第六話:写本中の暴走とルーツの覚醒
禁じられた書架の扉が開いた瞬間、かさねとアルトの目に飛び込んできたのは、言葉を失うほどの異様な光景だった。
歪んだ書架に鎖で厳重に封印された夥しい数の魔導書。
その中央に鎮座する「隠された魔導書」は、禍々しい紫色の光を放ち、図書館全体を飲み込まんとするかのような、圧倒的な「声」を響かせている。
その声は、悲鳴、怒り、そして抑えきれない力の解放を求める叫びだった。
かさねは、吸い寄せられるようにその魔導書に近づいた。
手が触れるか触れないかのうちに、魔導書から放たれる「声」が、まるで意思を持ったかのように、かさねの心に直接語りかけてきた。
それは、これまでの「物の声」とは比べ物にならないほど強烈で、彼女の頭の中を埋め尽くす。
「……写せ。私を、写せ。私の力を、解放しろ……!」
かさねは、震える手で写本の準備を始めた。
アルト王子は、彼女の隣でその魔導書から発される尋常ではない気配に警戒を強めていた。
「かさね、無理はするな。この魔導書は、並大抵の力ではない」
アルトの声には、かさねを案じる切実な響きがあった。
かさねが筆を取り、最初の文字を写し始めた、その時だった。
ゴオオオオオオオッ……!
図書館全体が、大地が揺れるかのように激しく震え始めた。
書架に並ぶ本が次々と落下し、壁には新たな亀裂が走る。
魔導書から放たれる紫色の光は、書架の隙間から溢れ出し、図書館全体を不気味に染め上げていく。
それは、かさねが写本を開始したことで、禁じられた魔導書の封印が本格的に解け始めた証拠だった。
かさねの体からも、魔導書に呼応するように、強烈な魔力が溢れ出し始めた。
彼女の黒い髪が、紫色の光を帯びて逆立ち、瞳からは制御不能な魔力の奔流が迸る。
それは、かさね自身にも理解できない、圧倒的な「力」の暴走だった。
「ぐっ……!」
魔力の暴走は、かさねの意識を過去へと引きずり込んだ。
断片的な映像が、頭の中に嵐のように流れ込んでくる。
豪華な屋敷。見慣れない魔法陣。
そして、彼女と同じ紫色の瞳を持つ、高名な魔法使いらしき男女の姿――。
『……お前は、古の血を引く者。途絶えたと思われた、賢者の血脈だ……!』
脳裏に響く声。
それは、彼女が「偶然」魔導書に選ばれたわけではないことを告げていた。
彼女の能力は、その血筋に由来する、「高名な魔法使いの血縁」という真実が、暴走する魔力の中で鮮明に浮かび上がる。
かさねは、自身のルーツが、この禁断の魔導書と深く関わっていることを悟り、震えが止まらなかった。
「かさねっ!」
アルトは、暴走する魔力に巻き込まれそうになるかさねを庇い、必死に彼女の名を呼んだ。
彼は、自身の身の危険も顧みず、かさねのすぐ傍に寄り添い、何とか彼女を支えようとする。
彼の手が、かさねの体に触れた瞬間、アルトのロマンチストな心には、ただ彼女を守りたいという純粋な願いだけが残っていた。
しかし、魔導書の暴走は止まらない。
その時、禁じられた書架の入り口に、一人の人影が現れた。
「これは……随分と荒れているようですね」
現れたのは、アラミスだった。
褐色の肌に青い瞳。
彼は、図書館全体の異常事態を察知し、結社の命令よりも早く、自らの意志でこの場に駆けつけたのだ。
彼の表情には、冷静な判断力と、かさねを案じる複雑な感情が入り混じっていた。
彼は、暴走する魔導書と、その中心で苦しむかさね、そして彼女を守ろうと必死なアルトの姿を、鋭い眼差しで見つめていた。
彼の来訪は、この場に新たな波乱を巻き起こすだろう。