第十二話
「おおおおおおお....!!!」
目を瞑り、あるがままになったナキは、奈落の底に落ちていくような、体内の器官全部が浮いた感覚がする。
未だルフリアに抱えられたまま、大蛇の底に落ちていく。
「うっ...」
底に着き、衝撃が体を襲う。左の傷が傷むけれど、それでも我慢できる程度だ。
顔を上げると、いつの間にか、ルフリア、セディア、イト、キョウ、巨騎士。そしてリリーが、薄暗い、洞窟のような部屋にいた。
「ねぇ」
そして、声がする。とにかく無事だったことに安堵する間もなく、一人の少年が、薄暗い部屋にぽつんと佇んでいた。
「君達、どこから来たの?」
じめじめと暑苦しいだろうに、少年は黄色の頭布を首に巻いている。顔が隠れていて、どこか不思議な雰囲気の少年だった。
「空から」
ルフリアが言えば、少年はぎょろりとナキに目をつける。さながら蛇のような黒目の動き方にぞっとしながらも、ようやっとルフリアから解放される。
「お、俺は...ロジバルトから、来た」
少年の空気が変わる。体の隅々から嫌悪をナキに向けている。少年の頭布が、ふわりと上がったような気がした。
「聞いてくれ。俺はーーー」
足元に違和感が灯る。ぐちゅぐちゅと音がして、そこから、大きな棘が飛び出してきた。
「...っ!」
「やっぱり、持ってないと駄目」
棘が刺さろうとする瞬間、ルフリアが横から助けてくれた。あのままだったら、ナキはそこで刺し殺されている。また、ルフリアに助けてもらったのだ。
「何で庇うのさ」
「話だけでも聞いてもらえると助かるんだけど」
「話を聞く必要があるの?」
棘が、縦横からナキを目掛けて飛んでくる。床から出てくる棘を避け、壁から出てくる棘を避ける。
話している途中だというのに、際限が無い。
「この中は僕達のテリトリーだ。そこの騎士がいたって勝てっこないよ」
ルフリアの肩口に棘が掠る。そこから服が裂け、血が飛び出した。
「少年」
「....」
縦横から際限のなかった棘が、忽然となくなった。部屋は、最初来た時のような、質素な体裁に戻っていた。不審に思っていると、少年の背中に、金髪の女が
抱きついていた。
セディアだ。
「お?」
「....」
「ほほー??」
「な、んだ」
「いや、話があるんだけどさぁ...」
にやにやとしだすセディアは、少年の耳元に近づいて、そっと呟いた。
「聞いてくれる?」
「....」
セディアの精神攻撃によるものか、少年はぴたりと体を止めてしまう。数秒しても、十秒経っても、少年は動かなかった。
返答がないことにやり過ぎたと思ったのか、セディアが声を出そうとした時。
「き、聞いてあげるわ!」
「ガハハハハハ!!」
セディアの背後から、焦りを孕んだ活発な声が、部屋を響かせる。
いつの間にか、扉が開いていた。開いた扉に、茶髪の少女が姿を見せていた。背後には、ひどく楽しそうに笑っている男が立っている。
「聞いてあげるから、それ、やめて!」
少女の両目には、いっぱいの涙が溜まっていた。今にも溢れそうで、見ているだけで可哀想になる程だ。
「じゃあ..この子を止めてくれる?」
至極当然だ。殺そうとしてきたから、抵抗する。至極当然なのだが、少年の固まりと、少女の涙で、完全に言い切れなくなってくる。
「ガハハハハハ!!」
少女の傍にいた男が、先程よりも更に豪快に笑いだす。少女の頭をかなぐり撫で、その大きな身体をこちらに向ける。少女は涙を堪え、首をぶんぶんと撫でられていた。辛そうだ。
「話を聞こうじゃないかレディ!こいつら、面白そうだぞ!」
◯
「成程...そりゃっはぐ...はいへんばったなぁ」
ナキの素性を話している間、少年はぶつくさ言いながらも、セディアをちらちらと見ていた。レディと呼ばれた少女は少年の様子を凝視して、逐一頬を膨らませていた。男はうんうんと納得している。
三人折々の態度に頭がちらかってしまったが、なんとか全て話し終えられた。
少年と少女はまだ納得していないようだったが、ガランは意外にも同情的で、協力的だった。
「よし、お前ら、ここに住め!」
「...本気?」
「あ?お前も寂しいだろう。友達だ友達ぃ」
「...余計なお世話」
男は残りの肉を一息に平らげると、快活に立った。立つだけで、大きな音が出るようだ。なんとも荒々しい出立ちに、少しだけ畏怖を覚えた。
「ここには家族が少なくてな。華が足らんかったんだ」
疎に生えた髭が、笑う姿と似合っていない。古代人のような肌を晒した服装は、中々の恐ろしさを感じさせた。
「俺はガランだ!ここの親父だ!」
豪快な笑顔で、ガランはずかずかと扉に向かう。最後の意味が分からなかったが、未知の空間が疑問を吹き飛ばす。落ちて来た広間には、扉が一つあった。とても大蛇の中とは思えない、木製の質素な扉だ。
扉を超えた先には、前の部屋よりとても大きな、集落が形成されていた。
「....」
「ここが、あれの中か?」
「そうだおっさん!ガハハ!」
