第一話
幼い頃のナキは、強烈に憧れた。
想起士達が、真っ黒の化け物と戦っている。真っ黒の化け物は、両肩に大きな角を持っていて、顎がとても発達している。顔が体くらいあって、四肢は刺々しい。尻尾の先には剣のような刀身がついている。攻撃性の権化のような真っ黒の怪物が、そこにいた。ナキは、思わず頭を抱える。涙なんて尽きたと思ったのに、どこからともなく溢れ出す。瓦礫の下で、今も戦っている想起士に願う。
「助けて...!」
ナキが泣いている間にも、生き残っている想起士が次々に殺されていく。猛々しい雄叫びと共に、血潮に塗れた音が、ナキの耳に鮮烈に響く。もう、終わりだ。死にたい。いなくなってしまいたい。そう思っても、瓦礫の下から一歩も動けない。泣いているだけで、ここにいるだけで精一杯だった。
「ユ、アン...!やはり、ここーー」
一人の想起士が前に進んで叫ぶ。進んだ先に、真っ黒の化け物の爪が襲いかかる。爪は、想起士の体を両断する。血が、景色のように見えた。
また一人、死んだ。
「ガアァァァァ!!」
真っ黒の化け物が叫び出す。見ると、化け物の鼻の辺りから腰までに、一筋の槍が貫いていた。
死んだ想起士の置き土産であったそれは、それでも化け物の致命傷には至らない。化け物はそんな痛手もものともしない凶暴さで、生き残っている想起士に目を光らせる。
「はぁ!!!」
生き残った、ただ一人の想起士は、それでも前を向いて、捨て身に構える。そして、叫び声を合図に、両手を目の前の化け物に勢いよく向けた。その瞬間、空気が鳴動し、想起士の両掌から、両掌よりも分厚い、とても分厚い刀身が、真っ黒の化け物に向かっていく。それは化け物の胴体を貫いて、そのまま天まで向かっていった。
静けさが、フィルナンシアに漂った。倒壊した建物や、夥しい死屍累々。その何もかもが、この瞬間に息絶えた。
そうしてーー。
◯
「うーん...」
だだっ広い大教室、その机で、ナキは呻き声を上げながら、鬱々とした顔で想像する。
配られた紙には、暴神ジャミの、迫力のある姿形が描かれていた。大人三人分くらいの高さで、両手以外に、五本の手が背中に付いている。その五本の手には、どれも禍々しい斧を持っている。それに対して、顔はげっそりと痩せこけており、蒼白で、見ていて心配になる程だ。
そんな暴神ジャミの姿形を、上から見下ろすように想像する。脳内に、紙に描かれた暴神ジャミがようやく出来たところで、気合いを入れる。両手の先からぐぐぐというように何かが生えてくる。するとあっという間に、紙に描かれた暴神ジャミが創造される。横にある配布された紙と比べてみても、遜色はあれど、致命的な差はないように思える。我ながら上出来だ。満足したように次の創造に取り掛かる。今度は、醜神バマラッタである。
開始から十分余り、全部の守護神を創造し終えた。周りを見ると、大抵の生徒達は未だ四苦八苦しているようだ。ただ、ナキはそれでは満足出来ない。一番後ろを見上げると、勝ち誇った顔でこちらを見る、ジキラの姿が見えた。
「うぅわ、負けたぁ...」
負けてしまった何とも言えない不甲斐なさのまま授業が終わり、背嚢を持って帰路に着こうとすると、いつものようにジキラが歩み寄ってくる。
「また俺の勝ち」
「うるさい。分かってら」
得意気に言うジキラに悔しさを感じながらも、それを隠すように、敷地での試合に思いを馳せる。
「このままじゃ、想起士になるのは俺だけかもな」
「この後、記念すべき俺の一勝目を貰うからな」
「それ、何回目だろうなぁ」
三十分程歩くと、目の前に広い敷地が見えてきた。ナキの家の庭だが、雑草が生えており、藪なんかも茂っている。一目で管理の杜撰さが垣間見えるが、そんなことはどうだって良い。
敷地は、縦に十一間はあり、とても広い。ここで、ジキラと試合をしたり、創造の鍛錬をしているのだ。
敷地に近づいていくと、突然、ガチャリと音がした。そちらに向くと、ユアンが扉を開けたようだ。
「丁度良いな」
「おぉ。お久しぶりー」
銀の長髪をもしゃもしゃとたなびかせながら、だらけた服装で立っている。欠伸をしながら腕を上げると、洋袴に入れていた服の端が、小さく跳ねながら顔を出す。
ユアンは気にもせずに、こちらに歩み寄っていく。いかにもやるきのなさそうな顔だ。とても貴族とは思えない。
「お久しぶりって、ナキとは朝会ってますよ。俺とは昨日会ってます。まだ寝ぼけてるんですか」
「あれ?そうだっけ。うーん...最近、現実と夢の境目がいまいち分かりにくいんだよなぁ」
ユアンは鷹揚に顎に手をつけ考える素振りをすると、はっと何か思いついたようだ。幾分か目を開いて、こちらに目を向ける。
「疲労かな?」
「...」
「寝過ぎ疲労」
「なんかむかつく」
「二人だから言ったんだよ」
首をかきながら二人を通り過ぎると、敷地に唯一の人工物である長椅子に座った。
こうして見ると、本当にうだつが上がらない。髪や髭は放置しており、生まれ持った銀の長髪は嫉妬する程綺麗なままだが、流石に無精髭までは綺麗にはいかなかったようだ。
「早くやりなさいって。俺は暇なんだぞ」
癪な言い方でナキとジキラを促した。かつてナンシアを救った英雄がこんな人間だとは、間違っても知られてはいけない。
