第十一話
「やっぱりいたかー」
いつも通りのセディアとイト。ルフリアは分からないが、反応が平坦すぎるのに違和感を覚える。
どれにしても、ライギルドが来てしまったなら、伽藍の跡地とやらに行っても殺されるだけなのではないか。
「ライギルドは、守護神様の中でも群を抜いて速いんだ。後から追いついたって不思議じゃない」
「何を言っている?」
「あー、違う違う。あれが来てることは私達も知ってたんだ」
「遠くであれが走ってるのを見たの。おかげで動物も粗方退散してたから助かったけど」
「イトが方向音痴でほんと良かったよー。じゃなければほんとに死んでた」
「無駄に貫禄あるからなお前」
二人のじとめを背中で受けるイトに貫禄を感じる。いや、これは貫禄ではない。哀愁だ。
二十歳と聞いたが、二十歳がこんなに哀愁を持てるものなのか。
「御託はいい。で、どうする?」
「行くしかないでしょ」
「キョウくんもネリアちゃんも頑張ってるんだから」
「...また知らないことを」
分からないことが多過ぎて、どうにも調子が乗らない。所詮部外者なのだ。当たり前の状況ではあるが、気持ちとしてはもやもやが残る。
「いいじゃんいいじゃーん。シェルター入ったら一気だから。ね?」
セディアが酒を飲む仕草をする。セディアが居酒屋に行けば、延々と飲んだくれていそうだ。だらしない姿が浮かび上がる。
適当さに怪訝に顔を曇らせていると、ルフリアがナキを覗き込む。
「知りたい事が、知るべき事が、あるんでしょ?」
「...」
思わず上を向く。大きな目が、ナキを見ている。ただの曇りも無く、ナキを見ている。
ああ言っていたでしょう?嘘なの?
純粋に、問われているような気がした。悪い調子を取っ払うように、前を向く。
その横顔を、セディアは見開いた眼で見ていたことを、ナキは知らない。
「行くよ」
天馬を操り、伽藍の跡地へ向かう。リリーがちゃんといるか確認して、伽藍の跡地にいる巨騎士とライギルドを見据える。
ライギルドの咆哮と、金属音がこだまする。
石の門を潜ると、思ったよりも瓦礫が多く、大きな街だったのだと思い知る。
「あとは、あの人達が生きていたら、幾分かはましなんだけど」
セディアの意味深な言葉は一旦隅に置いて、前を見る。崩れた景色の前方に、紅の騎士と、獅神ライギルドが殺し合っていた。砂煙が舞い、戦闘音が雄大に刻まれる。
それに近づいていく度に、死の危険が迫ってくるように感じた。
「キョウくん!」
セディアが叫ぶ。歓喜を帯びた声の方向には、紅の騎士の近くに、人影らしいのが見えた。
近づいていけば、人影は四つん這いになって、何かを探しているのが見える。
こちらに気付いたのか、顔を向け、何かを叫んでいるようだ。
「ーーした!」
「何か言ってる」
「ーー、なくした!!」
「聞こえないよー!」
「カード、失くしたぁ!!!」
男の鬼気迫る声に背後を、周りを見れば、イトが、セディアが、ルフリアが、少しの空白を置いて、えらく歪んだ顔になっていた。
「「「はぁ?!」」」
巨騎士が、ライギルドを止めている。戦闘を横目に、ナキ達はキョウと呼ばれた男の元に辿り着く。
男はあわあわした様子で、説明しようとしているのだろうか。手を忙しくあっちこっちに動かしている。
「こ、ここまではあったんだ!必ず!多分...」
「多分!?」
「あ、あります多分...多分にあります!」
ルフリアが責めると、素早く起立する。反省を示すかのような立派な立ち姿は、三人をより一層怒らせてしまったようだ。
「...とにかく、ネリアさんが時間を稼いでくれている。探そう」
「ネリアさんって...」
「今はカードだ!お前も探せ!」
イトに怒鳴られ、少し理不尽な感覚を覚える。焦っていることは分かるが、それ以前に分からないことが多すぎる。
「えーっと...手のひらサイズの茶色いカード!見つけたら教えて!」
