第十六話
食糧調達係。なんでも、前は家畜なんかで賄っていたらしい。それではそれで良いじゃないか。そう聞くと、いざこざがあって家畜がほとんどいなくなってしまったという。
そのいざこざを聞くと。
「ま、そこはな」
と、ぼかされてしまう。
「そもそも、俺より、ネリアさんの方が断然強いじゃないか」
「んんん...」
ここに住んで三日間。ガランの食卓でのわだかまりが漏れ出てしまう。出来るだけ疑問を持たず、従順でいた方が良い筈だ。けれど、ジョンハットや他の住人のやつれ具合や、無理をして笑っている姿。あれが、ナキには息苦しいのだ。
「おれあのびびりいや」
「何故幼児対抗を?」
「うるさいよ嬢ちゃん」
キョウはキノに嫌われているようだ。何故かは知らないが、一目見られて嫌われるキョウが、少し可哀想にも思う。
罰が悪いのか、キノは面倒くさそうに歩きだす。扉を開けると、きょろきょろと外を見だした。
「ジョーーン!!」
叫んだ後、手を下に振って合図をする。ジョン、ということは、ジョンハットを呼んだのだろう。
「じゃ、明日もよろしくぅ」
そのままキノは帰っていく。数秒もすると、大きな足音と共に、ジョンハットが広間に入ってくる。首を激しく動かして、あのやせぼての男とは到底思えない勢いだ。
「は...!」
目標が視界に入ると、ジョンハットは忙しくそこへ走り出す。勢いに比べて遅いのは、やはり窶れているからだろうか。
「き、綺麗だ...」
ジョンハットの目標、十尺獅子の死体の傍へと走り寄ると、何かを呟いた。死体は、綺麗に頭部の真ん中を貫かれており、頭部以外傷は付いていない。
それを見て、ジョンハットはしゃがみ込んだ。どうかしたのか。今までと違う様相に緊張していると。
「昨日とは、雲泥の差だぁ!!」
一人喝采を挙げていた。叫ぶジョンハットは、嬉しさに感激している。昨日まではキノ一人が食料調達をしていたのだから、昨日の獲物はキノがやったのだろう。
ガラン少年が近づく。
「ジョンさん。あいつがやってくれたんだよ」
「本当ですか?!」
ガラン少年の一言に、ばっとナキに振り向くと、はじける眼で感謝が伝わった。
「ありがとう!これからも宜しくお願いしますね!」
綺麗に殺せたのは、偶々なのだが。こうも感謝されると、身が引き締まる。
ーー「ここからは一人の時間ですので、申し訳ありませんが」
丁寧な口調で退出を促されては、従わない訳には行かない。右手に長包丁を持ってもいたし、なんだか怖かった。
三人は広間を出た。円状に二十三の家が立ち並び、その真ん中にガランの食卓がある。あそこに今の死体が並ぶのだ。もちろん、ジョンハットが調理すれば、全て美味しいものになるだろう。ただ、あそこで食べるとなると、少し話が違くなる。
「ナキ君に教えとくんだけど」
ナキ君。そう呼ばれると、ヨハネスを思い出す。理由は分からないが、ナキを嫌っていたヨハネスしかそう呼ばないものだから、少し身構えてしまう。
「俺?」
「これから父さんの前では、アホの振りした方が良いよ」
「...何言ってんだ?」
「さっき、父さんから君へのイメージが固まったんだ。ロジバルトの人間は見栄張り。故に阿呆を隠す」
「なっ..!」
黙っていれば好き勝手。ロジバルトの人間。それは、アイザもジキラもユアンも入っている。こうも何度も侮辱されては、青筋一つ立っても仕方ないだろう。一言何か言わないと気が済まない。
「何が言いたいんだよお前は」
「...忠告だよ。次、アホじゃなかったら、君がどうなるか分からない」
「どうなるんだよ」
国を、友達を蔑ろにされた気がして思わず爆発してしまうナキに、ガラン少年は眉を寄せる。
「とにかく、そこのお姉さんみたいに、似合わないことした方が良いってこと」
「...なんて言ったのかな?」
そのまま通り過ぎていくガラン少年は、この圧が分からないのだろうか。ルフリアを無視しててくてくと歩いていく背中を見て、どうしてか怒りが薄れていく。
「ちょっと待てって」
呼び止めても、ガラン少年は遠ざかってゆく。どうやら、無視する気のようだ。
