第十七話
「何か企んでるの?」
キノにとっての一縷の光が方舟に来て二週間。ガランの部屋には、ソファに寝転がったレディと、椅子に座り、机を間に向かい合うガランとキノがいた。
ガランは、不機嫌を醸し出してキノを見ていた。さぞ、怒っていることだろう。レディは悠々自適にソファに寝転がってはいるが、ガランが心配なのが浮き彫りに出過ぎている。ばれていないつもりなのか、ちらちらとこちらを見て、果てにはじーっと見つめだしている始末だ。
「何って?」
「あいつらのことだよ」
珍しく必死の表情のガランに、キノはほくそ笑む。あいつに殴られた甲斐もあったというものだ。
というのも、生まれてからの付き合いだ。そんな内心など読まれてしまうもので、ガランは更に不機嫌になっていく。
「あいつらがいれば、なんとかなるんじゃないか...てね」
「...あのさ」
「無理に決まってるってか?」
ガランの目が揺れる。マフラーで口元を隠していると言うのに、なんとも分かり易い。
「あんな化け物、倒せる訳ないってか?」
「...化け物なんかじゃー「あーそうだな」
こいつらが生まれてからずっと見てきている。ずっとだ。そんなガキの言う事なら、手に取るように分かる。
「俺達が弱っちいせいだ」
「..っ」
「お前だけに背負わせた」
そうだ。七年前から、たった八歳の子供に背負わせた。たくさんの命を背負わせてしまった事実はもう消せない。
キノが言う権利なんてない。ないが、言うしかない。俺は本気だということを伝えるべきだ。
「けどお前も、色々拗らせてんじゃねえか?お前が決めれば、こっちは準備出来てんだよ」
「ちょっとキノ!聞き捨てならないわよ!」
「ジョンを見てみろ。前はあんな痩せてなかった。目の下に隈なんか作って、筋肉もなくなった。あいつはまだ良いさ。なんせ調理出来てんだからな。ハロドラを見てみろ。許嫁殺されて、今じゃ感情が見えねえ。幽霊みてえに小屋番やって、寝るだけだ。コールは旦那殺されて、ドレッドやカーラ、キリルやベッタも、いつ子供を殺されないか、びくびくしてる」
「ガランは、私達のことを思って..!」
「レディうるさい」
強い言葉でレディを黙らす。苛つきが声に出ている。レディは黙って、無言の睨みをキノに効かせる。
「レディはお前を庇ったんだぜ?何も責める必要はないだろうよ」
「...」
「あー..ははっ。そうかそうか。すまんすまん」
「...」
次にキノが何を言うのか、分からないでもない筈だ。
「曲がりなりにも、親父だもんな」
「キノ!!」
もう我慢ならないというのか、レディはキノに走り寄る。大人しく襟を掴まれるが、キノの目線はレディには向かない。以前ガランに向いている。
あいつを止めるには、こいつの力が必要なのだから、改心して貰わないと困る。
「もう辞めて!」
「俺だって辞めたいよ」
「ガランにこれ以上、背負わせないで!」
「だから捨てようって提案してんだ。お前もほんとは分かってんだろ。あいつらの中には化体もいる。こいつが動けば勝てるって」
「...それは」
「あの嬢ちゃんも、おっさんも、実力は申し分ない。ロジバルトの小僧だって、磨けば光るぞ、ありゃ」
「それだって、押し負けることだって..!」
押し負けることだってある。キノはレディを睨み付ける。言った言葉はもう戻らない。手で口を覆ったって、外に出てしまっては意味がない。
レディだって、考えない筈はない。あいつらが落ちて来て、力の釣り合いが変わった。ガランが良しと言えば、勝てない勝負じゃない。
「キノさんが何言ったって、俺は変わらない」
「...」
「どう足掻いても、父さんには勝てないよ」