慌てふためく三人を見て、ナキなりに理解する。今はカード、とやらを探した方が良さそうだ。
「この近くにはある、と思います多分...」
「黙ってて!」
「ひっ..」
キョウは分かりやすく驚いて、ルフリアから回れ右をして四つん這いになる。
鍵を探しています、という事だろう。それはいいのだが、目から涙が出ている。嗚咽まで漏らしている。可哀想な気もしてくるが、ナキもカードを探さなくてはいけない。
周囲を見る。瓦礫の間、大石の周り、寂れた街道、どこを探しても見つからない。
振り返れば、紅の巨騎士が闘っている。巨騎士は長太刀わ両手に持っており、果敢に攻め立てていた。探している間にライギルドを倒せてしまうのでは無いか、そんな未来が頭を過ぎった途端、巨騎士の胸に、ライギルドの尾が貫いた。
「まずい!」
ルフリアが叫ぶ。巨騎士は胸を貫かれたというのに、長太刀でライギルドを攻める。ライギルドはそれを軽々と避け、尾で巨騎士を尻尾で突く。けれど今度は、巨騎士は長太刀で防ぐ。
「キョウちゃん!何でまともに闘ってるの!」
「え??」
「あのライオンに真っ向で勝てる訳無いよ!」
「ど、どどどどうすれば..!」
「私の言葉に続いて!」
セディアは息を吸い込んだ。胸一杯に広げて、声を出す。
「俺たちを守って!」
「お、俺たちを守ってぇ!」
なんとも情けない声が当たり一体に刻然と響く。ルフリアに怒鳴られた涙がまだ残っているのか、震えた声だった。
「スーーーーーー」
巨騎士から、音が聞こえた。息を吐くような音は、鳴き声だろうか。
何か起きる。思わず身体に力が入ってしまう。カードを探さなくてはならないのに、巨騎士の方をじっと見てしまっていた。
ライギルドは尾を繰り出す。先程のように、巨騎士を貫くつもりだ。息を呑んで見入っていると、巨騎士は長太刀で、ライギルドの鋭い尾を防いでしまった。
続く爪も防ぎ、次の攻撃も、次の攻撃も、危なげはあるものの防ぎ切ってしまった。
「あとはカードだ!」
イトが叫ぶと、ナキは我に帰る。持ち場に戻り、懸命にカードを探す。
「どこかに...」
「悪魔が、何を探しているのかな」
右耳に、誰とも知れない男の声がした。爽やかな声音は、何故だか背筋に悪寒が走る。
想起士が、そこに立っていた。男は左手に何かを持っている。
丸い眼鏡を掛けている男は、糸目に笑んでいた。
「ひょっとして、これ?」
カードだ。ナキに見せつけるかのように、カードをひらひらと動かしている。
「返せよ」
糸目男の背後から、ルフリアの声がした。糸目男は振り向き、横に飛んで避ける。現れたルフリアは、銀の細剣をもっていた。
「おっ...とと」
目にも見えない怒涛の突きが、男に繰り出される。威力も速さも予想外。ナキであったら、最初の一突きで死んでいる。
男はそれを、なんなく避けていた。糸目のどこから見ているのか、正確に突かれる先を読んでいる。
「さてはて...何をしようとしているんだろうね」
男はカードを腰の衣嚢に入れて、左手に短剣を創造する。切先の短い刀身は、赤色に煌めいていた。
ロジバルトの紋章が入った外套に左手を隠しながら、男はルフリアに接近する。
ルフリアは構え、男は肉薄した。
「なっ...」
二人の動きが、目に見えなかった。ただ剣戟の音が流れている。どこを突いて、どこを刺そうとしているのか。ナキが考えを巡らせているうちに、二人の動きは数十の先をいっている。
二人の周りに砂塵が回りだす。戦闘の激しさが、自然をも驚かせている。
ルフリアが後方に飛んだ。同時に細剣を戻し、くるりと空中で回転する。回転ざま、右足に刀身が創造された。靴が破れ、それを男に刺し向ける。
男は短剣で防ぐと、こちらも後方に飛びつつ、距離を取る。
しばしの空白が流れた。
「ちょっと、やばいかもなぁ」
呟いてから、左手の短剣を戻した。左手を押さえて、具に振っている。
「何のつもり?」
