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創造世界  作者: ナンパツ
第二章 ガランの方舟
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第二十一話


 翌日。翌々日。その翌日も。そのまた翌日も。ジェメドは忘れていた。

 革命団の解散という事実を、完全に忘れていた。

 まるでループしているかのように、扉の前に少女がいる。少女は立ち上がって言うのだ。


 「今日はやるの?」


 最初は巫山戯ているのだと思っていた。キノを揶揄って楽しんでいるのではと思いながらも、そうは思えないのだ。

 一挙手一投足を見ても、以前のジェメドと変わりなく、明るく無鉄砲な彼女だった。

 だが、ループされるような光景を見ていると、流石に怖くなってくるというもので、ラノンにも相談をした。

 ラノンを入れて会話をしても、革命団は解散したのだと言っても、翌日にはそれを忘れて、扉の前に現れる。

 ジョンハットを加えてみても、それは変わらずだ。考え得る限りの知り合いに話しても、ジェメドの狂気が認知され出して、二週間が過ぎようとしていた辺り。

 キノはジェメドと空き地にいた。ジェメドはわくわくしているのだろう。楽しそうにゆらゆらしている。

 

 「で、今日はなにやる?」

 「ジェメド。もうやめろ」


 青い顔で、キノはジェメドを凝視する。キノを見つめる目には、疑いのかけらもなく、焦燥のかけらもなく、狂気のように純粋だ。


 「何?急に」


 可愛らしくこてんと小首を傾げる彼女を、初めて憎らしいと思った。


 「こっちの台詞だ。急に何だ?悪戯のつもりか?革命団をやめるって、突然言ったことを怒っているのか?」

 「え?やめる?」

 「ああそうだろうな。お前は忘れるんだ。その場では驚くけど、翌日になったら綺麗さっぱり覚えていない」


 扉を開けたキノをいつも通りに挨拶すると、血気盛んに捲し立ててきた。

 ジェメドの視界は、脳の認識は、そういう風にしかならないらしい。

 ジェメドの母親が言っていた。

ーー「キノ君。ごめんね。もしかしたら、うちの娘とはもう関わらない方がいいのかもしれない」

 「..どういう事ですか?」

 「...娘は、貴方のことが好き過ぎる」


 気不味そうに目を逸らしながら、ジェメドの母は告げた。

 まるでそれが悪い事のように、危機を宣告するかのような重々しさだった。


 「あの子のこと、分かってなかったのかもしれない。私があの子のことを、理解してなかったの」

 「いや、だから...」

 「違う。理解出来なかったの。私があの子を天才にして産んでしまったから」

 「...」


 ジェメドの母、マリアは、今まで見たことのないような焦りの表情で、地面を見つめている。

 いつもの優しい笑顔、革命団で迷惑を掛けても、分け隔てなく接してくれたマリアの狼狽に、背筋がぞくっとするような、手を出してはいけないものに手を出したみたいな、得体の知れない恐怖が漂う。


 「革命団は、もう辞めたのね」

 「..はい」

 「そう」


 きっと、家でも何か異変があったんだ。でないとこんな態度にならない。娘に恐怖するようなことにはならない。

 マリアはすっと息を吸って、小さく吐いた。


 「距離を、取った方が良いわ」ーー


 「革命団を解散するって言ったから、こんなことになったのか?」

 「何を言ってるの?怖いよ、キノ」

 「お前は絶対に記憶してる筈だ。二週間前、革命団の解散を告げた。ジョンハットも了解してる。俺もだ」


 まるで可笑しいのは自分のようで、頭が痛くなる。  それでもキノが捲し立てるのは、ジェメドは絶対に覚えているからだ。

 視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。五感全ての出来事を、彼女は覚えている。彼女の人生に起きた全てを、彼女は覚えている。