ガランは冷静に、キノを見つめていた。傍から見ても、十五の少年に言ってはならないことまで言った筈だ。少年の大切なものまで踏み躙って得た物が、少年の空虚な顔付きとは、救いがないではないか。
「町長だったら、どうしたんだろうな」
「そんなの、知らないよ」
これ以上何も言うことはない、と言うように、明け透けに立ち上がり、ガランは扉に向かう。
レディも、眼光鋭くキノを警戒しながら、ガランに付いていく。レディの尽くしっぷりも、ここまで来れば見事だ。おそらく報われていないのがいじらしい。
「俺は父さんの味方をする。..全滅よりかはいいでしょ?」
やり返しのつもりか、意地悪く笑みをお返しするガランに、キノも笑んだ。
「このクソガキが」
「そりゃどうも」
「べーーーだ!」
扉の閉まる音がして、一人になったキノ。天井を向いて、嘆息する。
「...クソガキは俺か」
あいつが操り手になってから三年間。目元の隈は深くなり、マフラーもぼろぼろで、今にも折れそうで、危うい。レディが支えてはいるが、いつまで持つものか。
「やっぱ、ロジバルト君かな」
天上を見ながら、一人呟いてみる。キノが言ってもあの顔だ。全てを諦め、悟ったつもりになって、心を閉じ込めている。
ロジバルトから来たというナキという少年。年が近いというのもあるのか、はたまた別の要因か。どうしてか彼と遭遇すると、ガランは昔に戻っているかのように感じる時がある。偶然で無ければいいが、彼とガランをぶつければ、何かが変わるのでは。変わればいいな。そんな思いを抱えながら、ソファに寝っ転がる。
◯
「ガハハハハハ!!行けロジバルト!」
やかましい声援が聞こえる。その声援でナキの琴線に触れると思っているのだろうか。当然逆だ。邪魔くさくでかい声に胸焼けして、想像が崩れるのが怖くなる。ただその声援も、ナキにとっては良い修行だ。
三匹の狐狼が、ナキの周りを回っていた。ナキは円の透壁を両手に持って、周囲の狐狼を警戒している。
三匹の狐狼は、鎧の様なものが全身に纏わり付いている。剣で斬っても、ナキの創造では切断はおろか、傷一つ付けられなかった。打撃であればいける、訳でもなく、ナキの想像では全力で殴ったとしても、この狐狼達は殺すには途方もない時間と体力がいるだろう。
狐狼は動きを変えず、果敢にナキに向かっていく。ナキの攻撃では、あまり目処が立ちそうにない。狐狼の大きさは大体四尺。それも三匹だ。ルフリアに指導して貰っているとはいえ、この数を凌ぐのは堪える。
ルフリアの言葉を思い出せ。
ーー「お前の剣じゃ、王様と戦えない」
「な..っ」
「創造にも向き不向きがあるの。確か..兵舎?に通ってたんでしょ?」
言われて、兵舎の頃を思い出してみる。確か、ミスト先生が、創造の基礎を教えてくれた筈だ。
「...創造力は、創造した者の元からある特性で決まる。大まかに、硬さ、鋭さ、二つの配分が、何を得意とするかを左右する」
「それ、採用。残念ながら、これは努力したって覆ることはない。多少改善はしても、せいぜい雀の涙」
ルフリアは右手から銀の細剣を創造する。鳴らすように振って、ナキを見下す。ナキは今、ルフリアにぼこぼこにされて、立っていられないのだ。
「その話でいくなら、私の方は硬さ四、鋭さ十ってところか」
「それ、十が最高?」
「当たり前でしょ」
自画自賛、といって馬鹿にしたい。だが、ルフリアの強さを身に沁みて知っているナキには、納得するしかない。
「...じゃあ、俺は?」
「硬さ五、鋭さ二」
「...うーん」
ルフリアと比べてみても、弱いだろう。弱いというか、中途半端だ。硬さでは勝っているが、これも然程変わらない。それに、ルフリアの強みは鋭さだ。
「得意の硬さでも、私と同じくらい。今のままだったらだけど」
「でも、能力は変わらないって」
