第二十四話
王様の叫び声が始まりの合図のように、闘いは始まった。
仕掛けたのはイトだ。つくづく血気盛んに、王様目掛けて走り出す。キノとルフリアは展開するように、左右に散らばった。
王様が目をつけたのは、やはりイトだ。真正面に襲いかかるイトを、そのままに待ち受ける。立ちぼうけになった王様を、イトはあろうことか、通り過ぎてしまった。
イトの創造はその名の通り、糸を創造する。一本の糸が、イトの両掌に繋がっている。通り過ぎる瞬間に、その糸を王様の右腕に絡めたのだ。鋭く頑丈な糸は、巨大な岩をも切断する...そうだ。
イトの初陣では、王様の右腕は傷一つ付かなかった。あろうことか、右腕が人一人分にまで膨れ上がり、絡めた糸を逆に引っ張り出す。
「っ...」
糸はぷつんと切れるのではなく、ゆるりと消えるように切れた。瞬時に硬さや鋭さを変え、柔らかく脆くしたのだろう。
おかげで王様は体勢を崩す。その隙を見逃す二人ではない。王様を挟むように、左右からルフリアとキノがやって来る。
銀の細剣を両手に握り、信じられない速さで駆けている。王様の胴体目掛けて、ルフリアは細剣を突く。
キノは音もなく王様に接近して、外套から隠れた脚を蹴り上げる。足の裏には、鋭利な刃がついていた。
「がぁぁぁぁ!!」
王様は獣のように叫ぶと、キノの刃を無視してルフリアの剣先を引っ掴んだ。あんな速度の突きを、激昂している王様は綺麗に掴む。叫び声を上げて、細剣を後方にぶん投げる。細剣と共に、ルフリアは後方へ吹っ飛んだ。空中で体勢を立て直し、こともなげに壁を蹴る。間髪入れずに、王様へと向かう。
キノの刃は、王様の右腕に直撃した。傷一つ付かずに、後方に退く。王様の目線がガランに向いた。計らうように、キノは両腕に鎌のような刃を創造する。
周りにはすでに、イトやルフリアが近くにいた。
王様は獣のように腕をぶん回す。風が三人を襲うけれど、避けられる程度だ。ルフリアの突きは避け、イトやキノの攻撃は半ば無視している。叫び声を上げて、馬鹿みたいな威力を振り回している。
まるで、意識がないかのようだ。
「くっ...」
背後のガランが、苦しそうに眉を顰めた。頭布を抑え、立つのも辛そうに揺らめいている。
「どうした」
肩を貸して、ガランを支える。始まって間もないというのに、ガランの額には汗が滴っていた。顔色もどこか青ざめていて、力が無くなっている。
「黙、れ」
目は虚に、どこを見ているのかも定かではない。吐き出した言葉も、ナキに言っているわけではないようだ。
「ガラアアアアアアアアン!!!」
王様は声を張り上げて、体はガランの方を向いている。この世の全てを憎むかのように、くしゃりと顔を滲ませた。
気持ちが先行し過ぎている。キノの言った通り、王様は感情で動いている。家族を大切に。自分が殺した亡き町長を、創造で再現している。
とても信じられないけれど、ジェメドはそれを実現させた。
けれど、限界はある。完璧に創造するなんてことは、絶対にあり得ない。創造というのは、それに似たようなものであって、実際の物とは明らかに違うのだから。ルフリアの細剣も、イトの糸も、キノの刃だって、実際の細剣や糸や刃とは、素材から何まで違う。所詮それに模しただけ。
規格外だとしても、それは変わらない。あの肌がそうだ。ルフリアの突きを、キノの刃を素肌で耐えている。
実際のガラン・アウェイクではない。
性格も、未だジェメドが残っている。そこに勝機がある。
いくら圧倒的だと言ったって、有利はこちらにあるんだ。
「邪魔だあああああああ!!!」
正気ではないガランを、三人が囲んでいる。暴れ回るだけの単調な攻撃は、かわすのも容易い。
細剣が右腕を刺した。一筋の突きが、ついに王様に辿り着く。
「くっ..」
刺した一突きを無視して、その腕でイトを捉えた。ルフリアは細剣を戻して、もう一度細剣を創造する。
王様の拳はイトに向かっていく。かわせないと判断したのか、両掌に繋がった糸を拳に合わせた。
「かはっ..!」
王様はそれをも無視して、イトの土手っ腹を直撃した。血反吐を吐いて、後方に吹っ飛んだ。爆発が起きたみたいな音が響いて、ナキは喉を震わす。
それでも効果はあったようだ。翳された糸を殴った王様の右拳は、指が四本切断されていた。最後の瞬間に、王様の威力に王様自身が耐え切れなかったのだ。
間髪入れずに、キノが足元の刃で右腕を蹴り上げた。右腕に集中させた攻撃達は功を奏したようだ。キノの刃は王様の右腕を少し、切断する。
切れる!魅入っていると、キノは刃を戻した。風車のように体を回転させて、後ろ蹴りをお見舞いする。当然足元には刃が創られており、右腕を狙っていた。
小さく切断された右腕にキノの刃が入り込み、腕の中央にまで到達した。逆に言えば、腕の中央で刃が止まったということだ。
