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創造世界  作者: ナンパツ
第二章 ガランの方舟
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第二十二話


 「.....っっ」


 喉が施錠されたみたいに、声が出なかった。

 生首。生首がある。町長ガランの顔が笑顔のまま、地面を地に浸していた。

 

 「何が...」


 何が起こった。町長の首が飛ばされるようなありえない出来事が、意味不明な出来事が起こる訳がない。

 暫くの間、キノは生首を見つめていた。見えないのではなくて、信じられない。

 先程までの清々しさなど取っ払われて、凄惨な生首がキノを支配する。


 「キノ!」


 正面から、聞き馴染んだ声がする。放心状態のまま見上げると、喜色に孕んだジェメドが立ち上がっていた。

 

 「外に出よう!」


 死体となった町長を無視して、まっすぐキノの腕を掴んだ。柔らかな白い指が、キノの腕に絡みつく。

 異質な状況に眩暈がして、思考が回らない。


 「ジェメド...?」

 「どうしたの?キノ」

 「お前、何言ってんだ..?」

 「え?」


 あまりにも普通の態度に、違和感を感じだす。至極当然というように、この場が通常だというように、ジェメドは告げる。


 「いいから早く行こうよ!広場まで少し遠いんだから!」

 

 無邪気に腕を引くジェメドに、何が何だか分からなくなった。

 頭の中がごっちゃになって、ラノンやジョンハットが頭に過ぎる。

 キノの腕を一生懸命に引く手には、町長のものであろう血液がべちゃりと張り付いている。ぬちゃぬちゃと気色の悪い音が、キノの内に張り巡らせられる。


 「もう!どうしたのキノ?」


 ふと、見てはいけないと思った。ジェメドを見たら呑まれてしまうような気がして、横に目を逸らす。

 逸らした場所には、先程まで快活に喋っていた町長の体が倒れている。横には、生首が落ちている。

 体と生首は、雑草の生えた地面を血で浸していく。影のように伸びていく血液達は、無機質にその範囲を広げていく。


 「おぇっ....うえぁっ」


 状況に慣れてきた時には、嘔吐していた。全身が重くて、とても気持ち悪い。自分の体がゆっくりと融解していくような感覚がキノを襲った。


 「かっ...おぇ..」

 「大丈夫?!」


 吐いている時間はない筈なのに、身体が言うことを聞いてくれない。

 この場に居たくない。何処でもいいから離れたところへ行きたかった。

 背中をさするジェメドの掌は、悪を知らない無垢の手だ。それなのに、血に塗れている。

 町長を殺したのはジェメドだと思いたくなかった。


 「...何で殺した」

 

 自分の吐いたものを見ながら、独り言のように問う。呆けた心情で、己の惨事を理解しない少女に問う。


 「?何でって...町長邪魔なんだもん」

 「....」

 「私達外に出たいのに、毎回毎回さ、別にそれくらい許してくれてもいいのに」

 

 頬を膨らまして、可愛らしく唇を尖らせている。我儘に振る舞う彼女は、どう見ても状況に即していない。人を殺しておいて、どうしてこうも自然に見えるのか。親近感が湧くのか。

 ジェメドは自然に、いつものように、可愛らしく臍を曲げている。


 「大蛇が動けなくなれば、私達きっと外に出られるよ!ねぇ、褒めて褒めて?」 

 

 かと思えば、感情忙しくジェメドは笑う。子犬のようにしっぽを揺らして、頭をこちらに差し向ける。

 キノが撫でてくれると本気で思っている。よくやったと、キノが褒めてくれると本気で信じている。


 「お前は、なんてことをしたんだ」

 

 口をついて出たのは、至極当然の言葉。常人ではない行動を、理解の出来ない常人の反応。


 「狂ってる...こんなことするなんて」


 俺も何をされるか分からない。毎日顔を合わせていたはずの可愛らしい顔は、まるで悪魔のように悍ましく思えた。


 「く る っ て る...?」


 ジェメドは顔を上げて、彼女とは思えない澄んだ声でキノを凝視する。見開いた目の底はただ黒く、光は無い。黒い瞳は揺れ動き、動揺するのを押し隠すように、身体は固まっている。


 「殺しちゃ...ダメだった」


 まるで自分に言い聞かせるように呟いて、ジェメドはゆらゆらと体を死体に向けた。豪快で精悍で、頼もしかった町長は、ジェメドの一振りによって簡単に殺された。生気のかけらも無く、ただぽつねんと草むらに置かれていた。

 町長の死体をこともなげに見つめるジェメドは、キノには聞こえないような声で何かを呟いている。黒い瞳は虚ろになって、死体を観察するようにしゃがんだ。

 やはりぶつぶつと、何かを言っている。両手を地面に乗せて、死体を観察していた。


 「わああああ!!」

 「なに、あれ...?!」

 

 遂に他の人間に見つかった。他人事のように思いながら、キノは置物のように何もせず、事の惨状を見守っていた。

 異常な空気に、肌が慣れてきたのだろうか。ぶつぶつと呟いているジェメドの声が、途切れ途切れに聞こえる気がした。

 

