◯


 扉の叩く音で目が覚めた。辺りは暗く、上半身を起こしてもそれは変わらない。上に暖かい布団があるのを認識して、そこでナキは思い出した。

 

 「龍人の里...」


 呟いている途中に、扉を叩く音は止んでしまっていた。誰だろうとは思ったが、かといって起きる気にもなれない。

 ぼーっと扉を見ていると、扉の奥からがちゃりと音がした。ぎぎぎぎと嫌な音を出しながら扉が開くと、暗かった室内に朝日が差し込んだ。朝日から出て来るのは、ハクビだ。今日も袴を着ているが、尻尾は窮屈そうでも何でもない。どう着ているのだろう。


 「おはよう。早速で悪いが、直ぐに里長との面会だ」

 

 ぼけた思考はすぐに覚醒する。眠気は飛び散り、寝起きの視界には刺激の強い朝の日差しを受け入れていた。すぐに起きると、近くにいたキノの布団を引っぺがす。

 

 「もうちょっと寝かせろぉぉぉぉ」

 「そんな呑気なこと言うな!里長に会えるんだぞ!」

 「だったら前から起こしてーーーえ?」

 「様子は見に来ていたのだが、ぐっすりと眠っているものだから。すまない」 

 「あんたは謝り過ぎだよ」

 「そうか?」

 「そうだ。これまで何回謝られたか。そんなに負い目感じなくてもいいのに」


 言いながら、イトの布団も引っぺがす。とても嫌そうな顔をしていたが、ハクビとの会話は聞いていたらしく、大人しく起き上がる。キョウは既に起きていて、目を擦りながら立ちあがろうとしているところだった。


 「ナキは優しいな」

 「いや...感謝してるだけだよ」


 罰が悪くなって、そっぽを向いた。無意味にイトの布団を畳みながら、ついでに敷布も整える。

 ハクビは微笑していることだろう。想像でさえ眩しくて、見れなかった。

 部屋を出てすぐに、里長のいる部屋はあった。里の象徴ともいえるーーベーレがいうにはだがーー大樹には、真ん中に両開きの扉が付けられている。豪奢な階段が、扉を一層厳かにしている。

 扉の前には、二人の警備がいて、当然龍人である。その近くにセディアとルフリアがいた。二人はトウロウに連れられているようだ。階段の上にいる二人も、ぼろぼろだった服は、龍人の服に切り替わっていた。ナキ達も、貸してもらった服に身を包んでいる。民族衣装のような独特の服装は、ナキにはあまり似合わない。


 「おっはよーー」


 階段を上がっていくと、陽気に挨拶をするセディアがいた。後ろに、ルフリアがこちらを眺めている。銀髪には汚れも拭い去られ、すっきりとした双眸がナキを射抜いた。

 何となくセディアへと視線を逸らす。貸してもらった民族衣装には、人間には些か露出が多い。上腕や脛にある鱗部分に布が被さるのを避けるために、肌が露出されるようになっている。加えて肩も開いていて、極めつけには尻尾部分の腰辺りにも穴が開いている。ハクビのような袴服はハクビ自身の特注のようだし、ナキにしても袴は創造の邪魔になる。外套があるようなので、ナキ達はそれを着ていた。ルフリアもそのようだが、セディアは違った。


 「似合ってるでしょ」


 確かに似合っているが、思わずそっぽを向いてしまった。目敏く気付いたか、歩み寄る足音が聞こえる。


 「ナキちゃーーん」

 「ぐぇっ」


 あわあわと浮袋が出たように口を開けてしまう。ぐるぐると回り続ける思考を、セディアは無視してナキに胸を押し付けている。


 「おおお前、なんだそれ羨ましい!代われ!」

 「キノさん。欲望が出てるよ...」


 キノの欲望に、キョウが気まずそうに声を出す。

 

 「キノちゃんには、ナキちゃんくらいの初々しさがないね」

 「初々しさ...?初々しさがあれば良いのか?!」

 「声がでかい。黙れ」

 「お前は何でそんなに冷静なんだよ!俺がおかしいのか?俺がおかしいのか?!」

 「ハクビさん。お願いします」

 

 べーと舌を出して、セディアがキノを煽っている。騒がしい中、ルフリアがハクビに告げる。ハクビは苦笑しながら、扉に向き直った。

 二人の龍人は頷くと、片方の扉ずつに陣取って、それぞれ大きな取っ手の窪みにぴったりと爪を嵌めた。

 

 「少し離れていてください」


 一人がきびきびとした声音で言うと、二人の龍人は逞しい腕を更に盛り上がらせる。

 ずずずずず。

 重厚な音と共に、両扉はゆっくりと開いた。中にはどんな光景が待っていることだろう。セディアも離れ安堵したナキは、扉の中へと集中する。ゆっくりと、ゆっくりと開け放たれる大樹の中を、じっくりと凝視する。


 「...?」

 

 重く厚みのある木製の扉が開放した大樹の中は、空洞だった。大きな空洞。大きいだけで、大樹の中は普通の木の幹の中と変わらない。何の変哲もない空洞だった。

 中には、大きい蛍のような悪物が何匹かいる。張り付いていたり、飛んでいたり。暗闇を灯すべく、お尻の辺りから光源を灯している。ただし、想像していた程の大きな空洞ではなかった。

 そんな空洞のなか、真ん中にぽつんと誰かが正座をしている。卓袱台の上には湯気のたった湯呑みが置いてあり、奥の木箱には、食料が入れられている。

 正座をしているのは、龍人....だった。

 思い淀んでしまったのも無理はない。

 彼の尻尾は、とてもちっぽけで、小さかった。手足の爪は無く、角だって見当たらない。

 大樹の中にいたのは、あまりにも人間のような龍人だったのだから。

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