かたかたと刃が震え出し、同時に王様が振り向いた。充血した眼でキノを見つけると、蹴り上げた脚を掴んだ。
「うおおおおおおおお!」
まるで虫を払うみたいに、掴んだ脚を振り上げた。キノは叫び声を上げて、遥か彼方にまで放り投げられる。壁に激突して、逆さまになって磔のようになっている。威力が強すぎて、落ちて来る気配がなかった。
動く気配も無くて、白目を剥いている。
まさか、気絶したのか。
王様は、もう次の標的に向かっている。ガランの方を見ているということは、こちらに向かって来るということだった。
怒気が湯気のように燃え盛る王様は、ゆらゆらとこちらに向かっていく。ちかちかと目が荒ぶのは、王様に充てられたからだろうか。何をどうしたら、こんな圧迫感が出せるんだ。
キョウとガランが背後にいるのを確認して、仮面を触り、感覚を思い出す。ルフリアの本気の突きを防いだあの透壁の感覚を。
王様は少ししゃがんで、飛び出した。信じられない速さで、ネリアの元へと襲いかかる。
「ひ、ひいいい!」
情けない声を出しながら背中を丸めるキョウを守るのがネリアの仕事だ。
ネリアは真正面の敵に、剣を構える。防御の構えで、王様を待ち構えた。
ボドオォォン
大きすぎる音が、目の前で起こっている。ネリアは有無を言わずに、王様の猛攻を受け切っている。
「ああああああああああああ!!!ーーー」
遠くに、ルフリアが背中を向けて駆けていた。勢いよく飛んで、それから王様に向き直る。空中で、両掌に張った糸がルフリアを迎える。イトの足元に力が入った。
張り詰めた糸が、ルフリアの勢いに従って、ぐんぐんぐんぐん後ろに伸びる。一杯に伸びた後、イトの眼がかっ開く。
「行くぞ!」
後方に伸びた糸は、どんどんと元に戻っていく。比例するように速さも上がり、イトは構えた両掌を前方に突き出す。まるで発射台のように、ルフリアをかっ飛ばす。
遠くにいたルフリアが、たった瞬き一つで、王様の側面に到達していた。
刹那、細剣が王様の右腕を切断した。人の胴体のような大きな右腕が、天高く跳ね飛ばされた。
「よし!」
思わず拳を握って、希望が迸る。同じ箇所に傷をつけ続けたのは無駄ではなかった。
「ガラアアアアアアアアン!!!」
右腕の痛みはどこへやら、王様は片腕一つでは止まらない。爆発音が、ネリアを攻める。
「何やってんだ...?」
このままでは、王様は着々と部位を取られていくだろう。果ては胴体の中にいる筈のジェメドを取って終わりだ。
少し肩の力が入りすぎたのだろうか。キノの口上が効いたのか、王様の動きは未だ単調だ。
少しの不審は、肩に支えるガランが増幅させる。
「に、げろ」
「ガラン..?」
「おろちを、うばわれた..!」
言葉の意味を理解すれば何をできる訳ではなかった。ナキがその状況に対して出来ることは、ただ身構えて、生き延びることだけだ。後は、伝えることだけ。
「大蛇が来るぞ!」
果たしてナキの声は三人に届いたのだろうか。確認する前に、ネリアの体がナキ達を覆った。隙間には、壁から這い出るように飛び出る棘が見えた気がした。
ネリアの外から、棘が刺しこむ音がする。キョウを守る為、ネリアは丸天井のようにナキ達を匿っていた。肩に支えているガランは呻き声を上げながら、垂れるほどの汗が額に流れていた。下からくる棘を、ネリアの腕が防ぐ。腕や脚を床のようにして、大蛇の地面を遮断している。ナキ達は慌てて、ネリアの四肢に乗った。
「もう一度...やってみせるっ」
ナキの励ましなど不要だ。ガランはもう一度、大蛇を相殺しようとしていた。立っているのもきつそうで、ガランを腕の床に座らせる。ネリアの膝下を壁にして、姿勢を楽にさせた。
ネリアの外はどうなっているのか。考えたくもない光景が浮かぶのを懸命に無視して、出来ることを探す。
下からの音が、大きく蠢いた。
ネリアの腕を貫通して、棘が現れいでた。
このままでは、ここも持たない。
「キョウ!気合いだ!」
「...え?」
「あんたなら出来る!絶対に!」
振り返り、現状に震え上がっている男に叫ぶ。セディアが言っていた。キョウには強制的にやらせるくらいが丁度いいと。
目は右往左往と何かを求めて彷徨っている。それでも、選択肢は多くしておいた方がいい。
「ガランが間に合わなかったら終わりだ!その時はあんたがやるしかない!じゃなかったら全員ここで死ぬ!!」
「あ、ああああぁ...」
キョウはいつぞやの時のように震え上がっている。肩から足までがくがくと、ついには頭まで抱え出した。
「大丈夫...」
ガランは眼を瞑り、ナキに呟いた。先程までの顔色とは違い、少しずつ正気が取り戻されている。
「今度は、いける」
ガランの両眼は見開かれ、その手でネリアの腕を貫く棘に触れる。すると、騒がしかった外が嘘みたいに消え去った。
◯
何故だ!!
