第五話:禁断の書架への誘いとアルトの導き
図書館の異変は、日を追うごとにその度合いを増していった。
書架の奥から響く「魔導書の声」は、もはや微かな囁きではなく、まるでかさねの魂を直接揺さぶるような、切迫した呼び声となっていた。
それは、助けを求めるような、あるいは隠された真実を暴けと命じるような、複雑な感情を帯びていた。
「このままでは、図書館が……」
かさねは、夜中、自室でそう呟いた。書物が訴える声は、大図書館全体がまるで大きな生き物のように苦しんでいることを示していた。
その原因が、あの「禁じられた書架」に眠る魔導書にあることは明らかだった。
図書館長は、その危険性から書架への立ち入りを厳しく禁じていたが、このままでは取り返しのつかないことになる。
かさねは、危険を承知で、自らの能力の根源と向き合う覚悟を決めた。
次の日、かさねが禁断の書架へと続く、普段は閉ざされた秘密の通路に立っていると、背後から落ち着いた声が聞こえた。
「やはり、君もこの声に導かれたのですね」
振り返ると、そこに立っていたのはアルト王子だった。彼の瞳には、真剣な光が宿っていた。
「この書架にまつわる噂は、王族の歴史の中でも禁忌とされてきました。
しかし、最近の図書館の異変と、書物が発するざわめき……それは、この書架に眠る何かが目覚めようとしている証拠です」
アルトは、そう言って、古びた羊皮紙の地図を広げた。
それは、図書館の公式な地図には載っていない、秘密の通路や隠し部屋が記された、王室の秘蔵の地図だった。
「この地図は、王族の中でも一部の者しか知らないものです。
私は以前から、この禁断の書架の存在と、そこに隠された真実について調べていました。
君のその能力があれば、きっとこの謎を解き明かせるはずだ」
アルトは、かさねを心配しながらも、彼女が持つ特別な才能を心から信頼していた。
そして、図書館を、そしてそこに眠る知識を守りたいという彼の強い願いが、かさねを導く原動力となっていた。
二人は、アルトの知識と地図を頼りに、薄暗い秘密の通路を奥へと進んだ。
通路の壁には、読めない古代文字がびっしりと刻まれ、床には忘れ去られた仕掛けが潜んでいた。
アルトは、その古代文字を瞬時に読み解き、仕掛けを解除していく。
彼の知性と、知識を愛する情熱が、この危険な道のりを切り開いていく。
「この文字は、かつて魔法使いの間で使われた言語です。ここには、この書架の封印に関する警告が書かれている」
アルトが説明すると、かさねは彼の博識さに改めて感銘を受けた。
危険な状況下での共闘は、二人の間に確かな絆を育んでいった。
互いの知識と能力が補完し合い、二人の距離は、急速に縮まっていく。
アルトは、かさねが真剣に書物に向き合う姿、そして危険を恐れずに真実を求める姿勢に、ますます深く惹かれていった。
やがて、通路の最奥に、重々しい石の扉が現れた。
扉には、禍々しい紋様が刻まれ、その奥から、これまで感じたことのないほど強烈な「魔導書の声」が響いてくる。
それは、悲鳴のようでもあり、怒りのようでもあった。
「ここが、『禁じられた書架』……」
かさねは息を呑んだ。
扉の隙間からは、微かな紫色の光が漏れ出し、不穏な雰囲気を醸し出している。
アルトは扉に手を触れ、その紋様を解析する。
「この封印は、非常に強力です。恐らく、ただの力では開かない。特定の魔力を感知しなければ……」
その時、かさねの体から、魔導書が反応した時のような微かな光が放たれた。
それは、彼女の内に眠る、高名な魔法使いの血が目覚めようとしている兆候だった。
光が扉の紋様に触れると、紋様が複雑に連動し、重厚な音を立てて石の扉がゆっくりと開き始めた。
扉の奥には、これまで見たこともない、異様な光景が広がっていた。
歪んだ書架に、鎖で厳重に封印された夥しい数の魔導書。
その中心には、ひときわ大きく、禍々しい輝きを放つ、「隠された魔導書」が鎮座していた。
その魔導書からは、今にも図書館全体を飲み込まんとするかのような、圧倒的な「声」が響き渡っている。
かさねとアルトは、目の前の光景に息をのんだ。彼らは、ついに物語の核心へと足を踏み入れたのだ。