 そんなジェメドが、革命団の解散なんて出来事を忘れる筈がない。

 距離をとる。どのみち無理だ。


ーー「ガハハハ!お前モテるのか!華だ!」

 「うるさいよ」


 あんなに迷惑を掛けたというのに、町長ガランは快く話を聞いてくれた。


 「やっと改心したと思えば、これまた厄介なことを持ってくるものだ。お前は疫病神だな!ガハハハ!」


 キノの頭を撫でながら、町長は愉快に笑っている。手が大きすぎて、キノの頭をすっぽりと覆っている。がさつなのか、痛いので撫でないで欲しい。


 「町長。娘はどうなっているのでしょうか。私にも分からなくって、一回、見てもらえませんか?」

 「ふむ..」

 「ガランさん。俺からも頼むよ」


 マリアの隣にいるのは、マリアの夫、ジェメドの父であるバリアードだ。下がった眉に、疲れたように隈がある。マリアの目の下にも、同じように隈が刻まれていた。

 キノも、以前のような元気は亡くなっていた。


 「そいつは、無理な話かもしれねえな」

 「..どうしてでしょうか」

 「いやぁ、話を聞く子にも思えないからな」

 「...じゃあ、どうすれば」

 「まあとにかく、一回会ってみるとしよう」ーー


 「どうして忘れるふりなんかするんだ」

 「忘れるって、何を..?」

 「っ..革命団は終わりだよ!昨日も話した!一昨日もその前も話したことだよ!毎回毎回!もう良い加減にーー!」


 革命団は解散した。外に出るという目標は諦めて、ここで大人しく生活していくと決めた。分不相応ってものを、キノは理解した。

 分かってくれないジェメドに、我慢の限界が来てしまう。

 

ーー「キノ。お前がやるしかねえ」

 「..やっぱり無理だった?」

 「無理だ。聞く耳持ちやしない」


 家に町長が来た。町長が家に来るなんて事は夢にも思わなかったのか、カチコチになったラノンが茶を運んで来る。動きが硬すぎて、気が軽くなった。


 「すまんな」


 ラノンの茶を一気に飲み干して、町長はキノを見つめる。


 「ジェメドちゃんはな、天才なんだよな。皆から持て囃されて、苦労はあった筈だ」

 「..そうだな」

 「マリアもバリアードも、革命団のことを話す時の娘は凄く楽しそうだった、だってよ」

 「...」

 「居場所がなくなったような心地なんだろうな。ま、俺には分からんがな。ガハハハ!ラノンちゃんおかわり!」

 「は、はい!」

 

 豪快に湯呑みを突き出す町長に、ラノンは慌てふためきながらも茶を淹れる。それも直ぐに飲んで、意外にも優しく丁寧に、机に湯呑みを置いた。


 「つまり、お前がやるしかないんだ!」

 「..どうやってだよ」

 「旗も綺麗に畳めねえ奴は、後の未来も畳めねえ!」

 「何言ってんだ」


 よく分からないことを言っている方舟の代表を見ていると、悩んでいることが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 そんなキノの様子に、町長は豪快に口端を上げる。


 「心が決まったら俺に言え!失敗したら俺が畳んでやる!」


 この町長は不思議だ。豪快でがさつに見えるのに、物を食べた時に口の周りに汚れは無いし、湯呑みだって静かに置く。

 丁寧で頼り甲斐のある町長。

 この時初めて、町長の町長たる所以を見た気がした。だからこの人は人気があるんだろうな。


 「俺には無理とか言ってた癖に」

 「ガハハハ!何とかなるさ!」ーー


 町長を思い出して、勢いのままの言動を制した。言った言葉は戻らない。

 傷付けた事実は変わらない。今のキノの一挙手一投足全てを、ジェメドは一生忘れられないのだろう。

 自分が大好きな人間の拒絶を、忘れられないのだろう。


 「ご、ごめんジェメドーー」

 「何で...」


 ジェメドの声は震え出す。泣き啜る音が、静かな空間にこだまする。

 

 「何で、怒ってるの?キノの、言ってる、こと...っ、分かんないよ....!」

 「ジェメド..?」

 「私、ただ..!革命団のこと話しただけじゃない!」

 

