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創造世界  作者: ナンパツ
第二章 ガランの方舟
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第十九話


 「は?」

 「ロジバルトにいた頃は、何も考えずに生きて来た。王と貴族の言う通りにすれば、何もかも上手くいくって、そう思い込んでたんだ。正直、今も拭いきれないけど。...で、一ヶ月くらい前に、俺の世界は崩れた。もうあり得ないくらいに」

 「いや、ちょっと待って」

 

 ガランは慌てたようにナキの話を遮ろうとするが、強行突破だ。

 キノは昨日約束した通りに、静かに話を聞いてくれている。有難い。


 「空から人間が来たんだよ。ここみたいに化体を操って空で生活してたんだと。それがルフリア達だ」


 ガランの口が開く。先みたいに、遮ろうとするのだろうか。そうでなくとも、ナキの言いたいことを言わせてもらう方が先だ。

 ガランを見据えて話し続ける。


 「落ちて来たのは人間なのに、どういう訳だか俺は、そいつらが悪魔に見えたんだ。俺達と身形は変わらないのに、どういう訳だか化け物に見えた。俺達はそいつらを殺して、殺して、殺しまくった。血を浴びながら、役目を果たせる喜びですらあったんだと思う。見習いだったけど、俺もそこに参加した」

 「....」

 「そこで、人を殺した。嫌な気分だった。醜く叫ぶだけの化け物だと思っていたら、そいつは喋ったんだ。糞がって、ちゃんと聞き取れる言葉で喋ったんだよ。仲間を守ったはずなのに、良いことをした筈なのに、残ったのは人殺しの感覚だけだ」


 ガランの顔がよく見えない。見えるのは質素な土色の床だけ。ようやく自分が俯いているのが分かって、頭を上げる。ガランは静かにこちらを見ていた。


 「その後さ、リリーと一緒に逃げたんだ。そしたら仲間だった筈の想起士二人に殺されかけて、次はそいつらがルフリアに殺されてた。仲間だった奴等が殺されてるのをみてさ、怖いって思ったんだよ。殺されてることにじゃなくて、殺されてるのに、あいつは幸せな顔してたんだ。お腹に穴が空いてるのに、王よ、王よ、って呟いて、頭がおかしいって思った」

 

 聞いてくれている。少なくともガランは、冷たい人間じゃない。会って三週間そこらのナキの一方的な話を、黙って聞いてくれている。ガランは優しいんだ。優しいから、王様も、レディもキノも、カラクレ達も手放せない。現状維持しかないんだ。


 「つい何日か前まではロジバルトにいたのに、なんでこうも感覚が変わったんだって思った。すると不思議なもんでさ、今の方がずっと気持ちが良いんだよ。あんなことがあったのに、あんなことをしたのに、何でなんだろうな」


 声が震える。けど、言いたいことは決まっている。


 「...知りたい。俺に何が起きたのか。何をされてたのか。全部知って、その上で、自分の頭で決めたい。自分で考えて、動いて、俺は俺だって...思いたいんだ」


 息を吐く。ガランの目を見て、胸を張る。


 「だから、力を貸してくれガラン。あいつをどうにかしたいんだ」

 「無理だけど」


 即答だ。取りつく島もない答えに、返しに窮してしまう。


 「じゃ、いつも通りに」

 「それなら、理由を教えろ」

 「は?」

 「お前がどうしてそこまで協力してくれないのか、答えてくれなきゃ、俺はお前を説得し続けるし、お前はそれに付き合わなきゃならない」

 

 敵意剥き出しの眼光がナキを睨んでいる。今までに増したガランの感情に、思わず怯みそうになる。

 それを隠すように、ナキは口端を上げて、強気に表情を作る。


 「なあガラン。お前の話を聞かせてくれよ」

 「あのさ」


 ガランは頭布を押さえて、眉尻を下げた。口元は見えないが、にこりと笑顔にナキを見る。


 「無理だから」


  ◯


 住民は、三回の食事と、各々の係を全うする。そうしてここの生活が回っている。三回の食事と係業務以外には、皆自由に動き回れる。この時間帯だけは、遊んでも、昼寝でも、何をしてもいい。王様の価値に背かなければの話だが。