冷静になって、背中に向かって叫ぶ。
「なんでそんなこと教えてくれんだよ!」
「...」
「もしかしてお前も...!ここのことーー」
「あのさ」
ガラン少年は振り返り、眉をきつく寄せ、今まで聞いたことのない厳しい声で制した。その眼は完全なる敵意を向けている。奥に見えるガランの食卓が、少年を煽るように聳えていた。
「ふぅ..」
軽く息を吐く。溜め息というより、平調を戻すような息。頭布がたなびくと、少年の目と直面する。
「明日も、ここ集合。各鐘が鳴った後だよ。今度からは一匹じゃ済まないから」
そう言って、今度こそ少年は去っていく。ナキはその背を、じーっと見つめていた。何故だか虚しい気持ちになりながら、憂鬱に見ていた。
◯
ガランとは毎日顔を合わせている。といっても、二十三人しかいないのだから当然だ。
声を掛けても必要事項、必要事項の毎日だ。攻めど暮らせどのらりくらりと、嫌悪の表情でかわされる。ヨハネス同様、多分嫌われている。
ガランとガラン。あの巨漢と頭布の少年は、同じ名らしい。そして、同一の化体を操ることが出来る。セディアやキョウに聞いても、得られたのは呼び方くらいだ。まず、頭布の少年の方をガランと呼ぶことにした。そして、巨漢の方を、王様と呼ぶことにした。
この方舟を恐怖で支配しているから、皮肉を込めて、王様。
二週間目の今となっては、皮肉が十割だ。
「さてと..」
ルフリア達が帰って何分後か。家の周りから物音がした。
目標は厩舎小屋の位置。壁に耳を預けて、目を瞑り集中する。
「..来た」
この家に窓は無い。ただ四角い穴が空いているだけ。それは化体の限界なのだろうか。分からないが、そういうものと思うことにする。
四角い穴に手を掛けて、時機を見定める。
歩く音が、小さいながらも聞き取れた。すたすたと歩を進める足音はようやくなりを顰める。
窓に掛けていた手に力を込めて、勢いよく体を外に飛び出る。
「や、やば!」
焦っている声が聞こえるが、もう遅い。足を速めて、リリーのいる厩舎小屋に辿り着く。
「あ、ああああああ...」
そこには、両手を顔に預けて、仰向けに倒れている女の子がいた。絶望を声に乗せて、体で表している。地面にぴったりと、体を乗せている。まるで、今にも終わりかのような体裁だ。
「君は...」
ナキが声を出すと、女の子は急いで握られた両掌をぱーにした。顔を見せたくないのか、んしょんしょ、と声を出しながら、体を回転させてうつ伏せになっていく。
「カラクレちゃん?」
「何故分かった!」
「うぉ」
名前を呼ぶと、両手を地につけ、上半身をこちらに向けた。
間違いない。ガランの食卓にもいた。奥の方で、わんぱくに料理を食べていた女の子だ。王様の問いかけにも、天真爛漫に答えていた。
「...何してるの?」
「うっ」
何かを悟ったのか、カラクレは罰の悪そうな様子で顔を俯けた。ただでさえ小さいカラクレは、上半身を丸く寄せて更に小さくなっている。
当然というのか、食卓での態度とは打って変わっている。
沈黙が流れる。待っていても答えないようなので、こちらからもう一度声をかけようと、一歩前に出る。
「...!」
「あっ..」
カラクレの丸まった体が、ナキの一歩で大きく揺れた。
怯えている。
怯えに怯えて、ナキは止まる。このままでは女の子を泣かせてしまう。
え?なんで?俺のせいか?俺が怯えさせているのか?
焦って周りが見えなくなって、思わず案山子になってしまう。このまま動かないことが吉になる筈もなく、地獄の空気が流れ込む。
このままの構図が延々に続くとなれば、変態すら理解出来ない変態にならざるを得ない。そもそも、食卓でのナキの振る舞いは阿呆というより、やばい奴だ。王様がずれているだけで、ただの狂人。カラクレのような小さな子供には、どう映ってしまうか、一思瞭然
だろう。
「ご、ごめん、なさい...」
「え」
「ご、べん、なさ、ぃ...」
「....」
探せ!そもそもナキは何をしに来た!家の周りをうろついている何かを見つけるためだ!
