第十五話
ーー「何はともあれ、糸目ちゃんに見つかっちゃった以上、早くここから出ないとね」
それから二週間が経った。ここを出る為の糸口を探りながら、時は残酷に過ぎ去っていく。分かっていくのは、ガランの方舟という集落の現状だ。子供達はあまり笑わず、他の住人も顔が死んでいる。それでもガランの食卓では笑顔になって、煤けた笑い声が充満していた。
当のナキ達も以前とは違い、ガランの食卓での立ち位置が分かってきた。
例えばセディアは陽気なお姉さん。
「ガラン!あんなおばさんのどこが良いのよ!」
「うるさいレディ」
「だってまた見てたもん!」
「...食事中だよ」
「関係ないじゃない!」
「...」
「えー?ガランくん私のこと見てたの?」
「ち!違う!」
「ガハハハハ!お前も年頃だな!」
例えばルフリアは、淑女。
「ルフリアはどう思うのよ!」
「レディちゃん...頑張って」
「う、ううううう!」
例えばイトは、いじられ頑固じじい。
「ガハハハハハハ!その顔で二十歳を名乗るとは!滑稽にも程があるな!」
「..なんだと?」
「どう見てもおじさんじゃない。そこのおばさんとお似合いよ!」
「俺はおじさんじゃ「やめてよー。私まだ二十六なんだからー」
「二十、六..」
「..!そうよ!二十六!」
「ふふ..」
「...?!ガラン!目を覚ましてよ!」
例えばキョウは、壊れたおもちゃ。
「キョウ!」
「は、はひいいいいい!!!」
「ガハハハハハハ!良い声だ!」
「は、ははは」
「キョウ!」
「ぶべえええええええ!!!」
「華だ!ガハハハハハハ!」
そしてナキは。
「あよいよいよい!」
「ガハハハハハハ!」
「おっどれぇやおっどれぇい!」
「ガハハハハハハ!」
「あいさっさあいさっさぁ!」
リリーの目が痛い。セディアはにこにこと笑っていて、イトとルフリアは真顔だ。キョウはいつもの怯えはどこへやら、大声で爆笑している。
ガランも大笑い。それに準じて住人も笑っているが、その胸中もどこへやら。
「それにしても、阿保キャラも板についてきたな」
「ついてたまるか」
ナキの家に、四人が各々立っている。イトが鼻で笑うが、致し方ないだろう。
「ぶふっ..」
ルフリアと視線がかち合うと、思い出したのか、笑われた。だがこれも仕方ない。ナキだってナキのような奴がナキのようなことをすれば、鼻で笑ってしまったりするのかもしれないのだから。
違う。今はそんなことを思っている場合ではない。
「笑ってないで、どうだったんだよ」
「ごめんごめん...ふっ」
ナキから目線を逸らし、ルフリアは一息深呼吸する。それで集中出来たのか、ルフリアはナキの目の前に陣取った。腕組みをして、ナキを見下げる。
「まず、跳んでみて」
「跳ぶ?」
「そう。思いっきり」
突然言われたものだから少し困惑したが、言われた通りに跳んでみる。
思いっきり床を蹴り、跳んだ。
家は、ナキ二人分より高いくらいだから、十尺は無いくらいだろう。
その高さの天井に、頭が届いた。腕で防いで、無事に床に降り着く。
「すっごーーーい!」
見物していたセディアが甲高く驚いている。キョウの顔も、目を白黒させて、驚いているようだ。
「次、セディアさんとキョウさん、思いっきり跳んでみて」
「ふ...!」
「えい!」
ナキと同じように床を蹴れば、セディアは天井に届かず、キョウは掌が当たる程度だった。
「どう思う?」
「どうって、当たり前だと思う」
当たり前だ。創造の鍛錬を積んでいなければ、体の強さも格段に違ってくる。
「うん。当たり前。でもそれじゃまだ弱い」
ルフリアは床を蹴る、のではなく、踏んだ。思いっきり踏むのではなく、優しく踏んで跳んだのだ。だというのに、ナキの飛んだ位置まで軽々と届いて、優しく音を立てずに降り立ってしまった。
「こうなる為には、強いを創造するんだよ」
「強いを創造?」
「そう。でも、大体出来てると思うけど」
「いや、出来てないだろ」
「じゃあ、それがお前の限界なのかもね」
「な...」
澄ました顔で言うルフリアに、腹が立つ。意地悪く笑むルフリアは、銀の細剣を創造した。