気にせず、二人は所定の位置に立つ。向かい合って、構えた。
「始め」
やる気のない開始の一声がすると、早速脳内で透明の剣を想像した。想像しなれているので、二秒もすれば完成する。透明な剣が形を成した。当然、攻撃力は皆無だ。人の肉を切れないように創造は出来ている。
目の前には、ジキラがもう走っている。やはり創造の速さは、ジキラが依然速いようだ。
力を込めて、一歩を踏み出した。それを見てジキラは口角を上げると、右脛から円筒状の棒を出して、身を飛び出してくる。吃驚して後ろに退くと、慣性の衝撃がナキの動きを止めた。顔を上げると、既にジキラは棒を戻したようだ。理解すると同時、目と鼻の先に、振り上げられた木剣があった。慌てて剣を横にして受けると、怒涛の剣戟がナキを攻める。
受ける間に、ナキは試合の前に思いついた妙案を実行する。ジキラの木剣を受けようとする瞬間に、透剣を戻したのだ。ジキラの木剣がそのまま振り切られたと思ったのも束の間、ナキの頭の辺りでそれは止まった。
ナキが創造したのは透壁だった。透明な硬い材質が逆円錐状に、ナキの頭から繋がっている。それと同時に、精一杯の力を込めて、ナキは反撃を開始する。木剣を押し退けて、そのままジキラ目掛けて透壁の頭突きをお見舞いした。
「な?!」
透壁で押された木剣が、ジキラの鼻面にぶち当たる。
「ジンジンするなぁ!」
ジキラは痛みを堪えて、間髪入れずに木剣で相対する。思いの外隙が出来ない様子に余裕が無くなったナキは、またもや力が入ってしまう。今度はその力は、脳内にも及んでしまった。
突然、透剣が大きくなった。時間が経つ毎に透剣はどんどんと大きくなり、やがて、ナキの脳がそれを自制し、大人二人分くらいの大きさで、ずしんと音を立て、床に落ちた。
「俺の勝ち」
気づいた時には、ナキの首筋近くにジキラの木剣が止まっていた。
「んんんんん!次!」
「よっしゃ」
そこから、何戦したのか分からない。ふと気がつくと陽はもう落ちていて、辺りが暗くなっているのが分かった。
「ユアン。帰ろう」
長椅子で爆睡しているユアンに呼びかけると、目を擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。
両腕を挙げて伸びをしながら、ぼろぼろになっている二人を見ると、欠伸をする。二人を考えないゆったりとした欠伸に、ナキは切れそうになる。
それを察してか、ユアンは急いだように取り繕った。
「あー。良い感じだよ」
「何だよそれ」
じと目に睨むと、あははと困ったように苦笑する。
「まぁ、一先ずはやれるんじゃない?」
「一先ず?」
「うん。ま、いけるよいける。そんな気負うなって」
「俺は気負ってないですよ」
「ジキラ君。君は別だ」
切実な表情で切り出すユアンに、一層苛々する。分かってはいることをつらつらと、当てつけではないけれど、やはり悔しい。
「兵舎でも頑張れよ。待ってるから。上で」
唇を弧に曲げて、愉快そうに笑う。二人の肩を叩いて、ユアンはするすると自分の家に帰って行った。
「一先ずは」
「うるさい。お前も油断すんなよ?すぐ負かしてやる」
「ま、期待してるよ」
ちっとも期待してなさそうな声音で、ジキラは笑う。なんだか馬鹿らしくなって、ナキも面白くなった。
肩を小突き合い、笑い合う。
少しして、ジキラは真剣な面差しになった。
「あと、もう少しだな」
もう少し。と聞いて、胸が昂った。あと一ヶ月少しで、ナキとジキラは想起士になる為、兵舎に入る。
「ナキは成績ギリギリだったけど」
「は、入れたから良いんだよ」
痛い所を突かれてしまい、ぎくりと冷や汗が体に回る。少しの沈黙の後、ジキラが口を開いた。
「お前さ、不思議だよな」
「あ?何だ急に」
ちらとジキラを見ると、すでに暗くなっている空を、明け透けに見ていた。
「いや、お前だけなーんかなぁ」
「はっきり言えって」
要領を得ない言葉に、もどかしい思いがする。ジキラも、感慨のようなものを覚えているのだろうか。
「うーん...」
「なんだよ」
「んん...自分の考えがある?」
「...薄気味悪いぞ」
急に、何を言い出すのか。自分の考えなんて、あって当然ではないか。
王の役に立て。皆、この考えだろう。
「悪い、口が滑った。じゃあな。また明日」
「お、おう。明日」
急にいつも通りになって、別れを告げる。
その背を見送りながら、ジキラが見ていた夜空を見上げた。そして、ふと思う。
みじめで寂しい。平日は学校に行って、放課後ジキラと試合をする。休日もジキラと試合をする。非番の時にはユアンが見ていて、ぐーたら長椅子で寝ている。毎日は凄く楽しいけれど、ジキラとユアンはどう思っているのだろうか。
「ひょっとして、この事?」
自分の考えとは、これのことだろうか。だとしたら、本当にいらないが。
気を取り直して隣の自宅に入ると、ユアンが居間で眠っている。ずっと眠っているなと、逆に感心してきた。ここまで寝るのは何かの病気なんじゃないかと思うくらいだ。貴族の想起士と言っても、普通の人間なのだと、少し安心する。
「おやすみ」
夢の中にいるであろう宿主に一言残して、お湯を流した後、今日が終わった。また明日も、同じような日常が続く。言いようのない虚無がナキを蝕んだ後、床に着いた。




