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アースガルドの写本師 ~魔導書が選んだ、禁断の真実~  作者: ましろゆきな
第一章:選ばれし写本師と二つの出会い 
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第三話:異国の商人との運命的な遭遇

 大図書館での生活は、かさねにとって刺激的でありながらも、どこか穏やかなリズムを持っていた。


 アルト王子やルチル王女との書物を介した交流は、彼女の知識欲を満たし、孤独だった写本師の日常に温かい光を灯してくれた。


 彼らが持つ「王族」という立場に、最初は戸惑いもあったが、書物を心から愛する彼らの姿は、かさねが抱いていた堅苦しい印象を打ち破ってくれた。



 その日の修復作業が終わり、かさねは珍しく、少しだけ気分転換をしようと図書館の外に出た。


 目的もなく、活気あふれる帝都の市場を歩く。

 色とりどりの露店が軒を連ね、活気ある声が飛び交う。


 見慣れない異国の香辛料や、鮮やかな織物が、かさねの紫色の瞳をきらめかせた。


 人波を縫って歩いていると、ふと、足元のざわめきの中に、いつもとは違う「声」が混じっていることに気づいた。

 それは、金属が地面に擦れるような、しかし、どこか焦燥感を帯びた微かな声だ。


「……ここだよ。誰か、気づいてくれないか。見つけてほしい。私を、見つけて……」


 かさねは立ち止まった。その声は、他の物の「声」よりも強く、切実に彼女の心に響いてくる。


 声のする方へ目を凝らすと、大勢の足が踏みしめる石畳の上に、きらりと光る小さなものがあった。


 それは、見事な装飾が施された、銀色の指輪だった。

 異国の紋様が刻まれ、中央には青い石が埋め込まれている。


 その指輪は、確かに「私を拾ってほしい」と叫んでいるかのようだった。


 かさねがその指輪に手を伸ばそうとした、その時だ。


「失礼!」


 背後から、ひときわ通る声が聞こえた。


 振り返ると、そこには見慣れない男が立っていた。

 褐色の肌に、鮮やかな青い瞳。引き締まった体格は、旅慣れた様子をうかがわせる。


 身につけている衣服も装飾品も、この国のものとは明らかに異なる、異国の洗練された雰囲気を纏っていた。

 彼は周囲に視線を走らせ、何かを探しているようだった。


 その男が、今、かさねが拾おうとした指輪の場所を通り過ぎようとする。


「あの、もし、あなたが何かお探しでしたら……これ、でしょうか?」


 かさねはとっさに指輪を拾い上げ、男に差し出した。

 男は驚いたようにかさねの手に目をやり、次にその指輪、そしてかさねの顔を凝視した。


「ああ……!これは、私のものです。まさか、こんな場所で見つかるとは……」


 男は心底安堵したように息を吐いた。

 彼の顔には、人好きのする、親しみやすい笑みが浮かぶ。


「ありがとう、嬢さん。私はアラミス。まさか、あなたがこの指輪を見つけてくれるとは。

 これは、私の商会で代々受け継がれてきた、非常に大切なものなのです」


 アラミスと名乗る男は、そう言って深々と頭を下げた。


 彼は、この国の者にはない、どこか開放的で人目を惹く雰囲気を持つ人物だった。

 かさねは、彼から漂う異国のスパイスのような香りに、微かな好奇心を覚えた。


「なぜ、あなたがこれを見つけられたのかは分かりませんが……貴女には、何か特別な力があるように見受けられますね」


 アラミスは、その青い瞳でかさねを真っ直ぐに見つめた。

 彼の目は、まるで彼女の奥底を見透かすかのような、鋭い光を宿していた。


 彼はただの商人ではないと、かさねは直感した。


「お礼をさせてください。この指輪の価値を考えれば、どんな要求でも……」


 アラミスはそう言って、高価そうな金貨の入った袋を差し出そうとした。

 だが、かさねは首を横に振る。


「いえ、お礼など結構です。落とし物を見つけるのは、当たり前のことですから」


 かさねの素朴な返答に、アラミスは目を丸くした。

 彼がこれまで出会ってきた人間とは全く異なる反応だったのだろう。


「……面白い方だ」


 アラミスは、微笑んで金貨の袋を引っ込めた。


 そして、かさねの紫色の瞳をじっと見つめながら、まるで何かを確かめるように言った。


「貴女は、大図書館の写本師の方ですね?以前、図書館でお見かけしたことがあります」


 かさねは頷いた。


 アラミスは、自身の持つ情報網と、鋭い観察眼で、かさねの素性も瞬時に見抜いていたのだ。


 彼は、かさねの純粋さと、彼女が持つ不思議な能力に、強い個人的な興味を抱いた。

 この小柄な写本師が、自分の運命と深く関わることになるなど、この時のアラミスは知る由もなかった。


「また、お会いできることを願っています、かさね殿」


 アラミスはそう言って、人波の中へと消えていった。


 彼の言葉は、なぜかかさねの心に微かな響きを残した。

 王族との交流とはまた異なる、外の世界との繋がり。


 それは、彼女の知らなかった運命の歯車が、静かに回り始めた瞬間だった。

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