そうだ。そしてそれは叶った。正体はカラクレ。今にも泣きそうになっているカラクレだ。
カラクレは何をしに来たのだろう。家の周りをうろついて、何を。
「リリーに会いたかったの?」
「!」
俯いた顔を上げ、不安の表情でナキを見つめるカラクレ。その表情に充てられ、困惑するナキに活路を見出したのか、カラクレのしょぼくれた態度に光が戻り始める。どんどんと期待の表情に嵌っていくカラクレを見て一安心しながら、ナキは安堵を吐く。
どうやら、カラクレの目的は当たっていたようだ。そもそも厩舎小屋に来る理由なんて、それぐらいしな無いだろう。
「そこにいないなら、こっちか」
「えっ..」
「ついてきて」
厩舎小屋と言ったって、ロジバルトのように凝った造りでもない。草藁だってあるものの、リリーだって居心地は良いものでもないだろう。
「あ、いた」
おそらく、カラクレの道中の反対辺りに居たのだろう。家を回っていくと、眠っているリリーが現れた。
眠っていると言っても、立ったままである。
小さなカラクレには、さぞ大きく見えていることだろう。
「でっかいだろ」
「...うん」
カラクレが歩み寄れば、リリーの目が開いた。リリーの顔が、カラクレに近付く。
「いっ..」
それに驚いたのか、カラクレは後退り、ついには転んでしまった。
「大丈夫か?!」
思わず大声を出してしまう。先程のカラクレから、泣き出す予感を感じる。あわあわと思考がぐちゃぐちゃになって、てんぱってしまう。
「あはっ」
笑い声がした。想像ではもうカラクレは泣いているので、リリーの笑い声だと思った。そんな訳はないのに、これでは創造の悪癖だ。
カラクレが笑ったのだと認識すると、ほわほわとした何かが揺蕩った。
「あははっ」
カラクレの笑いが幸せを指していることを胸に、ほっと息を吐く。
リリーの頭が横に擦り寄り、じゃれてきた。頭を撫でながら、物欲しそうに見ているカラクレを見遣る。
「触るか?」
「いいの?」
「もちろん」
ナキを見てから、リリーを見る。リリーは別に何も考えていないだろうに、カラクレは意を決して、ゆっくりと手をリリーに向ける。
「わっ」
ゆっくりと向かってくる手を急かすように、リリーの頭はその手に収まった。突然寄られたものだから、カラクレはまた転びそうになるが、なんとか耐えたようだ。
「ほわあああああ...!」
カラクレは喜色満面、全身爽快に喜んでいる。よっぽど嬉しいのだ。カラクレではないが、こうも喜んでいると伝播するもので、ナキも嬉しい。リリーは相変わらずの表情で、気怠げにカラクレを見ている。
「初めて触るのか?」
「うん..!」
「何回も来てたのに?」
「怖かったの..!」
初めて対面した時とは大違い。リリーを撫でながら、質問にすらすらと答えてくれる。喜びで、恐怖が無くなったようだ。
「こいつ、リリーって言うんだけど」
「リリー..」
「これからも来ていいからな。俺に隠れて会うこともない」
「ほんとに?!」
撫でていた手を止め、笑顔でナキに対面する。背伸びをして、精一杯ナキと対面しようとしていることが分かった。しゃがんで、カラクレと同じ高さをつくる。
「ただし、気をつけて」
息を潜めて、緊迫した、けれど緩慢な空気を出して注意する。おそらく大丈夫な範囲だろうが、一応言っておく。それを聞いて察したカラクレは、ぶんぶんと顔を振っている。いや、体ごと振っていた。
「私カラクレ!子供係です!」
「俺はナキ。係って言ったら...」
係と言ったら、食料調達係だろう。
だが、カラクレの子供係というのは、おそらく食卓での役割だ。食卓でのカラクレは、ただ元気一杯に料理を食べている子供だ。それは他の子供達も同じ。係と言うのも変な話だ。
といってもその線で行くのなら、ナキはーー。
「阿呆係!」
元気一杯に、カラクレは遮った。言い難いものだったので有難い。カラクレも、理解しているのだ。
王様が己の価値に倣って、この方舟を支配していることに。




