第二話
十二歳になると、人生の最初の分岐点がある。なりたいものに向けてそのまま学舎で勉強するか、想起士になるか。ナキは当然、想起士を選ぶつもりだ。
想起士。一つは単純明快、街の警護をする。街を巡回し、悪物に警戒するのが主な仕事だ。王律に背き、悪魔に成り果てた人間を始末することもあるが、そんな事は一年にあるかないかだ。ただこれはユアンのような貴族が取り仕切るところであるから、平民のナキにはよく分からない。
二つ目は、国外警備。これも悪物を警戒する。守護神と共に国を守り、守護神を遣わして、悪物の巣の殲滅などを行ったりする。直近では、翼を持った象の大群を殲滅した。醜神バマラッタと想起士一千人の隊が行き、約五百人の想起士が死亡した。悪物には、災害のような悪物がいる。
想起士は、人数が必要なのだ。
「昔々、大陸中の人々は争い合っていました。争いの火種となった人々は、悪魔と契約し、善良な人々に暴虐の限りを尽くしたのです。動物は悪物と化し、大陸中は焼け野原になります。善良な人々は諦めました。このまま生き絶え、人生が終わってしまう。そんな絶望の最中、それは現れたのです。天界から光が出現したかと思うと、かの神、ロジバルトが舞い降りました。ロジバルトは争いの火種である人々を蹂躙し、国を創りました。それが、ここ、ロジバルトなのです」
生まれた頃から聞かされる伝説の神話。最初は理解出来なかったが、その後幾度となく聞かされたことで、今では暗唱出来る程になっている。
「どう?」
「んー...ちょっと棒読み」
「え、なんでよ!」
「何でって言われても」
「馬鹿耳」
そう言って、隣の女子生徒はまた暗唱を繰り返す。棒読みは、まだ治っていない。
それを横目に、ナキは透壁を創造しては元に戻し、創造しては元に戻しを繰り返している。
透明な壁。省略して透壁だ。ナキ達にはそれぞれに合った創造物がある。ナキにとってそれは透明な色をした壁であった。この自分に合った創造物を如何に早く見つけれるかが、想起士になれる可能性を高くしてくれる。ナキは早くにそれを見つけた。
自分に合った創造物というのは、それだけで自分を強くしてくれるものだ。どう戦うか、どう創造するか、それが手に取るように分かる。
ナキ達はあらゆるものを創造出来るが、自分に合わない創造物は、突き詰めても、精々実際の物と同等かそれ以上の性能にしかならない。
ナキの透壁であれば、岩を軽々切ってしまうジキラの真剣でさえ傷ひとつつかない。
その代わり、攻撃力には自信がない。ナキの創る透明な剣は、実際の剣と大差ない切れ味だ。でも、それで充分だ。想起士になれない理由にはならない。
隣の女子生徒が気になった。
「なあアイザ、お前、教師になるんだっけ」
「え?何急に」
「別に。気になっただけだけど」
「えー?」
きょとんとした顔で、アイザは顔を上に向けて考える。両手を机に広げて、両角を掴んで伸びている。あまり、考えていなさそうだ。
「多分?」
にへらと笑うその顔には、何の逡巡もないように見えた。なんだかそれが苛々して、思わずむきになってしまう。
「だから棒読みなんだよ」
「ん?んー...ほんとだ。凄いねナキ。そんなことに気がつくなんて」
「....」
アイザは何の衒いもなく、ただ感心しているようだ。
「私の実家はお兄ちゃんが継いでるしね。ヨライアフ先生見てたら、それで良いのかなって。それに、どんな仕事も国の為になるから」
「...確かに」
むきになってしまった罪悪感が、どうにも居心地悪くなる。顔を背けて、回りくどい言い訳のようなものを言ってしまった。
「本当に、このままでいいのかな」
「このままって?」
「あ、いや...」
思わず言ってしまった言葉に、ナキは閉口する。皆の空気を背くことはやってはいけないと、ユアンからもキツく言われているのに。
確認するようにアイザの顔を見ると、変わらず気ままな顔で何かを考えていた。
「確かに、私もたまにね、このままでいいのかなーとか、考えることはあるよ?でもすぐに消えちゃうんだよねぇ」
「...そうなの?」