「私が速く動けるようになったのは、このレイピアを創造した時。絶対に死なない。これを見てそう思った。思った瞬間、何かが分かった」
「何か..」
「私がお前を殺そうとした時、お前は何かした筈だよ」
ルフリアがナキを殺そうとした時。忘れもしない。初めて会った時のことだ。視界にルフリアを見た時、銀の細剣でナキの脳を貫こうとした。
何かした筈。と言えば、透壁でそれを防いだことだろう。
「間一髪で防いだ」
「そう、それ。あの時、私は本気で刺した。前の奴でムカついてたからね。なのにお前は耐えた。瀕死のお前がだ」
命からがら国から逃げて、二日間飲まず食わず、想起士に囚われた挙句の果て、ルフリアの本気の一突きを耐える事が出来た。それは何故か。答えあぐねている前に、ルフリアが遮った。
「死ぬ間際での火事場の馬鹿力、この感覚を創造しろ。受け売りだけど」
「....」
「さっきのを観ている限り、到底無理そうだがな」
「イトさんもやってみる?」
「馬鹿にするな。とっくに履修済みだ」
さっきの、というのは、この前に一試合、この家で軽く模擬戦をやったのだ。結果は大惨敗。気絶しそうになるまで殴られ続けてしまった。それでも、その感覚というのは得られていない。
「じゃあ、今日は終わり」
「ルフリア」
「なに?」
「よろしく頼む」
出て行こうとするルフリアに、釘を刺すようにお願いする。
「そっちもよろしくねー」
代わりにセディアが返事して、ルフリア達はその場を後にした。
扉が閉まっても、熱は消えることはない。頭布の少年、ガランのことを思いながら、強くなりたいと、切に願った。
◯
ガランの方舟に来てから何日目か。確か二日目。
「そこの」
「うぉ..」
背後から声がすると、肩を掴まれた。少し引っ張られながら振り返ると、頭布の少年が、澄ました目でナキを見ている。
「こ、こんにちは」
「名前、なんだっけ」
「ナキ、です」
頭布が顔の下半分に巻かれているので、表情が読めない。且つ、服装も分厚い。厚手の外套に、手袋までつけている。制帽のような帽子も被っていて、まさに完全武装だ。
沈黙が数秒流れると、少年の頭布が動き出した。
「君達の役割、決めたから」
「役割..?」
「食料調達。ついて来て」
ナキの疑問はどうでも良いのか、少年は歩き出した。訳もわからず素直について行くと、少しして、扉が見えた。
「ここって..俺達が落ちて来たところ、で合ってるか」
「うん。合ってるよ」
見覚えのある広間に、寒気がした。ここでルフリアやガランに助けてもらえなければ、ナキはとうに虫の息だった。
案内をしているのは当の少年だから、一瞬死刑台に立ったような心地にもなるが、奥にいる二人が、暖気を取り戻してくれる。
広間にいたのはキノとルフリア。二人仲良く、準備体操をしている。ルフリアはすっかり淑女の着ぐるみを着て、キノの会話に相槌を打っている。
こちらに気付くと、心無し罰の悪そうな顔をしていた。少しして、キノも気付く。痛々しい包帯が、昨日の出来事を思い出させた。
「おうおう来たか。ロジバルト君」
キノは綽々と、腰に手をつけナキを見る。顔に巻かれた包帯は、もうじき取れるそうだ。あんな衝撃を直撃したら、溜まったものではない。キノの耐久に、ことさら驚いてしまう。
「..何の用事だ?」
「あぁ?職無しでここに住めるとでも思ったかぁ?」
まさに頓珍漢の体でいれば、少年がナキを押し出した。前に出ると、上を見る。
天井が見えない。崖の下ではなく、崖の上の底が見えない。どれだけ長いのだろうか。ここを落ちて来たというのが、信じられなくなってしまう。
「まあ追々分かってくるだろう。取り敢えず、お前らにゃぁ食料調達を俺と一緒にやって貰う」
「食料調達..」
急な役割宣告に戸惑ってしまう。助けを求めるようにルフリアを見ると、笑顔で頷き返している。
会って間もないルフリアではあるが、完全に猫を被っている姿は薄気味が悪い。
「この上から、獲物が落ちてくるのさ」
「は?」
「ガラン。頼んだ」