 王様とガランは、ここの村長的な役割を担っている。方舟の見回りをして、異常がないか監視する。あとは、食料調達の手伝い兼監視だ。

 基本的に王様は、家族に関することに全神経を研ぎ澄ませているようで、家族を軽んじることや、迷惑をかけてしまうことにとことん厳しい。そこに思い遣りを説くことが出来れば、例のキノのように、お仕置きで済むらしい。出来なければどうなるか分からない。どうなるのかは、ナキ達は見ていないので分からないが、最初の食事での王様の憤りぶりに、ただならないものを感じたのは覚えている。それにあの威力は、軽々と手を出して良いものじゃない。キノだから耐えれたのだ。


 「なやんでゆの?」


 厩舎近くの長椅子に座っているナキの膝上を、よちよちと男の子が顔を乗せる。

 悩んでいるナキを心配そうに覗き込むのは、ロドレー。

 リリーの背に乗ったり、鞍にぶら下がったりしているのは、ここの子供達だ。カラクレの他に、子供達は三人いる。ロドリーと、男の子のカジャク、女の子のキジャク。カジャクとキジャクは兄妹で、三人は、カラクレが連れて来た。偶にここに集まるようになって、今では賑やかな場となった。

 方舟に来た時とは大違いの子供達に、ナキも嬉しくなる。リリーのお陰で、四人の子供達は仲良くなっていった。


 「大丈夫だ。ほら、行ってこい」

 「うん!」


 賑やかで楽しそうな場所に居れば、ナキの俯いた気持ちにも折り合いは付けられると思って来てみても、中々思い通りにはならない。

 カラクレ達は直ぐにリリーと仲良くなった。こんな所だ。動物と戯れるなんて、今まで無かったんだろう。はしゃぐ姿を見て、己とガランを重ねた。

 仲良くなることまでは望まない。ただ、少しだけでも通じ合いたかった。自分の話をすることで、少しでも共感の欠片を掴んでもらえたら良いなと思っていた。結果は惨敗。笑顔は言葉通りの笑顔ではなく、拒絶の意味を込めた笑顔だ。


 「見る限り、普通の少年だな」

 「うわ」


 呆然と子供達を見ていると、隣に誰かが座っていた。誰かの背は曲がっていて、歳も相当取っているだろう。皺くちゃの顔が、重苦しくナキを見つめていた。


 「アラ婆さん..?」

 「いかにも」


 皺くちゃの皮膚を更に皺くちゃにして、アラギラは笑った。人の良さそうな温和な笑顔は、今のナキの心に安堵を感じさせた。


 「家、行こっか?」


 白い歯を見せて、アラギラは溌剌に笑った。住人とはこの三週間、あまり話したことは無かった。皆どこか意識がうつらうつらとしていて、人と話すことを忌避しているようだったからだ。

 食卓ではアラギラは、アラ婆さんと呼ばれている。確かセディアが言っていたのは、アラギラは住人の相談役で、実質の長はこの人らしい。


 「分かりました」


 よく分からないが、従った方が良さそうだ。


  ◯


 「あんたも災難だね」

 「...いや」

 「あの子が閉じこもってからもう七年だ。今更こじ開けようとしても、そりゃ一筋縄じゃ行かないよ」


 銀色の机に向かい合うと、アラギラは見透かしたかのように話し出す。無数の線が折り重なった手を重ね、そこに昔を投影するかのように覗き込んでいた。


 「昔は、人と喋る時はお茶が出たもんだ」

 「..すみません」

 「あっはっは。なんであんたが謝るんだい」


 朗らかに笑う姿に、なんだか気が緩くなる。ともかくは、敵対的な姿勢ではないようだ。


 「気持ちは分かるけどね、焦っちゃいけないよ」

 