ルフリアが問い掛けても、返答しない。ルフリアを見据えて、男は両手を挙げた。
「うん。負けたよ。僕の負けだ」
「....」
「怖いなぁ。やっぱり悪魔は獰猛だ。これは返すから、そんなに威嚇しないでよ」
男は挙げた左手を下ろして衣嚢に手を入れる。そこからカードを取り出して、あろうことか、ルフリアにカードを投げ渡した。
当然、ルフリアは当惑している。せっかくカードを奪ったのに、あっさりと返している。この想起士は、何を考えているのだろう。
「ライギルドぉ!こっち来て!」
男は遥か後方に叫びだす。すると、遥か後方から鳴り響く戦闘音が、無くなっていく。
ライギルドと巨騎士は、お互いに睨み合っていた。爪は振られず、尾は巨騎士を狙わない。
「ね?」
爽やかな笑顔で、首を傾げる男。
どうぞ。逃げていいよ。
男は微動だにしない。まるでそうして欲しいかのように、その場に突っ立っている。
「行くよ」
一歩。距離はそう近くもないのに、ルフリアはたった一歩でナキの近くに飛び降りて、荷物のようにナキを持つ。そうしてたった一歩で、一段と遠いセディアやイトの元に降り立ってしまった。
驚いている時間もない。ルフリアはキョウにカードを渡す。キョウは慌てた手取りでカードを受け取ると、下を向く。キョウの足元には、爪傷のような細い穴があった。物凄く細いので、見つけていても何も思うまい。
キョウは細穴にカードを押し入れる。少しきつそうだが、キョウの唸り声と共に、カードは無事穴に落ち入った。
「多分、これで...」
不安げなキョウを横目に、ルフリアに抱かれながらも、糸目の想起士を窺う。
驚愕するほど、何の動きもなかった。ライギルドだって、巨騎士を睨み威嚇するだけで、何もして来ない。
「絶対、何かあるーーー」
発した声は、下から迫る地響きに掻き消された。地獄の底から来るような低い音は、どんどんどんどん大きくなっていく。次第に振動が伝わってきて、体から芯まで震えてくる。
そして、それは姿を現した。
どこからともなく、首の長い大蛇が、地上から這い出て来る。するするとどこまでと伸びていきそうな大蛇は踊るように首を動かして、その眼光はナキ達を捉えた。
化け物を何回も見ていると、感覚が麻痺していくのか、なんだか見慣れて来る。これが普通の世界なのだ。そう思えてしまう。こんな異形は、悪物だとしたら災害級だ。
大蛇は大きく口を開ける。大きな口は、ナキ達を捉えていた。
「お、おい.....?」
「ルフリアで良い」
そういう事じゃないだろ。
今、大蛇に食べられそうになっていながら、素っ頓狂な返答をしている場合ではないだろ。
「ね、姉さん..!」
キョウが振り向けば、ライギルドと対峙していた筈の巨騎士はいつの間にか、大蛇の正面に陣取っていた。巨騎士は長太刀を構え、大蛇に対峙する。
「やめて姉さん!そのまま何もしないで!」
キョウが叫べば、巨騎士は大剣を戻して、大蛇の大きな口の前で突っ立ってしまった。
「なっ...」
巨騎士はみるみる飲み込まれ、ついには体全部をすっぽりと、大蛇の口に覆われる。
呆気に取られていれば、大蛇の眼球はこちらを捉える。そのまま地に這い、うねうねとこちらに急接近するではないか。
「そういえば、お前の名前は?」
「....え?」
「名前だよ名前。聞いてなかったでしょ」
大蛇なんていないかのように、ルフリアはナキに尋ねて来る。
今聞く事なのか。絶対に違うだろう。
不安と恐怖が渦巻く中で、ナキは答えていた。
大蛇の首が上がる。
「ナ、ナナナナキ!」
「そう。ナナナナキ」
「違う!ナキだ!」
大蛇はまた口を大きく開けた。獲物を捉えた、狡猾な眼だった。
「ナキ。一つ提案があるんだけど」
ルフリアが何か言っている。言っているが、言葉が耳に入らないくらい動揺している。
大蛇は迫り、やがてーー。
「こんな世界、変えようよ」
一瞬で、丸呑みにされた。