ガランはイトを力強く見て、力強く笑む。不審に思ったのか、イトは渋面する。
至る所にある灯に煌々と照らし出された集落は、大蛇の中身とは思えない程綺麗だった。
家々が軒並み並んでいる。色合いが様々で、ここは外かと疑ってしまう程だ。
「おっさん、中々小汚ないな!ガハハハハハ!!華だ!!」
「?俺は二十歳だ。まだおっさんではない」
「ここはな、俺達の家だ!その名もガランの方舟!どうだ!イカしてるだろう!」
イトの言葉が耳に入っていないのか、ガランは腕を広げて咆哮のように発表する。
「自由なおっさんだな..」
「ロジバルトの民よ!お前の所は窮屈そうだな!」
ガランはどしどしと歩いていく。家々を歩いていくと、大きな広間に出た。広間の真ん中に、たくさんの椅子と、それに倣う長机が、ぽつんと設置されていた。
その上座に、ガランは勢いよく座る。
「座れ!今日は二度飯だ!」
物音がすると、家の扉が開いた。痩せぼての男が急いだように立っていて、こちらに走って来る。ガランは上機嫌に笑んだ。
「二度飯だ!今日は捌くぞ!」
「は、はい!!」
痩せぼての男の他にも、数名の男女が具に現れ出した。痩せぼての男に続いて、目標らしい小屋に入っていく。小屋の前の警備員らしき男は、表情のない顔でそれらを眺めていた。
「座れ座れぃ!」
笑顔でいうガラン。ばんばんと机を叩き、無邪気に食事を待っている。少年とレディがガランの両隣に座る。
「なんか...うっ」
その先を言おうと思えば、ルフリアに首を掴まれる。威力は相当。有無を言わせない感じがあった。
「なんだ?座れよ」
一向に座らないナキ達を見て、ガランは不思議そうに声を掛ける。それでも座らないナキ達を見ると。
「座れぇ」
ガランから、覇気が模った気がした。
「座りはするがな」
イトが、すたすたと上座の近くに座る。それに続いて、ルフリア、セディア、ナキ、そしてキョウが、それぞれの席に座った。リリーはナキの近くに、巨騎士はキョウの近くに陣取る。
「飯飯言っているが、ここに飯なんてあるものか」
「あるのさおっさん!なぁ?!」
「俺はおっさんじゃ「うん。大蛇様が蓄えた水が、その小屋の中にあるんだ。ついでに食料とか、ナイフとかもね」
「成程ねー。じゃあ、私たちの所と一緒なんだ」
セディアは納得したように頷いている。他の皆も、さも当然というように理解しているようだ。
あぶれている感覚に、理不尽を覚えた。
「お待たせしました!!」
大きな声がすると、扉が開き、痩せぽての男が顔を出した。背後には、辛そうに荷台を運ぶ数名の男女がいた。
荷台の上には、どでかい魚が一匹、置かれていた。
荷台を長机にどかんと置けば、痩せぼての男は、短刀を創造する。いや、短剣ではない。あれは包丁だ。
「解体ショーだ!!」
ガランの興奮した声音で、それは始まった。
痩せぼての男は集中した顔つきで、目の前の魚を見る。
それからは、とてつもない捌きだった。見たことのない派手な調理に、ナキは圧巻に見ていた。あの痩せた細腕からは想像も出来ない迫力に目が離せない。
魚は流れるように切られ捌かれ、やがてお皿に載せられる。丁寧な盛り付けで、痩せぼての男は一つ息を吐いた。
数名の男女が盛り付けた皿を取り、各々に分配する。とても綺麗で、とてつもなく美味しそうだ。
「俺の自慢のシェフさ!食おう!食おう!」
揃えられた刺身を見ていると、涎が口から溢れ出た。同時にお腹が凄い音で鳴る。牛のように鳴る。
リリーの元に、男がにんじんを五本置く。その瞬間、リリーの目が見開かれた。リリーは荒い鼻息で貪り尽くさんが如く、人参を食べている。
お腹がまた鳴る。凄い勢いだ。そういえば、ナキはこうなってから何も食べてもいないし、飲んでもいなかった。
心の中を読めるのか、誰かも分からない腕が、水の入ったお椀を持って、ナキの視界に現れ出でた。
神様のような腕に感謝して、刺身にがっつく。どこからか現れたお米を貪り、どこからか現れたスープを飲み干す。この世のものとは思えない幸福の感情に、涙が溢れそうだ。
「なかなか華な食べっぷりだ!もっと食え!ロジバルトの民よ!」
内心で感謝しながら食べる。料理を食べ終わるまで、ナキ達は無言だった。
それもその筈、あの時あの場所で化け物が落ちたあの日は、今から二日前の事だったのだから。
◯
ガラン城下町。かつてこの大陸で栄えていた街。今では見る影もなく、ロジバルトに滅ぼされた街。
ただ、そんな歴史など全く興味がないし、分からないだろう。ただ、そこに人が住んでいたことは、跡地を見れば誰にでも分かる。
面影を感じながら、想起士は、糸目を更に糸目に笑う。眼鏡を整えて、ガランの跡地から背を向ける。獅神ライギルドが、従順に、男の背中についていく。
「私達からは逃げられない」
ライギルドは頭を垂れる。男は飛んで、ライギルドの背中に飛び乗った。
「帰るぞ、ライギルド」
ライギルドが地を蹴る。光のような速さで、ロジバルトへと帰っていく。
男の表情は、悪魔のように、笑っていた。