 ジェメドは泣いていた。涙を流して、鼻水まで出ている。顔をくしゃくしゃにして、キノを凝視する。赤く充血した目は、本当にしか見えなかった。

 振りではないのだ。

 今この瞬間確信した。ジェメドは本気で、革命団は解散していないと思っている。

 理由は分からない。完全記憶を持っているのに、何故忘れているのだろう。毎日毎日顔を合わせて、革命団は解散したと告げているのに。


 「革命団は、解散なんかしてない!してないの!!」


 この時、あともう少しでも、向き合うべきだった。

 後悔している。胸に絶えず残り、一生の罪となった出来事。

 向き合っていれば、話していれば、違う未来もあったかもしれないのに。


 「...けんなよ」


 キノは、我慢が出来なかった。


 「ふざけんなよ?!どれだけ説明したと思ってんだよ!あぁ?!」

 「...キ、キノ?」

 「もううんざりだよ!口を開けば革命団革命団革命団!!記憶してんだろうよ?!いつまで馬鹿にする気だ?!」


 一度は口を噤んだ言葉も、抑えることなど出来なかった。一歩踏み込んで、力の限り声を出す。


 「俺が弱いからって舐めてんのか?!外なんか出られないのに夢見て滑稽だって、馬鹿にしてんだろうが!!」


 外に出たい。こんな所から出て、人生を謳歌したい。

 革命団のリーダー。そんな物をやっている間に、こつこつと積み重なってきた劣等感や現実感が、内から溢れ出す。

 

 「お前がいなきゃ町長は手すら出して来ないだろうよ!俺が弱いからだよ!外なんか出られっこ無いって!絵空事だって!!」


 外に出たい。

 醜い心象を吐き出したところで、残った思いはただただ虚しい絵空事。

 実力のない未熟者が夢見た幻想は、未だこの身に残っている。

 外に出たい。

 無理なことだということを理解した。だから蓋をして、一生蓋をして、ここで生きると決めたんだ。

 なのにお前はどこまでも絵空事を突きつけて、未熟者を刺激する。

 革命団。自分の力だと思っていた。自分がここの中心なのだと思っていた。

 ジェメドと話していくたびに、ジョンと話していく度に思い知らされる。

 俺は、外を見たいのではなくて、外に出たかったんだと。

 この日々に退屈をして、ただただ漠然と抜け出したかっただけ。

 分かりやすい抜け道は、地上という言葉。

 それだけなんだ。

 諦められるくらいの夢だということだった。ジェメドやジョンが本気でなくたって続けられる夢だったんだ。


 「..お前が続けるなら、それで良いよ」

 「キ..ノ...?」

 「一人で勝手にやってろ」


 燃え尽きたように、キノは俯いた。前のジョンハットのように、ジェメドの横を通り過ぎる。一瞥もせずに、足を進める。


 「ま、待って!待ってキノ!待って!!」


 生まれて初めて無視をした。泣き叫ぶジェメドを振り向くこともせず、空き地を出る。

 口を引き結び、視線も合わせない。見ないし話さないし、聞こえないふりをした。

 

 「あ、ああああっ...!!」


 慣れないことをしながら、慣れた道なりを行く。視線をどこに向ければ良いのかわからない。歩幅が均等なのか、ちゃんと歩けているのか、くだらないことに目を向けた。


 「すまああああああん!!!」


 空気が揺れる程の大声が、天から降ってきた。同時に、ばしいいいんと、地面が叩きつけられる音がする。

 見れば、町長が、飾りたくなるくらいの土下座をお見舞いしていた。


 「キノぉ!俺が悪かった!悪かったから振り向いてくれぇ!!」

 「いや、振り向いてるよ...」

 

 爆発したみたいな音がすれば、誰だって振り向くだろう。振り向いた先が巨漢の土下座だなんて、凝視せざるを得ない。


 「何してんの町長」

 「お前とジェメドの仲直りは、こんな所で終わっちゃいかぁん!!」


 土下座のまま顔を上げると、妙に覇気のこもった顔が張り付けられていた。不恰好な形でなければ、大人でさえ恐れてしまいそうだ。

 呆気に取られていると、町長は立ち上がり、豪快にキノに歩み寄る。

 正気になると、一歩後退る。地面から影が伸び、気が付けば町長に腕を掴まれていた。

 