「違う。これは今のお前の能力なだけ」
「?」
「もう忘れた?」
ルフリアの見下す目が、より一層強まった気がする。かと言っても、分からないものは分からない。ぼこぼこにされて、思考がうまく纏まらない。
そんなナキを見兼ねたのか、ルフリアが言う。
「私のレイピアを、お前は防いだでしょ」
そうか。
「火事場の馬鹿力。眠っている能力を引き出せば、お前の場合、硬さが十になる。鋭さだって、少しは上がるかもしれない」
「...」
「かといってそんなのは理想。今のお前じゃ、鋭器も鈍器も通用しない。ただ、お前の防御力は使わない手はない」
「それでも攻撃が通らなきゃ、意味がないんだ」ーー
鎧の狐狼は、三匹全員ナキを狙っている。王様は胡座をかいて、子供のようにナキの戦闘を見ているではないか。
王様は強いんだから、ナキ達がいなくとも勝てるのではないか、とも思うが、こうも圧が違えば、悪物達は怯えて逃げ惑う。王様は然程器用ではないようで、超威力で悪物達を粉々にしてしまうのだとか。つくづく恐怖しか与えない巨漢だ。
王様の視線に晒されながらも、鎧の狐狼は動く。ナキの意識が逸れたのに気付いたか、賢しくも一匹の狐狼が仕掛ける。同時に、二匹の狐狼も臨戦態勢だ。
「おしーりぺぇんぺぇん!!!」
右手の透壁を、狐狼の攻撃方向に向ける。攻撃をただ防ぐ為にやっていると思い込ませるのだ。
王様の手前、阿呆の咆哮と同時並行しなければならないのが、多少の手間ではある。が、それも修行だ。
丸い透壁から右に透壁を伸ばして、鎧の狐狼が飛び出した間合いを、薙いでぶっ飛ばした。傷は付かないものの、一匹の狐狼を吹っ飛ばし、一時的に二匹にまで減らしたのだ。
その隙を狙ってか、右後方、左後方の狐狼が、ナキの背後を狙う。見え見えの攻撃に手をこまねく訳にはいかない。伸ばした透壁を元の円形に戻して、振り返り、待ち構える。待ってましたと言わんばかり。
「よいしょおおおおお!!」
ナキは笑顔で、二体の狐狼を両手の透壁で思いっきり挟んだ。挟むまでに、透壁の形を、平面の円形状から、中身が空洞の半球状に創り変える。両手で挟めば球になるように、創造する。
もちろん、阿呆の叫びは並行だ。
ロックの鈸の再現だ。音は出ないが、思いっきり挟めば、良い具合に足止めは出来る、筈だ。
二匹の狐狼は頭部を思いっきりぶつけられる。鎧を纏っているだけで、攻撃力は然程怖くない。
「お、おおおおお?!」
「ガハハハハハ!ほらほら頑張れぇい!」
そこで、間違えていたことに気付く。ただの半球であれば、挟んだだけでは足止めにもならない。半球と半球の合わせ目を、狐狼達の形に合わせて変えなければ、球状に合体させる事が出来ないのだ。
創造し直す余裕は、狐狼達の渾身の暴れによって掻き消される。二体の狐狼の反発には、流石に耐えれる自信はない。
「ガッ!」
上から銀の細剣が、球状の透壁をぶっ刺した。一匹の狐狼の頭部が綺麗に貫かれ、球状の透壁に、ルフリアが降り立った。そのままの勢いで、二体目の狐狼も、球状の透壁なんぞ意に介さないまま、鎧の狐狼の頭部を貫いた。
一瞬の出来事。ルフリアの重さで地に両手をつける合間に、二体の狐狼は息を引き取った。振り返って、最初にぶっ飛ばした狐狼も、同じく頭部を貫かれ、死んでいた。
「有難う、ナキ」
ルフリアの表情は、もう淑女の皮だ。おらおらとした気質は微塵も感じられない。完全なる淑女だ。
ーー「お前はまず、防御に徹した方がいいと思う。攻撃することは考えなくていい」
「攻撃しなくていい..?」
「足止めすることだけを考えましょう。どの形が適しているか、どういう防御の仕方が適しているか、耐えることを考えて」
形にもなっていないが、行くべき方向は、なんとなく分かってきた。