 アラギラと目が合う。にっこりと微笑んで、ナキのよそよそしい態度を見守っている。

 ガランのことを知っているのだと思った。ナキの悩みを、このお婆さんは知っている。

 村長的な役割。実際には村長は王様だから違うのだが、そう呼ばれる程の大きさが、アラギラにはあるのだと感じた。


 「少し、昔話をするとしようか」


 アラギラは銀の机に両手を乗せて、曲がった背中を正すように伸びをした。窓から子供達の賑やかな声が、室内にこだまする。唾を飲み込んで、アラギラを待つ。

 ナキの顔付きが変わったのを見越してか、彼女の口は、重々しく開かれた。


 「昔は、こんな狭っ苦しい所じゃなくてね。老耄が道に迷う程度には広かったよ」

 「広い..?」

 「おうさ。人も多くて、私ゃ覚えきれなかったね」

 「そんなにいたんですか」

 

 この方舟には、多くの人が住めるような大きさがあるものだろうか。住宅街の他には、食卓や農地、果樹くらいしかない。空き地はあれど、多くの人を住まわすことは出来ないのではないか。

 そう急かすことでもない。そう言うように、アラギラは語る。


 「七年前の町長は、ガラン...青いマフラーを巻いてるあの子の父親だった。名前はガランだ。ややこしいけど、長の血筋はそれが習わしだったのさ。ガランという名前の者が、大蛇様を操ることができるってね」

 「...」

 「そりゃもう平和だったよ。今じゃ上から獣を狩ってるけど、あの頃は家畜で十分だった。大昔の祖先様が、大蛇様の中でも生存出来る家畜をつくってくれたのさ。果樹園も農園も、皆困るくらい余ってたさ」

 

 アラギラは懐かしそうに、右上の空を見る。なんとなく、幸せだったんだろうなと思う。


 「革命団、なんて騒がしいのもいたね。地上に出たい若いモンが三人。私たちは迷惑してた」

 「革命団..」

 「あんたの知ってる奴もいるよ?キノに、ジョン坊さ」

 「ジョンハットさんが..?」


 キノも驚いたが、さして今の印象とそう変わらない。さぞ暴れて、アラギラ達に迷惑をかけていたのだろう。キノは想像が容易いが、ジョンハットに関しては、全く想像がつかない。

 

 「その二人ともう一人、ジェメドって子が革命団なんて名乗って、ガランさんを困らせて、私もさ、そいつらが近くに来た時は怒鳴ったもんだ。ところがね?口を酸っぱくしても聞く耳持たないんだよ。ウルセェババア!俺達は世界を見に行くんだ!ってね」


 全くどうしたものか。アラギラは呆れたように嘆息するが、少し楽しそうでもあった。その表情が、ナキには哀しく思えた。


 「毎回毎回ガランさんに止められて、私らにも迷惑かけて、あの時は本当に、楽しかったんだろうね」

 

 アラギラの眉尻が下がり、灯火が瞳に映る。この家は木製のようだが、大蛇の創造で造られているので燃えることはない。

 楽しかったんだろうね。その言葉の意味を反芻していると、噛み締め、思い出すことを辞めたようにアラギラは呟いた。


 「その革命団の話なんだがね」

 「革命団..」

 「革命団の一人、ジェメドって子の話さ..キノはよく、革命団の天才児って喚いてたねぇ..何でも記憶することが出来るから、何でも出来るんだってさ」

 

 何でも記憶することが出来る。それは謂わば、完全記憶というやつだろうか。


 「明るくてよく笑う子だったよ。キノに懐いて、めんこい子だった」

 「キノに?」

 「そうさ。三人の子達が外に出ようとあちこち暴れて、ガランさんが呆れながら止める。あの子らが馬鹿をやってるのを見るのも私らの娯楽だったよ。..とまあ、ここまでが、私の思い出だ」


 一息ついて、アラギラは椅子に背を預けた。それでも曲がった腰は、アラギラの生きた年月を思わせる。


 「ここからは、キノの見た話さ」


 アラギラの瞼が少し下がる。影の刺した眼が、銀の机を見つめている。

 そんなアラギラを、ナキはじっと凝視する。今は、話を聞くことに全神経を注ぎたい。座り直して、アラギラを待った。

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