後ろから少年が横切る。すたすたと歩いて行くと、中央付近に立ち止まった。すると、少年の足元が少し沈んだ気がした。
「誰にも見つからないように、獲物を獲ってきてくれ!!」
少年が叫ぶと、床が震えたような気がした。ずずずずと、大きな何かが動いたような感覚。
「あの化体が、動いたのか」
「察しが良いな、ロジバルト君は」
「ロジバルトじゃなくて、ナキだ」
「その察しの良さ、父さんの前では隠しておいた方がいいよ」
「そうだなぁ。親父はそこんとこ頑固なんだ」
何やら忠告を受けたが、そんなことはどうでも良い。床の鳴動が鳴り止んで、そのまま何も起こらなかったのだ。
「何も起こらないんですけど..」
横からルフリアが、恭しく声を出す。
「今、大蛇様が獲物を探している最中さ。時間が経てば落ちてくる。そこが正念場でね」
キノは草臥れた声を出しながら腕を回す。拳を握っては緩めて、体調を念入りに確かめている。
「来た来た」
キノが上を見るのに釣られて上を見る。数秒の後、何かが落ちて来るのが見えた。それは、ナキ達みたいに滑って落ちるのではなく、完全なる落下だった。
「ガアアアアアアアアアア!!」
咆哮が、落ちてくる程に聞こえてくる。怒気を全開にした咆哮が、天の暗闇から落ちてくる。顔を出した頃には、その悪物はもう降り立っていた。
十尺はある獅子が、広間に猛々しく降り立っていた。
「お仕事の内容は、こいつらを殺すことさ」
獅子は警戒している。首を左右に振り、敵を把握している。そして、ナキを向く。眼が、鋭く光った。
「うううわっとととととぉ?!」
ナキの家と同じ高さを誇る体躯で、こちらに駆けてくる。あの高さから落ちて来たというのに、物ともしない形相だ。こじ開けるような荒々しさで、己の口を開け涎を垂らしている。
ナキは懸命に逃げる。避けて、避けて、避ける。避けることしか出来なかった。それが手一杯で、他に術を思いつく余裕が無い。
「ウガァ!!」
「..っ!」
日々の賜物というのか、余裕が無くとも、透壁を右腕に創造した。それを正面に掲げ、十尺獅子の噛み付きを防ぐ。
威力が凄まじい。ヨハネスの打撃よりも、ジキラの剣よりも、カドレアの大剣よりも大きい衝撃が透壁を通して伝わってくる。床を踏み締める踵がぎりぎりと悲鳴を伝えている。
それでも、透壁を破られることはない。その安堵が、いつもの調子を取り戻させる。
息を吐き、束の間に左腕を離す。離した左手に、剣を創造した。するすると剣が創造されると、透壁に集中している隙に、横から頭目掛けて突き刺そうとした。危機を察知したのか、十尺獅子はその場から後退する。
大きい上に、俊敏で、気性も荒い。決死の形相で、ナキを睨んでいる。
それでも何故か、平常心を保てていた。
こんな獅子、ライギルドに比べれば、赤子同然だ。
「ははは、一人でやれるか?」
「やれるに決まってるだろ」
「いいねぇ。心強い」
こんな悪物一匹倒せなくては、面目が立たない。突然の宣告ではあるが、役割を与えられたのだ。
それに、ナキだって想起士に憧れていたのだ。想起士になり、悪物から国を守ること。それを神命にと生きてきた。
兵舎で鍛えたことは、無駄ではない。
今度はこちらから、獅子に向かって走り出す。呼応するかのように、猛々しく獅子も相対する。
「よし..!」
飛びかかって来た獅子を、一時止まって床を蹴り、飛んだ。
獅子が体勢を整える頃にはもう遅い。ナキの剣先が獅子の頭を捉える。落下する程に獅子の頭に突き刺さり、やがては獅子の頭を両断して見せた。
獅子はゆっくりと、十尺の体躯をゆらりと横に倒れた。
倒した。悪物を倒した。ナキの中に未だある憧れが、感慨深く心を打った。
「うし、合格!」
声と共に、ぱちぱちと拍手が鳴る。キノが嬉しそうな表情でこちらを見ていた。
「一人でもうへとへとだったんだよ。若いもんが入ってくれりゃ万々歳だ」
ガランの方舟の様相に気を取られて蔑ろにしてしまっていたが、ここにも、生活をする為の工程がある。
どうやらナキの役割は、食糧調達係に決まったらしい。