「うん。ラーちゃんも、ミっちゃんも同じ。お腹空いてる時とかになるかなぁ?」
「...俺も、すぐ消えるんだ」
「えー。ナキは消えてないでしょ」
「そうかな」
変わらないアイザの反応に安心しながら、思わぬ共感を得られたことにささやかな幸福を感じた。
「ジキラはどうかな」
「知らないよ。仲良くないもん」
それもそうか、と思いながら、各々の時間に戻る。仕事をするのは、全ては国の為だからだ。考えても仕方がない。王律法に遵守していれば、国民は生活出来る。全ては、王や貴族達が決めてくれるのだから。ナキ達はただ、国を守る土台となれればそれで良いのだ。
◯
「卒業試験をやります。名前を呼ばれた生徒は隣の教室に来てください。最初は...」
生徒の名前を呼んで、先生は隣の教室に行く。生徒も緊張した面持ちでそれに倣う。その顔に感染したように、クラス中が緊張の空気に支配された。
「流石に覚えているとはいえ、緊張するな」
「だねー」
「まあ、今年は危ない奴はいないからね」
今年のナキ達生徒達は十一歳か十二歳。学舎を卒業する年頃であり、卒業するにあたって卒業試験というものをする。それは至って簡単で、王律法を暗唱するだけだ。
王律法は、王や貴族が定めた法であり、これに従わないと、ナキ達は自責の念や、周囲の目により悪魔となり、自死を決断してしまう。
つまり、これを卒業出来なかったら、死んでしまうということだ。
実際にこの学舎では、三年前に三人の生徒が、一年前に二人の生徒がこの卒業試験を不合格になったことで、悪魔となり死んでしまったのだ。王律法は、それだけ覚えていなければ、この国に多大な影響を及ぼしてしまうということだろう。当然、覚えていさえすれば良いというものでもない。仔細に理解し、賛同しなければ、この卒業試験は合格することが出来ない。
「ナキ君。次だよ」
それまで呼ばれていた生徒に呼ばれ、席を立つ。割と緊張はしていないことが肌で感じれて、少し安心する。
扉を開いて、隣の教室に入ると、机を挟むように椅子が二つ置いてある。向こう側に、ナキの教師であるヨライアフ先生が、柔和な表情で、こちらを見つける。
右奥の壁に立っているのは、貴族のアイオネア・ミリオン様だ。その両傍らには、二人の一般想起士が、ミリオン様を守るように立っていた。そんな中、ミリオン様がこちらをちらと見て、笑顔で会釈をする。慌てて背筋を立て、お辞儀した。
貴族から最初に挨拶させてしまったことを悔いながらも、お辞儀しながら恐る恐るヨライアフ先生に目を向ける。
「さ、座って」
「は、はい」
素直に椅子に座ると、あるかないかの髭をさすってから、言った。
「それでは、卒業試験を始めます。王律法を暗唱して見せてください」
「はい」
言われたすぐに、王律法を暗唱する。法というには割りかしに短く簡単な、破っては行けない規則と呼んだ方が良いような内容であるので、暗唱は簡単だ。三分程それを暗唱して、全部を言い切ると、少しの間沈黙が流れた。ヨライアフは沈黙を破って、柔和な笑顔に戻る。
「有難うございます。では、最後に。ナキ君は、王国ロジバルト、王について、どのように考えますか?」
それは、答えの決まった質問であった。食い入るように、すぐさま答える。
「俺達を守ってくれる希望の神様です。俺は、想起士になって、王に少しでも力になりたい」
それは、まごうことなき本心だった。
ヨライアフ先生の柔和な笑顔は、頷くなり、一層柔和になった気がした。
「次は、アイザさんです。呼んできてもらえますか?」
席を立ち、ミリオン様に精一杯の会釈をして、教室を出た。
◯
卒業試験は無事に終わり、残すところは一ヶ月の休暇だ。この休暇が終わったら、ナキは想起士になる為の訓練をニ年間積んだ後、晴れて想起師になれる。
「ナキ、どこか遊びに行こうよ」
「うぉ..!」
そよ風が心地いい丘の上に寝そべっていたナキの視界に、ばっと何かが降ってきた。
「あと一ヶ月でお別れだから、ぱーっと散財しようよ」
「アイザ」
長髪の赤髪を垂らしながら、大きな目でこちらを見つめている。屈託のない笑顔は、ナキの心を明るくしてくれる。