 「ちょ、やめろって!」

 「ガハハハハ!お前も可愛い子供だったということだ!」

 「なんだよそれ!」


 力が強すぎて、子供のキノでは敵わない。創造を使えば取り払えるだろうが、それも一瞬だろう。

 こんな力で、どうして外に出ようと意気込んでいたのだろう。

 ずしずしと、来た道を戻らせられる。町長の分厚い腕は、強引に、けれど優しくキノを連れて行く。


 「...うっ...っ」


 溢れ出る涙を腕で止めようと、懸命に目を擦っている。涙なんて求めてもいないのに、だらだらと流れてくるのだろう。

 小さな少女は、独りぼっちで泣いていた。


 「キノ」


 隣の声が聞こえなくなりそうなくらい、目の前の少女は痛ましかった。

 キノ自身がジェメドを泣かせてしまったことを、抱えきれないほどの、胸が張り裂けそうな程の苦しみが襲い出す。ひやりと背筋に亀裂が走り、心臓の音だけが聞こえていく。

 

 「行ってやれ」


 分厚い掌が、キノの背中にぽんと打ちつけられた。掌の温かみで、凍結した血が流れ出した。

 打ち出された勢いのまま、キノはジェメドに抱きついた。


 「ごめん!ごめん...!ごめんなジェメド!!」

 「うぅ....あぁっ..」

 「ごめん...!ごめん...!」


 謝ることしか出来ないのが歯痒かった。過去を遡って、やり直したかった。

 胸の中にうずくまるジェメドは、未だ啜り泣いている。泣かせてしまったのは、キノのせいだ。


 「キ、ノっ...うっ..」


 ジェメドの腕がキノの腰に回る。キノのことを認識してくれたようだった。

 あんなに酷いことを言ったのに、それでもジェメドはキノを求めている。捨てられた子犬のように、延々と泣いている。


 「ごめん..!ごめんな!」

 「うあああああああぁん!!」


 キノはただ、謝ることしか出来なかった。


  ◯


 「いやはやどうなることかと思ったが!」


 快活明瞭に、町長は二人を見下ろした。上機嫌に腰に両手を付けている。

 まるで審判のように、二人の動きを見ている。

 かくいうキノは、ジェメドと向かい合い、お互い正座の形で、空き地に座っていた。


 「一旦は大丈夫そうだ!ガハハハハハハ!」

 

 やはり快活に笑う町長とは対象に、キノの両眼は涙に暮れている。ジェメド同様、思考が中々回らない。

 

 「なぁジェメド」

 「..うん」

 「お前なりに、考えがあったんだよな」


 気持ちを使い切った後は、胸がすっきりと軽くなる。すっきりと軽くなった後は、素直になれる。


 「教えてくれ。俺も全部話すよ。お前が良かったらだけど」

 「そんなの、良いに決まってる!」

 

 前のめりになりながら、ジェメドは答える。涙は拭いてあるが、鼻水はまだ垂れている。

 そんなジェメドがおかしくて、思わず笑ってしまう。

 

 「町長も、ありがとう」


 ジェメドと仲直りが出来たのは町長のお陰だ。町長が空から土下座をしなければ、キノは後悔していたに違いない。眠れない夜を過ごして、翌日も、一生消えない後悔を抱えていたかもしれなかった。

 町長は腕を組み、満足げに笑う。

 

 「仲直りというのは...実に華だな!ガハハハ!」

 

 この町長あって、この方舟なのだろう。皆が笑顔で、仲良く生活している。

 外になんか出たくなくなるくらいの魅力が、きっとここには詰まっている。

 なんだか前に進めるような気がして、気持ちが清々する。心が吹き抜けに心地よく吹いて、溜まった埃がなくなっていく。

 

 「だが、お前たちはここからが正念場だ!仲直りしたからといって、油断してはならない!何故ならばーーー」


 清々しい気持ちは、キノを前向きにしてくれた。きっとこの出来事は一生忘れないだろう。

 ぱし。

 この時はまだ高揚に塗れていて、気付かなかったのだろう。

 音がしたと同時、キノの瞳孔が大きく揺らぐ。

 町長の生首が、地面に落ちていたから。

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