第七話:王族の介入と宮廷の暗躍
図書館を震わせる禁断の魔導書の暴走は、帝都の奥深くまで響き渡っていた。
空に立ち上る不穏な紫色の光は、もはや隠しようのない異変として、アースガルド王国の宮廷にもその報をもたらした。
「図書館に何が起こっているのだ!?」
第一王子、そして王位継承権第一位であるレオナルドは、怒りを露わに玉座の間で叫んだ。
彼は図書館の知識を王権強化の道具としか見ておらず、その秩序が乱れることを極度に嫌っていた。
彼の背後には、図書館の書物を危険視し、完全な封鎖を望む保守派の貴族たちが控えている。
しかし、王族の思惑は一枚岩ではなかった。
「図書館は、この国の知識の源泉です。破壊などあってはなりません!」
そう進言したのは、第四王子アルトだった。
彼は、かさねが写本作業をしている奥の書架から、間一髪のところで暴走の直撃を免れ、図書館の状況を王宮に報告に戻っていたのだ。
アルトは、禁断の魔導書が目覚めようとしていること、そしてかさねの持つ特別な能力がその中心にあることを、慎重に、しかし力強く訴えた。
彼の目には、図書館への深い敬愛と、かさねを案じる切実な光が宿っていた。
第二王女ルチルもまた、冷静に状況を分析していた。
「図書館の異変は、単なる事故ではありません。何か、外部の力が関わっている可能性もございます」
彼女の言葉は、異国の商人たちの動きをすでに察知していることを示唆していた。
ルチルは、王宮内の情報網を駆使し、宮廷の貴族たちがそれぞれの思惑で暗躍していることを把握していたのだ。
彼女は、アルトとかさねを守り、図書館をこれ以上の混乱から救うため、自身の処世術と情報力を最大限に活かすことを決意する。
王宮内では、図書館の「真の歴史」を巡る、激しい派閥争いが表面化し始めていた。
レオナルド王子を筆頭とする保守派は、禁断の魔導書が語るであろう、王家の正当性を揺るがす「真の歴史」が公になることを恐れていた。
彼らは、図書館を完全に閉鎖し、魔導書を永久に封印することで、過去を葬り去ろうと画策する。
一方、アルト王子は、図書館の知識こそが国の未来を築くと信じていた。
彼は、宮廷に伝わる古い歴史書や、王家の秘められた系図を調べ、保守派の貴族たちが隠蔽しようとしている過去の不正や、王族の都合の良いように書き換えられた歴史の記述を見つけていた。
彼はその知識を武器に、保守派の主張を論破し、かさねが真実を解き明かすための時間稼ぎを行った。
その夜、大図書館に、王宮から派遣された「図書館調査団」と名乗る者たちが押し寄せた。
彼らは王家の紋章を掲げていたが、その中には、先日かさねが見た異国の商人の姿も混じっていた。
彼らは、表向きは調査を装いながら、図書館の奥深く、特に禁じられた書架への侵入経路を探っているのが明らかだった。
ルチルは、彼らが王宮内の高官、特に保守派の貴族たちと密かに通じていることを突き止めていた。
彼らの狙いは、禁断の魔導書に記された強力な魔法、そして「真の歴史」を自分たちの手中に収めることだった。
「警戒してください、かさね殿。彼らは、見た目よりもずっと危険です」
アルトは、図書館の隠された通路でかさねに警告した。
彼の顔には、王族としての責任感と、愛する図書館、そしてかさねを守りたいという強い決意が滲んでいた。
アルトは、かさねの力を信じ、彼女が真実を解き明かす鍵となると確信していた。
ルチルもまた、密かに情報収集を続け、図書館の写本師たちに、侵入者たちの目を欺くための指示を出し始めた。
大図書館は、静かな知識の殿堂から、いつしか様々な勢力の思惑が交錯する、緊迫した戦場と化していた。
そして、その戦いの中心には、自身のルーツと「隠された魔導書」の真実を知り始めたばかりの、小柄な写本師かさねが立たされていた。