ガラン!!
家族を破りおって!!
今すぐに大蛇を解放しろ!!
大蛇から伝うように流れる父を模した怒声が、足先から脳髄にまで浸透する。頭蓋に反射して、強制的に反芻させられてしまう。頭が壊れそうでも、怒声は絶えずやまない。
うるさいよ。
お前は...もう父さんじゃない。
お前は間違っている!家族の尊さを!有り難みを!なぜ分からない!家族を破ることの、なんたることか!
哀れだね。自分を見失って、もう本当の願いを忘れてる。ジェメドさん。あなたのお陰で、キノは今をずっと後悔しているよ。
何を言うかと思えば、意味不明なことをつらつらと!問答無用だ!家族を破るものは、皆殺しだ!!
あなたは極端が過ぎたんだ。あなたがここで死ななければ、僕達はこの先、幸せになれない。
今すぐに!大蛇を解放しろぉ!!!
分かってはいても、父の声が響いてくる。大蛇を同時に扱えば、こんなことが起こりうるのか。マフラーを押さえて眼を背けても、記憶の断片がどうしても過ってしまう。
様子のおかしくなった父が、気に入らない者を殺してしまったあの日。父を否定する者から殺されていく。突然独裁を始めた父に、勇気ある人間達は悉く殺されていく。残ったのは弱い人間、戦意を失った人達。
父が落ち着いた頃、方舟は一変していた。綺麗な街並みはただの集落と化した。家畜はばたばたと倒れていき、人も数える程しかいなくなっている。
正気を失った僕達は、ただ父の言いなりになるしかなかった。
そこで初めて、父は父ではないと納得した。キノに説明された言葉達が、粛々と頭に収まっていく感覚。
僕は、諦めたんだ。
無惨に殺されていく皆が、怨念をその身に死んでいく。僕は怖くて、力があるというのに使えなかった。
ーー「お前が大人になったら、大蛇様の力はお前に継がせる」
「うん。分かってる」
「ただし、その前に俺が死んじまう可能性もある。そんな時は」
父は豪快に口端を上げて、どでかい声で僕に言う。そんなに大きな声を出さなくても聞こえると言うのに、これでは喉の無駄遣いだな。
「自動的にお前に受け継がれる。その時はお前が町長になって皆を助けるんだ!華のように!ガハハハ!」ーー
そんな事は起きる筈が無いと高を括っていた。適当に促してしまった自分を心底恨む。
死んでいく皆を、力を使わずにただ見ているだけだっなんて。
救えたかもしれない命達が、逆流するみたいに僕を覆い尽くした。
一瞬の気の迷いが、僕を現実に返す。
「に、げろ」
「ガラン..?」
ナキが心配そうに僕を見る。ロジバルトから来たという、よく分からない男だった。こいつらが来てから歯噛みするばかりだ。諦めた毎日が、どんどんと掘り起こされるようだったから。
革命団。幼いながら馬鹿にしていたことが、今になって馬鹿にできなくなっている。
父が殺された。マフラーをくれた大好きだった母も、後を追うように殺された。僕は抵抗しなかったから殺されなかっただけだ。
「大蛇を、奪われたっ..!」
不思議と涙は出なかった。父を模したジェメドを見ていると、偶に現実の可否が分からなくなる。息子の愛を堂々と語る父の鬱陶しさも、優しく抱きしめてくれる母の愛も、全てが曖昧になっていく。
頭では分かっているのに、ハロドラの胸中も、キノの謝辞も、レディの好意もなにもかもが曖昧だ。
「緊急事態だ!大蛇が来るぞ!」
子供達が楽しそうに笑っていた。
アラギラの眼が燃えるようにゆらゆらと揺れていた。
この一ヶ月で、方舟の様相は変わり出した。何かが変わるとすれば、ここなのだと思った。
ナキという男が自分語りをした時には、心底いらいらした。興味のないことをつらつらと何を言ってやがる。お前の不幸なんか興味はないんだよ。聞きたくもないことを聴かせるな。顔を上げても、視線が合うのだ。まるでそれが最善かのように、お前は間違っていると言うかのように、不安気に僕を見る様は本当に、腑が煮え繰り返るようだった。
「もう一度...やってみせるっ」
僕はそう思っているのに、子供達は本当に楽しそうで、見ていて心が穏やかになった。幸せは伝播する。子供から親へ。親から知人へ。狭い方舟では一瞬で回り切ってしまう。
