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創造世界  作者: ナンパツ
第二章 ガランの方舟
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第十八話


 キノの戦い方は、言うなれば暗殺者だ。なんと、壁を走れる。前もって足裏に創った針を壁に刺して、そこから鉤のような引っかかる形状に創り変える。壁に張り付く状態にするらしい。それを走るごとに創るので、張り付いて走る事が出来るという訳だ。キノにしか出来ない、神業だ。


 「あひょおおおお!!」


 二足歩行の羚羊は、自分の角を折って、剣のようにナキに斬り掛かる。角が斬り掛かる所で、円形の透壁を下からぶつける。角が跳ねられ、羚羊はもう一本の角を折る。斬るのは無理と判断したか、突き技でナキを貫こうとする。円形の透壁は小さくなり、羚羊の突きは見事に防がれる。小さくすればする程、硬くなり、壊れにくい。

 

 「残念だったぴょーーーん!」


 ナキの似合わない文言の後、キノが壁から飛び出した。羚羊に向かって、思いっきり蹴り上げる。足元の刃で、羚羊の首は切断され、死んだ。

 

 「おおお、すげえ楽だなぁ」

 

 着地すると、驚いたようにナキを振り返る。この四週間、ナキの透壁の扱いは、鰻登りに上がっている。当のナキは、王様もいないのにいらないことを叫んでしまったことを後悔していた。


 「強くなったぴょんねー?」

 「癖に、なってきてる..」


 死体の前に屈むナキを、キノは煽る。この四週間で、この男の感想は、うざい、これだけだ。


 「ほらほらガラン。強くなってるぴょんよー?」

 「...」


 頭布を巻いたガランは、キノを完全無視だ。通り過ぎて、ナキを一瞥する。


 「...」

 

 すぐに前を向いて、通り過ぎてしまう。ガランの機嫌は絶不調だ。前も似たようなものだったが、最近はもう一瞥だけだ。慣れて来たというのもあって、必要事項を話す必要もない。


 「俺ら嫌われてんなぁ」


 隣に立たれて言われては、ナキも同類みたいではないか。少なくとも、自分から嫌われにいっているキノとは一緒にされたくない。


 「一緒にすんな」

 「一緒だろ?」


 茶と灰の虹彩異色は、退廃的にナキを見つめる。

 

 「なんであいつのこと煽るの?」

 「面白いから」


 キノはとても楽しそうだ。人をいらつかせるのが好きなのかなんなのか、にやけた顔でナキを見ている。


 ーー「セディアでも駄目なのか?」

 「ガラン君、偉い子だったなー。これ以上は駄目みたい」

 

  セディアの陽気な会話術で住人の全員に話を聞いてみると、皆、王様については話したがらないようだ。セディアでも嫌煙されるとなれば、誰が聞いても中々きついだろう。

 

 「セディアさんと話す時、顔赤くなってるけど」

 「好きではあるけど、って感じなんですかね」

 「王様が怖いんだろう」


 なんせ口を開けば、何が起きるか分からない。王様の価値観に沿わないことはやりたくないし、やらせたくもない。住人からのナキ達の印象は、とても悪いだろう。


 「まあ、そりゃ怖いだろうねー。上がいかれてたらどうもしようもないし...あー!頭痛ーい!」

 

 頭をくしゃくしゃにして、流石のセディアでも駄目なようだ。ガランの信念は、セディアでも崩せないーー

 

 この四週間、ガランに声を掛けてきた。最初は会話らしい会話もしたことがあった。このまま仲良くなって、ここから出る手助けをと、思っていたのだが。


 「ここ、明日もガランだっけ」

 「そうだが」

 「先にガランと話したいことがあるんだけど」

 

 早くここから出なければいけない。

 その意識が、ガランを見ていなかったのだろうか。


 「作戦でもあんのか?」

 「いや、ただ話すだけ」

 「それは楽しみだ」


 キノはくつくつと笑って、閉まった扉を見る。扉がガランの背中に見えて、どれだけ心が遠いかを思い知らされる。でも、どうにかして開けないといけない。王様を止めるには、同じく化体を操るガランに協力して貰わなければいけないのだから。


 「茶々入れんなよ」

 「オッケーオッケー」


  ◯


 久しぶりに、良い夢を見た。アイザとジキラがユアンを説教していて、ユアンが泣いている。ナキはそれを見かねて、間に入ってユアンを庇う。ユアンはナキに縋り付いて、二人は以前ユアンを責めている。間に入ったナキは、精一杯取りなそうと苦労していた。

 こんなに晴れやかな睡眠は、初めてここで眠った時以来だ。苦労していた夢ではあったが、暖かくて、懐かしくて、とても楽しかった。

 ナキは寝ている時、ほぼ毎回夢を見る。そのほとんどが、よく分からない夢だ。全てが曖昧で、気付いたら知らない場所や、人が出て、知らない自分と話していたり、戦っていたり、独白をしていたりしている。