 「町長は...家族が大好き...口癖が...ある。..よく、笑って、皆の...お父さん」

 「そこで何をやっている!?」

 

 叫び声のような大声が、ジェメドの呟きを遮った。道の奥から、ハロドラがやって来る。広場の警備をやっている男で、今日は非番なのか、軽装に身を包んでいる。


 「...?!」


 目の前に広がる状況をすぐに察したハロドラは、ポケットに手を突っ込んだ。その間にキノと目線が合う。自分がどんな表情をしているのか分からない。ただ視線の合ったハロドラは、より一層引き締まった顔つきになった。

 ピーーーーーーーーーーーー

 刺すような甲高い音が、この場に広がった。音が大き過ぎて、思わず耳を塞ぐ。方舟の全土に広がる勢いで、ハロドラのホイッスルは音を出す。


 「キノ!何があった!そこの死体は何だ!」

 

 キノに素早く駆け寄ると、背中を掌に押し付けた。ホイッスルの音で状況が少し晴れて、救けが来たことを理解した。

 

 「ジェ、ジェメドが...」


 それでも口は回らずに、あと少しのところで舌が追いつかない。

 

 「ジェメド?お前は何を..っ?!」


 ハロドラがわかる筈も無かった。

 ジェメドが町長の首を刎ねました。

 そう言っても分からなかっただろう。ハロドラが来た時にはもう、何もかもが変わり果てていたのだから。

 ぐちゅぐちゅというような気色の悪い異音が、その体から流れている。

 いたいけな少女はその面影を一切残さない。体の一つ一つの粒子が意思を持って動いているようだ。己の体内を掻き混ぜているような光景が、キノの視界を覆っている。


 「町長..?」

 

 目の前には、死んだはずの町長が立っていた。いつものような笑顔で、キノ達を見下げている。


 「ガハハハ!そんな怯えた目で、お前らどうした!」

 

 自信満々に、町長は言った。

 隣にある町長の死体を見ながら、キノは確信する。

 ジェメドは町長になったのだと。


  ◯


  「それが、地獄の始まりさ」


 訥々と語るアラギラを、一切の姿勢を崩さずに聞いていた。語られる事実に、何と言っていいのか分からない。

 

 「町長に成ったジェメドは最初に、その後来た警備達を殺したそうだよ。隣に町長の死体があれば、そりゃ疑うさ。ちょっと強気に出たら殺された。キノとドラは、逆らわなかったから見逃されたのさ」


 アラギラの背が一層丸くなった。俯き加減に机を見つめながら、腕を組んで机にくっつけた。


 「本物の町長の死体、警備達の死体は大蛇様の中に埋められた。あの子は信じられないことに、大蛇様をも操って、方舟を支配した。こちとらたまったもんじゃないさ。何せ町長が、気に入らない人間を殺すようになっちまったからね」


 皮肉に片方の口端を上げながら、アラギラはナキを見る。自虐するような話し方に、思わず俯き目を逸らす。カラカラと笑った後、アラギラは話を続ける。


 「死んだ人間は大蛇様の中に埋められていったよ。私ゃそれを見ながら、腰を抜かして地面に倒れることしか出来なかった。魑魅魍魎の方舟を、ひいひい言いながら怯えることが、私の精一杯だった」

 「ジェメド...」

 「あっはっはっ。信じられないだろ。顔も声も全部一緒だよ。口惜しいけど、誰も見分けなんてつかなかった」

 

 過ぎた事のように笑うアラギラは、どこか侘しさがある。乾いた笑い声がよく聞こえて、一層何も言えなくなった。


 「あの子が私達を殺して、殺して、殺した末に残ったのが、私らだよ。血が溢れ過ぎて、地豚は病気で、草花は枯れ果てた。食べるものもなくなった。こんな少人数では広過ぎるって、あの子は大蛇様を操って方舟自体を小さくした。...今もあの壁や地面の中には、死んでった奴等が五万といるのさ」


 ふうと、椅子に背を預ける。一息ついたというように、アラギラは顔を天井に上げた。吊られて天井を見ても、質素な色の木のような創造物があるだけだ。見ているだけで、漠然とした不安感が過った。


 「私達は諦めた。七年間、うだうだとつまんないこと考えながら生活してたよ。私ゃまだ良いよ。こんな老耄一つ不幸になったって構やしない。...けどねぇ」

 「....」

 

 アラギラは窓の外を見遣った。ナキも同じだ。心配なのは、カラクレ達だ。


 「あの子達にとっては、今の生活が普通なのさ。元気が無かったのは、大人達を見て育ったからかね。でも、あんなめんこい姿見せられたらさ」

 

 口端を弧にして、アラギラは覚悟したように笑う。炎のように揺らめく瞳がナキを映し出す。闘志の滾った様相に押されるように、ナキの気持ちも燃え上がる。


 「諦めるわけにはいかんよね」

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