第二話:王族との穏やかな交流
大図書館での新たな生活は、かさねにとって驚きの連続だった。
膨大な書物に囲まれた日々は、まさに夢のようだったが、時折、彼女の写本師としての特殊な能力を試すような、奇妙な依頼が舞い込むこともあった。
それでも、埃を払うたびに輝きを取り戻す古い書物や、写本を通して語りかけてくる魔導書たちの「声」は、彼女を飽きさせなかった。
そんなある日の午後、かさねは図書館の奥深くにある、普段はあまり人の来ない歴史書架で、古文書の修復作業をしていた。
そこへ、まるで書物から抜け出てきたかのような優雅な足取りで、二人の人物が現れた。
一人は、豪華ながらも品のあるドレスをまとった少女。もう一人は、知的な雰囲気をまとった青年だった。
「あら、こんなところに写本師の方がいらっしゃったのですね。驚きましたわ」
柔らかく微笑んだのは、第二王女ルチルだった。
彼女は、王族とは思えぬほど気さくな口調で話しかけてきた。
ルチルの瞳は書架の書物に吸い寄せられるように輝いており、その手に持った愛読書が、彼女が生粋の読書家であることを物語っていた。
小柄なかさねの姿を見ると、ルチルは目を細め、まるで珍しい小動物を見つけたかのように微笑んだ。
「まあ、あなた、本当に小柄でいらっしゃるのね。まるで、古い挿絵に出てくる森の妖精のようだわ」
ルチルはかさねの隣にそっと腰を下ろし、彼女の修復作業を興味深そうに覗き込んだ。
そして、かさねが修復している古文書が、かつて王室に仕えた高名な学者による希少な手記であることを一目で見抜いた。
その博識ぶりに、かさねは驚きを隠せない。
ルチルは、王宮内の噂話や裏話にも通じており、時折、図書館の書物には載っていないような秘められた情報について、かさねにそっと耳打ちすることもあった。
彼女は、かさねの真面目で純粋な人柄を気に入り、まるで年の離れた妹のように可愛がってくれた。
やがて、ルチルの隣に立っていた青年が、静かに口を開いた。
「この書物は、確か王宮でも現存数が極めて少ないはず。それを修復できるとは、あなたの腕は確かなようですね」
彼の声は穏やかだが、その言葉には深い洞察が込められていた。
彼こそが、第四王子アルトだった。
王位継承権は低いとされていたが、その頭脳は明晰で、知識の宝庫である図書館の価値を誰よりも理解していた。
アルトは、書架を眺めるかさねの瞳の奥に、自分と同じ「知識への渇望」を感じ取った。
アルトは、書物の解読や、古い文献の分析において、かさねを助けるようになった。
彼の持つ膨大な知識と、かさねの「物の声」を聞く能力が合わさることで、これまで解読不可能とされていた難解な古文書の謎が、次々と解き明かされていく。
二人が書物を介して交流を深めるにつれ、アルトはかさねの真摯な姿勢と、魔導書に愛されるという稀有な才能に、強く惹かれていった。
彼のロマンチストな心は、かさねの存在によって、より一層彩られていく。
ルチルは、そんな二人の様子を微笑ましく見守っていた。
彼女はアルトがかさねに特別な感情を抱いていることをすぐに察した。
王宮内の複雑な人間関係や政争に疲弊していたアルトにとって、図書館と、そこで出会ったかさねは、彼自身の心を癒やす光のように見えたのだ。
ルチルは、二人が自然に話せるような場所をさりげなく提供したり、共通の話題を見つけたりと、密かに二人の仲を取り持とうと画策した。
かさねは、王族であるアルトやルチルとの交流に、最初は戸惑いを隠せなかった。
しかし、彼らが心から書物を愛し、知識を尊ぶ姿に触れるうち、次第に心を開いていった。
特に、アルトと書物について語り合う時間は、彼女にとって何よりも充実したひとときだった。
それは、彼女の知らない世界の広がりを教えてくれる、新たな発見の連続だった。
図書館という知識の殿堂で、かさねと王族たちの穏やかな交流が始まった。
しかし、この平穏な日々が、長くは続かないことを、彼女はまだ知る由もなかった。