その元凶をつくったのは、間違いなくナキだった。
皆の思いが希望に変わっていく様は、見ていて気分が悪くなる。
皆がその気になっているのを横目に見ていれば、マフラーを押さえていないと立っていられなかった。
何処までも僕を置いていく。
ふざけるな。
ーー「私はいつまでもガランの味方だから」
レディという少女は囁くように告げる。よろけるガランを受け止めて、いやに透き通った声で言うのだ。
まるで甘えるかのように、ガランは呟く。
「...皆のこと殺したいって言ったら」
「問題なし」
半ば自棄になったガランの呟きを、いつまでも肯定してくれる。即答するレディに苦笑しながら、取り繕う自分に嫌になる。
皆を殺したい。これは、本音だったから。
「でも私は最後にして!それに、特別な方法で殺してね」
焦ったように言う彼女は、とても冗談を言っているようには見えなかった。ガランを支えるレディの顔が、近くに見えた。
今大蛇を使えるならば、今すぐレディを貫ける。地面から飛び出す棘が、レディの体を貫くのを想像する。口から棘の先端が見える。血が全体から溢れ出し、地面を赤で染め上げていく。
「大蛇じゃなくて、あなたの手で殺してください」
ガランの想像を察したのか、ぷくりと頬をふくらまし、怒ったようにガランをジト目に睨む。
「...嫌だ」
「え?」
「レディが死ぬのは、悲しい」
隣で怯んだような、息を呑んだ音がした。
「ほ、ほほほほんとに?」
「....」
「ほほほほほほほほほんとにぃ?!」ーー
悲しみたかった気がする。涙を流して、声を枯らして泣き叫びたかった気がする。
置いていった感情はもう戻りそうにないけれど、未来の感情にまで、僕はもう見て見ぬ振りをしたくない。
「キョウ!気合いだ!」
「...え?」
「あんたなら出来る!絶対に!」
「ガランが間に合わなかったら終わりだ!その時はあんたがやるしかない!じゃなかったら全員ここで死ぬ!!」
「あ、ああああぁ...」
「大丈夫..」
ごちゃごちゃと慌てている周りを安心させるように、眼を瞑る。己の手と大蛇とを融合する。神経が繋がるような感覚を持って、深く、もっと深くへと意識を浸透させる。
「今度は、いける」
今まで好き勝手やってくれたよね
こちらから声を掛ける。大蛇を奪って冷静になったようだ。ジェメドは振り返って、ガランを見る。その額が血管に溢れ出し、圧迫感で髪がかき上げられているみたいに、恨めしそうな表情を見せた。
そろそろ終わりにしたいんだ。早く死んでくれよ。
なんだとぉ..?
大蛇はもう絶対に使わせない。盛大に負けてくれ。
宣戦布告に、ジェメドは徐々に口端を上げていく。笑顔をつくっているのにどこか悲し気な表情で、無理矢理に笑う。
ガハハハハハハハ!!もう遅いわ!お前達は俺に勝てん!!
無視して、眼を見開く。大蛇の感覚を掴んで、好き勝手出来ないように、檻に入れる感覚。
先程まで騒がしかった喧騒が、嘘のように消えていた。
「収まった..?」
確証のなさそうに、ナキは周りを見上げていた。キョウは一層不安気に、全身を震わしている。
騎士の中にいた三人は少なくとも無事だ。傷一つつかずに、騎士がぎりぎりのところで守ってくれた。
ずずずと低い音を出しながら、騎士は立ち上がる。隙間に外が見えていく。下から上へ、どんどんと隙間が開いていく。
「あ、あああああ...!」
キョウが絶望の彼方に打ち震えている。立ってもいられなくなったのか、地面にかくんと倒れてしまう。
ナキはどうだろうか。隣で唾を飲み込む音がした。
「家族を、破りおって....」
目の前には、悲嘆に暮れるジェメドの姿があった。棘の溢れる地面に一人立って、涙を流して己の影を見つめていた。
地面や壁は棘だらけだった。ネリアの守った場所以外、大蛇の棘が縦横無尽に張り巡らされている。
地獄があるとするのなら、目の前の風景がそれだ。
遅かった。
ジェメドが見つめていたのは、影ではない。影の中にある、血だらけのルフリアだった。