 夢の中の出来事は衝撃的なのに、何を見たのか、忘れてしまっている。

 覚えているのは、死にかけた時に見た、二つの夢だ。

 一つ目は、独白をする男。ナキではない筈なのに、あの時の気持ちが今でも刻まれていて、偶に自分が分からなくなったりする。

 二つ目は、少年が父親にロジバルトについて聞いている話だ。その父親はロジバルトが嫌いで、嫌々ながら教えてくれた。

 ナキの見る夢には、確実に秘密がある。恐らく、ロジバルトの秘密も、ナキの夢が鍵になる筈だ。

 この事は、ルフリア達には話していない。そもそも、何もかも曖昧で、分かっていないことを話しても、他人が分かる筈もない。

 信じて貰えないと思うし、ナキ自身が未だ信じていないのだ。それは夢のことでもあり、ルフリア達のことでもあるのだと思う。

 出自は別で、それも敵同士だった。イトはそれを許していないし、他の皆も本当は許していないかもしれない。許してもらおうと思うことも、甚だしい。

 ナキは、人を殺した。違う。人ではない、悪魔を殺したのだ。人間を、人間として見ずに、悪魔として殺した。

 その罪は一生消える事はない。


 ーー「人を知りたいと思うなら、まずは自分のことを教えるっていう考え方もあるんじゃないかな」

 「...声がでかいんだよあいつ」

 「それだけナキに興味があるっていうことだよ」


 学舎に入って二ヶ月が経ったにも関わらず、ナキは全くと言って良い程、周りの環境に馴染めていなかった。人との会話を拒否して、眉を寄せて仏頂面。人を寄せ付けず、ただ自分の居場所を守る事に必死だった。

 フィルナンシアが襲撃されたこともあり、大人達はナキの性格を同情した。両親を亡くして、心を壊してしまったのだと吹聴した。同級生には、不気味がられ、避けられていた気がする。

 

 「何でいつも一人なの?」

 

 こいつ以外は。


 「寂しくないの?」


 ナキの机の上に顔を乗せて、丸い瞳で聞いてくるのは、アイザという同級生の少女だった。二ヶ月もすると、このアイザと目が合うことが多くなった気がする。ナキは学舎では一言も喋らないので、今思えば寂しい勘違いだったのかもしれない。だが、事実アイザはナキに話しかけていた。


 「私はね。一人は寂しいと思うの。だって心が痛くなるでしょ?」


 塵を見るような目でアイザを見る。

 何だこの人は。気味が悪い。

 当時のナキにとって周りの人間とは、気味の悪い、理解の出来ない異物だったのだ。今となっては何故そんな偏った考えになったのか分からないが、とにかく当時は他人が嫌いだった。孤独だった。


 「別に、平気だし」

 

 嘘だ。学舎で一人でいるたび、動機がする。誰も理解出来ない、誰にも理解されていない感覚。先生がナキに同情する度に、恐怖が増幅する。一本道に歩かされるような有無を言わさぬ強制力が、ナキを蝕んでいく。

 家に帰れば、時偶にユアンがいる。非番の時には、家に帰ってくる。ユアンがいると安心して、心が落ち着く。ユアンがいるから大丈夫。そういって自分を落ち着かせていた。


 「私ね。昨日じっくり考えたんだけど、やっぱり一人は寂しいよ!」

 「...」


 周囲がこの場を観察している。アイザちゃんがこんなに構ってくれているのに、なんだその態度は。

 そう思っているんだろう。ナキからすれば、良い迷惑だ。

 

 「私が話し相手になってあげる!」


 アイザの花が咲いたような笑顔は、どこから来ているのだろう。こんな世界で、何故そんな顔が出来るんだ。

 それからも、アイザは屈託なく、嫌な顔ひとつせず、嫌な顔をするナキに声を掛け続けていた。ナキは無視するが、それでもアイザは話し続ける。


 「あいつが興味があるのは俺じゃなくて、皆の評価だよ。俺を餌にして、自分の評価を上げようとしてるんだ」

 「齢六歳にしてなんと卑屈な思考..」

 「あいつはあいつが一人になりたくないから、俺に声を掛けてるだけなんだ。一人で生きる勇気もない弱虫の発想だ」


 今にして思えば、卑屈過ぎる。ユアンの言う通り、六歳の考えることではない。

 こんな子供を養子にしてしまったユアンは、さぞ困り果てただろう。

 ただ、ユアンは貴族といえど、ナキと同じだ。両親を亡くし、フィルナンシア家の想起士も、執事も女中もすべてを亡くした。残ったのはユアンだけで、領主もアイオネア家に代わった。

 今はフィルナンシア、果てはロジバルトの英雄として名を馳せているユアンだが、ナキは親近感を感じていた。


 「その子がナキの言うような子だったとしてもさ」

 「...?」

 「ナキみたいな嫌な奴、相手にしないと思うんだよね!」

 

 明るい顔だ。言葉と顔が比例しなくて、混乱する。ナキの思っていた言葉と違くて、戸惑ってしまう。


 「僕達は皆そんな奴等だよ。その隙間に、入れたい物を入れるんだ。僕もナキも、その子だってね」


 ユアンはナキの頭に手を置いた。その姿を見れなくて、ナキは俯いて歯を食いしばる。

 

 「...理解出来ないんだ。皆、不自然に生きてる」

 

 自然に本音が出る。外から刺す夕陽が、心を押し出したのだろうか。

 頭に置かれた手が離れて、俯いた顔を上げる。ユアンがナキの目線に合うようにしゃがんでいた。瞳は真っ直ぐ、ナキを見ている。


 「それは、ナキのせいじゃないよ。僕が保証する」ーー


 あの時と今の自分を比較すると、とても昔の自分とは思えない。今のように変わったのは、いつからだろうか。学舎に通っていたら、自ずと変化していった気がする。


 「ガラン。話があるんだ」


 利益だ。あの時のアイザとは違う。でも、ガランのことを知りたいのは本当だ。人のことを知りたいと思ったら、まずは自分から。


 「俺さ、人を殺したことがあるんだよ」

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