「色々変わるしな」
「うんうん。ついでに私の為に、何か買ってくれても良いよ」
そうして、商都にやってきた。商都ミネア。ロジバルトの全国から商材が集まり、ナキ達の住んでいる東区フィルナンシアの大市場である。首都ナンシアとは隣り合っていて、近場ではあるが、足を踏み入れたことは少ない。ナキとアイザは豊かな市場を見ると、顔を輝かせてはしゃいだ。子供の二人はあまり行ったことがないし、初めて子供達だけで行ったのだ。気分が上がらない筈がない。
「すごい!見てみて!羽がついた鍋!」
「...これ、何に使うんだろう」
王都の人々が一挙に集まる、煌びやかな商店街で商品を見ていると、アイザは見る物全てに目を輝かせていた。先程までナキもその調子だったが、次第に落ち着いてきた。羽が付いた鍋など、本当によく分からない。
「お嬢ちゃん。それお得だよ。俺の失敗作だ」
「失敗作?」
「ああ、取手じゃなくて、羽根付けちまったから、半額だ」
「ふーん。じゃあこれ買わない!」
こんな感じの不毛なやり取りが、かれこれ数十回続いている。よく疲れないなと思いつつ、アイザの笑顔を見るたびに、心が安らいだ。
周囲を見渡してみると、その喧騒にいくらか恐ろしくなった。老若男女が往来を渡り歩いている。芸者の芸に見物人がお金を落としている。看板娘に鼻の下を伸ばしている強面のおじさんや、座卓を囲んで、楽しそうにご飯を食べている四人家族。ナキの地元では見たこともないような服装のお兄さんお姉さん。色取り取りの人々を見るだけで、世界が広がったような感覚がした。
ふと、左手にいる男女が目についた。男女は何かを買っている。よく見ると、手袋のようだった。看板に、大人になっても使える!伸び縮みする新手袋!と謳ってある。
そこで、アイザの言葉を思い出す。
ーー「うんうん。ついでに私の為に、何か買ってくれても良いよ」
「これでいいな」
我ながら女子にあげるにはどうなのかなどと思いつつ、手袋を背嚢に入れた。
「ナキナキ!じゃん!」
「うぇ!!なんだぁそれ!」
アイザの声に振り返ると、鬼のような形相の、獅神ライギルドがそこにいた。どうやら、仮面のようだ。守護神様とはいえ、鬼のような形相ともなれば、流石に吃驚してしまう。
ナキの反応に満足したのか、仮面を取ると、アイザが楽しそうに笑っている。
「これ、あげる」
「え?」
「ナキに合ってるよ?」
「いつも怒ってるってこと?」
「ぐつぐつ何か疑ってるみたいな!」
どういうことだろう。アイザのナキ像が分からない。やはり、アイザに教師は向いていないんじゃないか。
そんなことを思いつつ、先程背嚢に入れた手袋を渡した。
「手袋?」
「そう。大人になっても使える!って書いてあったから」
なんだか小っ恥ずかしくなって、声が小さくなってしまう。こういうのは、向いていないのだろう。
ちらと薄目でアイザを見ると、じっと手袋を凝視している。段々不安になってきて、本格的に後悔し始めた。
「わ、分かってる!そんなこと分かってるんだ!」
「え?」
やはり、もっと吟味すれば良かったのだ。大人の男女が買っていたから、ついつい買ってしまっただけで、もう少し時間があれば、ナキだって無難なものを買えた筈...。
「俺だって、もう少し時間と余裕があれば、アイザが木っ端微塵になるくらいの物を選べてたんだよ。なにも、手袋で終わるってわけでも無いし、そ、そうだ。今度はアイザが欲しい物を買おう。お小遣いはまだたっぷりあるし、アイザはもう使っちゃってるだろうしーー」
「え、なんで?ありがとう!」
「...え?ああ、そう?」
案外嬉しそうな反応に、若干の不安はあれど、何とかなったことに安堵する。取り敢えずは、面目を保てたようだ。やっとこさ落ち着いて、いつもの調子に戻ることが出来た。
「俺が想起士になったら、また来よう」
「いいね。約束。次はもっと良い仮面あげる」
「要らないって」
笑いながら、アイザのくれた仮面の肌触りを感じる。仮面は良い木造りで、これであれば壊れる心配はないだろう。
ナキは、意外にもこの仮面が気に入ったようだ。




