表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

願い桜

作者: 紺野智夏

桜並木の下を2人で歩いた記憶がまぶたに焼き付いていた。

桜の花びらを踏みつけないようにゆっくり歩くミズキは、優しい人なんだなと思った記憶がある。

それを本人に告げると、心底可笑しそうに「うっかり毛虫とか踏みそうで、嫌なだけ」って言われてしまった。その素直さが可愛くて、初めて惹かれた春の朝だった。



「ユウ、おはよ」


千鶴に肩を叩かれて、我に帰る。どのくらい此処に立ち尽くして居たんだろうか。


「ちぃ、早いね」

「あと10分で始業だよ?」

「嘘、マジか」

「何かぼーっとしてた?」

「春だからなぁ」


春だから、封じ込めてきたはずの記憶が、少しだけ蘇ってしまったみたいだった。

千鶴と小走りで教室へ向かう。幸いまだ先生はきておらず、教室は騒がしい声で溢れかえっていた。


「ちぃちゃん、ユウ、こっちこっち」


後ろの方の席で、よく見知ったヤツが手招きしているのが見えた。右手をあげ、教室の段差を越え、タツキの隣に座る。


「おはよ、ってか、ミズキ来てたんだね」

「きてちゃ悪い?」

「いや、珍しいじゃん」


千鶴が驚くのも無理はない。ミズキは授業をサボる常習犯だから、一限から教室にいるなんて快挙に近い。



始業時間から10分がたっても、先生は教室にあらわれなかった。春眠は老若男女平等にばらまかれるものなのかもしれない。


「はぁ」


頬杖をついてミズキが溜め息を吐き出した。機嫌が悪いのかもしれない。なまじ綺麗な顔立ちをしているせいで、ミズキのしかめっ面は変な迫力がある。そして同じくらい憂うミズキは綺麗だった。


「はぁ…」


隣からも溜め息が聞こえる。


「ちぃまで溜め息ついて、どーしたの?」


問いかけると、千鶴は困ったように笑って首を振った。


「なんでもないよ」


なんでもなくはないはずだ。溜め息は移る。気付けばタツキと同時に、大きな溜め息をついていた。

溜め息でもつかなきゃやってらんねー、タツキがいつだか顔を歪めてそう呟いていたのを思い出した。


「先生来ないなぁ」

「ねねっ、花見しない?」

「でも授業じゃん」

「休講だって、どーせ」


それもそうだな、なんて4人で教室を抜け出した。中庭には大きな桜の木があって、そのしたにはベンチと机が並んでいる。

千鶴がベンチに駆け寄り、手招きした。


「すっごい綺麗!」


タツキが千鶴に駆け寄り、ホントだ!と肩を並べた。

ミズキは躊躇いがちに桜の木の下へ歩み寄る。強がっているんだろう。


「こっちから見ても綺麗だけどな…」


思わず呟いた。だけどミズキは気付かなかったのか、そろそろとタツキの隣へ歩いていった。

かなわないなぁ、かなわない。とてもかなわない。ミズキの視線はまっすぐ、タツキだけをうつしている。


苦しい気持ちが胸から込み上げた。逃げ出したい衝動にかられた。それを拒むように突風が吹く。


「うわっ、すごい!ユウもおいでよ!」


まるで雪のようだった。逃がさないためのさくらの豪雪。みんな逃げ出したい筈だ。辛いはずだ。だからひとりで逃げるわけには行かないのだ。3人のほうへ足を向けた。




「さくらの花びらを地面につくまでに捕まえると、願いが叶う」


唐突にミズキが言った。なにそれ、と千鶴がミズキに疑問を投げかける。


「迷信、うちのじーさんが昔言ってた」


タツキが黙って手を伸ばした。宙を掴む。空振りに悔しそうに舌打ちをして、再び風を待つ。

千鶴も腕をまくり、花びらを目で追っている。


みんな何を願うのだろうか。誰かの願いが叶えば、壊れてしまうこの関係に、何を望むのだろう。


不意に花びらがゆっくり落ちてきた。思わず手を伸ばす。


「あ」


その手はミズキの手と重なり、2人で手を引っ込めた。花びらはゆっくり地面に落ちていく。


「ミズキはなんてお願いするの?」


問いかけに曖昧に微笑んだまま、首を振った。どうやら内緒らしい。


「毛虫が居ませんように、とか?」

「そんなわけないだろ」

「嫌いなクセに」

「みんな嫌いだろ」

「みんな好きだよ」

「は?」


みんな好きだよ、みんなのことが。



私は飛び上がって花びらを一枚掴み取り、願をかけた。


願わくばこのバランスが崩れませんように、と。




みんな一枚ずつ、願いをかけた花びらを、そっと根元にかえした。同じ願いであればいい。


タツキが髪をかきあげながら、戻ろっかと呟いた。

桜の木の下を離れだす3人の背中をみながら、叶わぬ私たちの気持ちの行方が、どうか平和でありますようにと、桜の木に念をおして私も歩き出した。


登場人物についてひとつ。


櫻井優花→ユウ 女の子 ミズキが好き

水樹桂太→ミズキ 男の子 タツキが好き

立木菜々→タツキ 女の子 千鶴が好き

芦谷千鶴→千鶴 男の子 ユウが好き


そんなささやかな四角関係のお話。

プチ性別トリックになっているのですが、深い意味はなかったり。


実際に失恋したときに、心の中の物を吐き出すように、携帯に打ち付けたお話でした。四角関係、それもそのまま。

現実のバランスはそううまくはいかないけれど、せめて物語の中だけでも、4人がハッピーエンドな着地点を見付けてくれることを願っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] すごいですね! 私も見事にひっかかりました。  ひとつひとつの描写が綺麗ですし、短いお話なのに、ドラマチックで惹きこまれます。  私も参考にさせて頂きます。
[一言] ええ、最初性別勘違いしてました。 見事に引っかかりましたよ。 四角関係は複雑ですよね。 みんな幸せになってほしいですけど、難しいでしょうし。
2010/06/07 14:27 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